第14話:『蠢く影と、歪んだ崇拝』

文化祭の一件から数日。

きらりの学園生活は、以前にも増して奇妙なものになっていた。

俺の影が拾う情報が、それを明確に示している。


教室の空気は、以前の無関心とは違う。

きらりが席に着くと、周囲の生徒たちの視線が、一斉に彼女に集まる。

それは露骨な好奇心と、どこか畏怖のようなものが混じり合った視線だ。

奴らの瞳孔はわずかに開き、心拍数は平均より高い。

微細な震えが、指先や唇に現れている。

まるで、未知の生物を観察するかのような、そんな視線だった。


きらりの表情から、その考えが手に取るようにわかる。

口元は緩み、瞳は恍惚とした光を宿している。

おそらく彼女はこう思っているのだろう。

「フフフ…私の闇の力が、ついに人間どもに真の恐怖と畏敬を抱かせたのね!これぞ闇の聖女にふさわしい崇拝!もっと、もっと私を崇拝しなさい!」

その興奮が、彼女の体温をわずかに上昇させている。

くだらない。だが、その愚かさが、俺の退屈をわずかに紛らわせる。


昼休みになると、その異様さはさらに顕著になった。

以前はきらりをからかっていた連中が、今では彼女の周りをうろつき、妙に下手に出る。

「星宮さん、最近、なんだかすごいですよね…」

「あの文化祭のステージ、本当にすごかったです…」

そんな声が、影を通して耳に届く。

奴らの声には、以前の嘲笑は一切ない。

代わりに、怯えと、媚びへつらいが混じっている。

きらりが何かを口にするたび、奴らは過剰に反応し、感嘆の声を上げる。

まるで、彼女の一挙手一投足が、世界の真理であるかのように。


きらりの表情から、その考えが手に取るようにわかる。

彼女はそれを「闇の眷属たちの忠誠」と解釈しているようだ。

「フフ…私のカリスマに引き寄せられた闇の眷属たちね!愚かな人間どもが、ついに私の真の力に気づいたのね!」

その言葉にならない妄想が、彼女の脳内で肥大化していくのがわかる。

その様子は、まるで滑稽な芝居を見ているようだ。

俺はそれをただ観察する。


しかし、この異様な状況は、学園内の生徒たちだけに限らない。

影が拾う情報が、それを明確に示している。

学園の敷地内を這う影の細い糸が、微細な空気の振動、靴音のズレ、呼気の変化を読み取る。

校舎の陰。体育館の裏。生徒会室の窓。

人目につかない場所に、妙な気配が点在している。

奴らは、以前よりもさらに大胆に、きらりの周囲に接近しようとしている。


オブスクラ・クラディスの潜入班は、生徒や教師に紛れて、きらりの行動パターンを詳細に記録している。

影が捉えた会話から、奴らが「対象少女の異能は、我々の想像を遥かに超える。接触は極めて困難だが、生体データの回収は必須」と報告しているのがわかる。

ルナティック・シグマの観測端末は、校内のあらゆる場所に増設され、きらりの発する微細な波動を解析しようとしている。

シュレディンガーの声が、影を通して聞こえる。

「この波動は、量子揺らぎを収束・励起させる…!これを人工的に再現できれば、小規模次元干渉装置が構築可能か…!」

彼女の狂気的な探求心は、さらに深まっている。

七芒教団の探子たちは、きらりの周囲で、彼女の「聖なるポエム」を模倣しようと、意味不明な詠唱を繰り返している。

アズラエルの報告が影を通して聞こえる。

「巫女殿の力は、日増しに強大になっています。我々の教団の救済は、間近です!」

滑稽だ。

宵闇結社の殺し屋は、より確実にきらりを抹殺するため、新たな暗殺計画を練っている。

リリスの冷徹な声が、影を通して聞こえる。

「この存在は、我々の理解を超える。しかし、このまま放置すれば、世界は滅びる…!」

奴らの殺意は、以前よりも明確に、きらりに向けられている。


それぞれの組織が、新たな思惑を胸に、静かに、しかし確実に動き始めていた。

水面下で、巨大な謀略が、静かに進行している。

俺はそれを全て把握している。

全ての思惑が、この舞台に集約されていく。

退屈しのぎのために。


---


放課後。

俺は、きらりを呼び出した。

廊下の突き当たり。人気がない。

窓の向こうには橙色の光が差し込み、二人の影を長く伸ばす。

廊下の空気は、どこかひんやりとしている。生徒たちの話し声も、もう遠い。


俺が無表情で立つと、きらりは胸の奥を少し強く押さえる仕草をした。

心拍数が上がるのがわかる。頬の筋肉が微かに強張り、呼吸が浅くなる。

恐らく頭の中では、こうだろう。

「また重大な使命を与えるつもりなのね!闇の聖女を導くクロウ…フフ、愛されてる!」

などと陶酔しているのだろう。その瞳は、期待に輝いている。


俺は淡々と言う。

「お前の『闇の目』の索敵範囲を測る。詠唱を。いつものように。」

その一言で、きらりは顔を真っ赤にした。

微かに汗腺が開き、頬の熱で細かい粒子が舞う。

「あ、また…?」

目が揺れる。不安と期待が入り混じった瞳。

恐らく、こう考えているのだろう。

「もう、クロウったら本当に私の闇の力を…でも役に立つなら…」

そんな自分劇場を回しているのが、表情から見て取れる。

くだらない。だが、その表情は悪くない。飽きない。


俺はそのまま、きらりを人気のない裏通りへと連れて行く。

きらりは俺の隣を歩きながら、何度もチラチラとこちらを見ている。

想像はつく。

「ここ…闇の儀式にふさわしい場所…運命…ロマンチック…」

そんなことを考えている。

古びた電柱。割れたアスファルト。そこに生えた草。

西日が血のように赤い。

俺にはただの光景だが、きらりには舞台装置に見えているらしい。

俺の足音に合わせるように、きらりの足音も、微かに、だが確実にリズムを刻む。


俺は小さく顎を動かす。

それだけで影が流れ、半径百メートルの気配を掃う。

隠れていた工作員の気配が消えた。

その僅かな空気の歪み。

きらりはそれに身を震わせ、声を出した。

「リュミア・ノクターンが命じる!深淵より現れし闇の目よ、我が周囲の邪悪を全て暴け!」

声が細い路地に響く。

胸元が上下し、額にうっすら汗。

その瞬間、空気が震えたように感じたのだろう。

俺が影で捻じ曲げた空間。ほんの僅か、視覚信号も歪ませた。

きらりは目を瞬かせ、何が起こったか分からずに立ち尽くす。

微かな呻き声。闇の奥で誰かが膝をつく。

武器は既に奪った。骨も髄も、細かいところまで操作済み。

きらりには全く理解できないだろう。

ただ空気が冷たくなり、自分の「詠唱」のせいだと、思い込んでいる。

俺を見たきらりは、ほんの少し唇を開いた。

何か言いたげな顔。

たぶん頭の中は、こうだ。

「クロウってば…私を守って…!フフ、可愛いんだから…」

そんな妄想でいっぱいだ。

俺は何も答えない。唇を動かしたつもりもないが、きらりは勝手に俺の表情を読んだ気になって真っ赤になっていた。


---


俺の影が同時に拾っているものがある。

オブスクラ・クラディスの作戦会議室。

カインが硬い声で吐き出した。

「対象少女の能力は我々の理解を超えた。不可視の防御障壁…何なのか…しかし確保は絶対だ。」

周囲の幹部たちの視線がギラつくのが、影を通してわかる。

彼らの心拍数が、微かに上昇している。

人類の未来をかけた、壮大な実験。その「鍵」を、彼らは手に入れようとしている。

退屈だ。


---


影が捉えたルナティック・シグマのデータルーム。

壁一面に並んだモニターが、忙しなくデータを表示している。

シュレディンガーが顔を紅潮させて打鍵を止めない。

「量子揺らぎのパターンが…あれを利用すれば…」

彼女の瞳は狂気的な光を宿しているのがわかる。

未解明な現象を、全て数式で解き明かしたい。その「答え」を、彼女はきらりに見出している。

「この波動は、量子揺らぎを収束・励起させる…!これを人工的に再現できれば、小規模次元干渉装置が構築可能か…!」

彼女の声は、興奮に震えている。

くだらない。


---


影が映し出す七芒教団の聖域。

神聖な光が差し込む、荘厳な空間。

アズラエルが狂信的な表情で祈りを捧げる。

「巫女殿は、“白き鍵の巫女”として、我らが教団を救済するお方です。その聖なるポエムは、不可侵の結界に守護され、凡愚の手には届きません!」

彼女の声は、震えているのがわかる。畏敬と、確かな期待が混じり合っていた。

教典に記されし、古の予言。その「成就」を、彼らはきらりに託そうとしている。

「巫女殿の力は、日増しに強大になっています。我々の教団の救済は、間近です!」

滑稽だ。


---


影が潜む宵闇結社の隠密指令室。

闇に包まれた、静寂の空間。

リリスが低く囁く。

「対象少女は因果の焦点。放置すれば世界は滅ぶ。…殺れ」

彼女の瞳は、暗闇に溶け込んでいるのがわかる。まるで、夜そのもの。

世界の均衡を脅かす「災厄」。その「元凶」を、彼らはきらりに見出している。

「この存在は、我々の理解を超える。しかし、このまま放置すれば、世界は滅びる…!」

それぞれの組織が、新たな思惑を胸に、静かに動き始めていた。

水面下で、巨大な謀略が、静かに進行していた。

どうでもいい。


---


きらりは、学校での不審なクラスメイトたちの行動に、かすかな違和感を抱いたようだった。

彼女の表情から、その考えが手に取るようにわかる。

恐らく、彼女はこう思っているのだろう。

「私を試す儀式ね!フフフ、私ってば、本当に愛されてる!」

彼女の心臓が、高鳴る。

それが、闇の聖女としての、新たな冒険の始まりだと信じているようだった。


俺は、きらりの隣で、静かに歩いている。

俺の瞳が、闇の奥を、わずかに見据えているように、きらりには見えたのだろう。

恐らく、彼女はこう思っているのだろう。

「クロウも、私の闇の気配を感じ取っているのね!さすが私の眷属だわ!」


俺の唇が、わずかに動いた気がしたのだろう。

恐らく、彼女はこう思っているのだろう。

「まさか、クロウが、私に話しかけてくれたの!?フフフ、素直じゃないんだから!」


俺の足元に、微かな影がゆらめく。

それは、まるで夜の闇そのもののように、静かに。


きらりには、俺の唇の端が、わずかに上がったように見えたのだろう。

恐らく、彼女はこう思っているのだろう。

「クロウってば、本当に私のことが好きなんだから!」


夜の帳が、ゆっくりと降りてくる。

闇が、俺たち二人を優しく包み込む。

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