厨二病フルスロットル -私のファーストキスで世界が休戦-

五平

第1部「影は彼方にて嗤う」

第1話:『裏設定と、謎の守護者』

星宮きらりの学園生活は、光と影のコントラストが際立っていた。


太陽の光が降り注ぐ。

きらきらと眩しい廊下。


そこを歩く彼女は、どこからどう見ても、ごく普通の女子高生だ。


清潔なブレザーの裾。

風に揺れる。


プリーツスカートが、ふわりと軽やかに広がる。


カツカツ。

白い上履きが、床に乾いた音を響かせる。


彼女の日常は、絵に描いたような穏やかさだった。


クラスメイトと他愛ないおしゃべり。

笑い合う。


テストの点数に一喜一憂する。


それが、きらりの、ごくごくありふれた毎日。

平和な、世界。


だけど。


その心の内には、誰にも言えない。

とっておきの秘密の世界が広がっていた。


それは、彼女が小学生の頃。

偶然手にした、古びたファンタジー小説から始まった。


埃を被った、その一冊。


きらりの小さな心は、まるで雷に打たれたかのように、心を奪われたのだ。


物語の中に描かれた、広大な世界。

神秘的な魔法。


そして、世界を救う勇者たちの、壮大な冒険。

その全てが。


きらりの平凡な現実に、まばゆい光を差し込んだ。


ああ、こんなにも素晴らしい世界が、そこにはあるのに。


現実の平凡さへの小さな反発。

それが、きらりの心に深く根ざしていった。


日々の些細な出来事も。

退屈な授業も。


友達との他愛ない会話も。


彼女の中では全てが「物語の導入部」に過ぎなかった。


そして。

その物語の主人公は、もちろん、きらり自身。


彼女は、自分だけの壮大な「裏設定」。

誰にも見破られない「技」。


それを考案することに、心からの喜びを見出していた。

それは、誰にも理解されない、きらりだけの聖域。


だからこそ。

その世界に没頭する時間は、何よりも甘美だった。


---


今日も今日とて。


放課後。

人気がなくなった教室で、きらりはひっそりと「儀式」に没頭していた。


窓の外から差し込む夕焼け。

まるでスポットライトのように、彼女の横顔を赤く染め上げている。


空には、薄紫とオレンジ色のグラデーション。

遠くの雲が、まるで龍の鱗のように輝いている。


教室の空気は、しんと静まり返る。

きらりの小さな息遣いだけが響く。


机の上には、使い込んだ黒いリボン。

それは、きらりが自らの手で編み上げた、彼女だけの「闇の装備」だ。


漆黒のリボン。

左腕にゆっくりと巻きつける。


きらりは瞳を閉じ、深く息を吸い込む。


そして。

まるで世界を救う大魔女のように凛とした表情で、そっと裏名「リュミア・ノクターン」と呟く。


その言葉は、誰にも聞こえない。

きらりだけの、秘められた呪文。


腕に巻きついたリボンが、彼女の鼓動に合わせて、小さく震える。

血が、ドクドクと腕の血管を巡るのを感じる。


体中に、闇の力が満ちていく。

覚醒の予感。


(フフ……今日こそは、私の闇の魔力が、私を認めるとき……!)


心の中で、そんな独り言が響く。

その声は、自分だけの世界に響く、祝福の歌だ。


体に、微かな震えが走る。

それが、闇の力の兆候だと信じている。


---


きらりがポーズを決める。


右手の人差し指を天に掲げた。

左腕の黒いリボンを胸に抱く。


その姿は、本気で世界観に入り込んでいるようで、なんとも可愛らしい。

頬が、ほんのり赤く染まっている。


教室の窓の外。

そこに、幼なじみのクロウが立っていた。


いつの間にか、そこにいたらしい。

きらりの様子を、静かに見つめている。


夕焼けに照らされた彼の顔には、何の感情も浮かんでいない。

いつもの、無表情なクロウだ。


彼の瞳は、きらりの一挙手一投足を、まるで分析するかのように捉えている。


(また、やってるのか)


彼の瞳の奥には、きらりの痛々しいまでの厨二病に対する呆れの色が、確かに滲んでいた。


だが。

それだけではない。


その呆れの奥には、それを愛おしく思うような、複雑な感情も混じり合っている。


まるで、壊れやすい宝物を見つめるかのように、彼の視線はきらりの姿を捉えて離さない。


わずかに口元が緩む。

それは、誰にも気づかれない、静かな笑みだ。


だが。


その瞳の、さらに奥。

深い闇の奥底には、冷徹な光が宿っていた。


それは、誰にも知られることのない、彼の揺るぎない決意の表れ。

きらりを守る。


ただ、それだけのために、彼は全てを犠牲にできる。


彼の足元に、薄い影が、まるで意思を持つかのように、ゆらりと揺れる。

地面に溶けるように、小さく蠢いた。


---


そこに、新しい風が吹いた。

いや、新しい波が、学校に押し寄せた。


きらりのクラスに、最初の転校生が現れた。

カイン。


人懐っこい笑顔。

キラキラと輝く瞳。


誰が見ても、完璧な転校生だ。

爽やかな風をまとっている。


だけど。

彼の瞳の奥には、どこか冷たい、凍り付くような光が宿っていた。


彼はオブスクラ・クラディス所属の諜報員。

その笑顔の裏には、冷徹な使命が隠されていた。


彼は、リュミアの周囲で不自然な現象が頻発しているという、ある情報を掴んでいた。


それは「古の鍵」と呼ばれるものと関連があるらしく、その原因が「古の鍵」にあると見て、きらりに接触を試みる。


彼の指先が、まるで探るように、きらりの方へと向けられる。

教室の空気、微かに変わる。


(古の鍵…この少女が、その因果の核なのか…?)


カインの視線は、きらりの無邪気な笑顔の裏に潜む、何か異質なものを探っていた。

彼の心臓が、微かに、そして確実に、鼓動を早めていた。


これは、ただの転校生ではない。

静かなる嵐の予感。


---


放課後。


授業が終わり、ざわついていた教室も、あっという間に静寂に包まれた。

きらりがルンルン気分で廊下を歩いている。


突然足元がぐらついた。

ドン、と体が傾ぐ。


バランスを崩し、その拍子に、近くに置かれていた花瓶が大きく傾ぎ、床に落ちる寸前となる。


ガラスが割れる、甲高い音が、きらりの脳裏に響いた。

視界が、ぐにゃりと歪む。


足が、もつれる。


ガラガラと、陶器がぶつかる音が響き、花瓶は、まるで重力から解放されたかのように、宙に浮いた。


きらりの視界に、花瓶の底が見える。

床に落ちる、寸前。


---


その瞬間。

花瓶がまるでスローモーションのように宙で止まる。


そして。

きらりの足元に、そっと戻ったのだ。


カツン、と小さな、乾いた音がした。

ガラスがぶつかる音ではない。


誰にも聞こえないような、微かな音。

きらりの足元に、静かに着地する。


周囲には誰一人として、その奇妙な現象に気づいた者はいなかった。

廊下を通り過ぎる生徒たちは、皆、スマホに夢中だ。


イヤホンから漏れる音楽が、彼らの世界を閉じ込めている。


きらりの心臓が、ドクドクと大きく跳ねる。

手のひらに、じっとりと汗が滲む。


きらり自身も「……え?今、何か変な感じが……」と、目を瞬かせた。

全身に、鳥肌が立つ。


これは、何?


だけど。


その違和感は、すぐに厨二病フィルターを通して、都合の良い解釈に変わる。

フフ、と口元が上がる。


「……でも、やっぱり私の闇の魔力かな! 私の力がついに覚醒したのね!」


嬉しさに、頬が上気する。

(フフフ…まさか、こんなに早く目覚めるなんて! 私の才能、恐ろしいわ!)


クロウは、遠くから静かに見つめる。

彼の瞳は、花瓶が元の位置に戻るのを、静かに見届けた。


組織が感知する「不可視の防御障壁」の始まりとなる現象は、こうして静かに、しかし確実に始まったのだった。


世界は、きらりの知らないところで、少しずつ、形を変え始めていた。

きらりの背後で、クロウの影が、ゆらりと揺れる。


---


きらりは「ふふん、これも私の闇の魔力が…!」と得意げに頷いた。

頬が、ほんのり赤く染まる。


その喜びは、まるで本物の魔法が使えるようになった子どものようだ。

胸いっぱいに、高揚感が満ちる。


私の力って、本当にすごいんだから!

これで、私も世界を救う日が近いわ!


暗黒ポエム帳を手に取る。

新しいページを開き、インクの乗ったペンを走らせる。


カリカリと、ペンの音が響く。


「我が闇の魔力、花瓶を宙に縛り、大地へと誘う……世界は我が手中に…!」


誇らしげにペンを走らせる。

その言葉一つ一つに、きらりの魂が込められていく。


文字が、きらりの心の光を宿す。


クロウは遠くからその様子を静かに見守っていた。

彼の顔には、きらりが危険な目に遭わずに済んだことへの、微かな安堵の色が浮かんでいた。


安堵の息が、わずかに漏れる。


ふ、と口元が緩む。

それは、誰にも気づかれない、静かな笑みだ。


その瞳は、ただひたすらに、きらりだけを見つめていた。

まるで、彼女が、彼にとっての世界そのものであるかのように。


彼の影が、きらりの足元にそっと寄り添う。

守護の誓いのように。


(こいつは本当に面白い。次はどんな反応を見せてくれる?)


クロウの瞳は、好奇心に満ちていた。

その瞳の奥には、彼だけの秘密が隠されている。

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