第21話:王子


アルヴィは携帯していた短剣の柄を握り締め、何度目かの悪態を付いた。


「数が多すぎるっ!」


向かってくる切っ先を躱しながら、彼の可愛らしい顔に似合わない舌打ちをする。


実は、アルヴィは今日の予定はなかったのだが―――。


しかし、スバルの危機を感じたらしいアウリスが、それとなくアルヴィに目配せをして『アルヴィ。そろそろ先生がいらっしゃる時間でしょう?』と言ってきた。


アウリスの意図を組んだアルヴィは、スバルの部屋の入り口から視界に入らない場所へ曲がった途端、黒装束を纏った集団に襲われた。


なので、刺客と闘う。というのが、今日の予定で現在進行中だ。


一筋縄ではいかないと思ったが、倒しても倒しても後から後から敵が湧いて出る。


王族の血を受け継ぎ、丈夫でかなりの力があるとはいえ、まだ幼いアルヴィは苦戦を強いられていた。


アルベルトや味方がいるであろう道へ出るのに、あと半分ほどの距離がある。


スバルの顔が、脳裏をちらつく。


(あの変態ジジィ! スバル様は可愛いから絶対絶対! 変なことするに決まってる!)


ユハはアルヴィの中では、甥ではなく熱く粘質があり身の危険を感じるような眼差しを向けてくる、アルヴィの本能が警鐘をならすほどの変態だ。


急がなければ。とアルヴィは思う。


はっきり言って、アウリスは武術も優れてはいるが、どちらかと言えば文官寄りだ。


スバルを守るには、力不足だろう。


短剣で剣を弾かれた刺客が繰り出した足を避けるように、壁を蹴り宙を舞った。


成獣となっていないアルヴィは、子虎にならなければ羽が出せない自分に苛立つ。


子虎の姿では、今よりも劣るためそれはできない。


「むぅー。僕、早く大人になりたーい!」


敵の顔を蹴り飛ばしながら、アルヴィは大声を上げた。


そして、思うのだ。


――――今、スバル様がここにいたら僕に惚れてくれるかもしれないのに!


と。アルヴィは、苦戦しながらも若さゆえの自信と苛立ちを漲らせた。






* * *






遠くから聞こえる呻く声が、自分のものだと気付いたアウリスは瞼を二、三開閉した。


「うぅうッ」


「目覚めたか。アウリス」


「叔父上?」


くつくつと笑いながら問うユハに、何故、このようなことになっているのだろうかとアウリスは思った。


腕に痛みがありゆっくりと顔を上げれば、視界には手首が拘束具が施されており、自身がその拘束具で吊るされていることに気づく。


そこで覚めた頭が、事態を思い出した。


「スバル様は!?」


アウリスは自身の腕から正面へ顔を向けると、鉄格子が視界に入る。


「なっ……」


部屋の一部に有り、床から天井までを埋め尽くすそれは、鳥籠のような形をしていた。


そこには分厚いマットが敷かれており、うつ伏せに埋もれるように横たえられた人間がいる。


シーツの上に散る長い黒髪、上掛け布団から覗く青くレースがふんだんに使われているドレス――――。


「スバル様!」


声を張り上げ精一杯に呼んだが、スバルに反応はない。


最悪の事態になってしまったかもしれないとアウリスは、とにかく腕を拘束する物が外れないかと身体を動かしだした。


「――――がッ!!」


いきなり暴れ出した甥に目を細めたユハは、持っていた鞭で容赦なくアウリスの胴体を打った。


瞳孔が縦に長くなったアウリスの目を見て、ユハは愉快そうに声を上げて笑う。


「お前も、気が利かない。アルヴィを寄越してさえいれば、兄上に似ている成獣になったお前など用はなかったのになぁ。 アルヴィは、お前達の母のセシリアに似て可愛らしい。あの子が、苦痛に幼い顔を歪ませたかったのだが……」


嘲笑う呟きに身体の痛みなど忘れて、アウリスは嫌悪に毛を逆立てた。


「叔父上。まさか、そのような趣味があったのですか!?」


うっとりとした表情の叔父に、アウリスは戦慄く唇で問うが返事は来ない。


「ああ、可愛い可愛い小さなセシリア……。幼馴染だったあの子を私から奪った兄上めッ!! しかも、アルベルトもアウリスも兄上に似おって!!」


憤然としたユハに、アウリスは背筋に冷や汗を垂らした。


どうも怪しいと思っていたのは、あっていたらしい。


アウリスは幼い頃、ユハの"そういう"視線を本能で察知して、二人にならないようにしていた。


弟達をアルベルトは、ユハから遠ざけていたようにも思える。


――――私は、何と情けない事か……。


アルベルトはもちろんだが、アルヴィにも武術では劣るかも知れない自身がとても情けない。


そう思っている間にも、吊るされて体重のかかる肩が外れそうだった。


「それに比べて、スバルは素朴ながらも可愛らしい。ああ。私の小鳥……。特別に鳥籠型に作らせたのは、正解だった」


「似合っている」と嬉々とした呟きに、思考の底へ沈みそうになっていたアウリスは、はっと我に返った。


「さて、小さく華奢なスバルが壊れぬよう、優しく遊んでやらなければ……。どれを使ってやろうか―――なあ、アウリス」


ユハはにやりと口端を上げ露骨に下品な笑みをして、床に置いてあった箱の蓋を開け、アウリスに見せつけるように掲げた。


その中には、様々な卑猥な道具が詰まっており、アウリスは目を瞠った。


しかし、アウリスはすぐに算段をする。


今は、自身の情けなさで落ち込むよりも、スバルを救出しなければ。


――――兄上の元へ、あの方を無事に届けなければ。


スバルは威厳や王者のような"戦巫女"の顔を持っているが、体力や武術では獣人には敵わないだろう。


兄の婚約者はアウリスより年上だが、華奢で小さく少年のような人……。


今、自分が守らなければ誰が守るのか。自問して、『自分が守らなければ』と心で自答した。


――――では、やることは一つだ。


アウリスはぶんぶんと首を横に振って、頬を赤らめさせる。


「わ、私には、わかりかねます」


「まあ、そうだろうな」


機嫌が良さそうに「お前のそういう初心な所は、好ましい」とユハは頷く。


ぱさりと音を立て、何も目的なしに伸ばしていた髪がアウリスの視界に入る。


髪を結っていた紐が解けたからだ。

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