第14話:兄弟2


今の状況に、スバルは目を瞬く。


「アウリス」


アルベルトの咎めをアウリスは無視したようだった。


「うわっ」


スバルは、驚きの声を上げてしまった。


ひょいっとアウリスに、持ち上げられたからだ。


自身が行ったのにも関わらず、彼は驚いたように目を瞠る。


「お会いした時から華奢だとは思っていましたが、こんなに軽いとは……」


「え? 本当ですか?」


好奇心に満ちた瞳でアルヴィが問うと、アウリスは「慎重に」と言いながらスバルを抱えさせた。


なんと、アルヴィにも軽々と横抱きされてしまった。


そして、彼も目を見開く。


「軽い!?」


そんなに驚くぐらいに軽いだろうか?


スバルは、はてっと首を傾げる。


「もう少し、スバル様は重くなった方が良いです!!」


涙ぐんだアルヴィがそう言うと、この部屋にいるアルベルトにアウリス、フィーネが賛同するように頷いた。


ふむと、スバルは自身の身体を思い出す。


ローエンにいたころも戦巫女の代理になってから、薄らついていた肉が消え肋骨などが浮いて出た。


『儚くなってしまわれて』と着替えの際に時々、フィーネに涙ぐまれてしまったりしているが……。


みすぼらしい。卑しい。とか、短命そうという意味合いではなく、細くなってしまって、消えそうだとか脆そうに見えるのだろう。


服を着ている今も、もしかしたらそう見えるのかもしれない。


考えている間に、アルヴィが恐る恐るといったようにスバルをアルベルトの膝の上へ戻した。


「兄上に、無体なことはされていませんか?」


心底、心配だというように、アウリスがそんなことを問うてきた。


されていないと即答しようとしたスバルだが、昨夜のことを急に思い出してぼんと音がしそうなほど顔を真っ赤にさせた。


その様子を見ていたアウリスは驚いたように瞳孔を丸くして、次には後ろにいるアルベルトを見遣る。


「まさか……」


「無体な事などしていない」


淡々と応えたアルベルトに、兄を信じているのだろう。アウリスは、わかり易くほっとしたような表情をした。


しかし、アルヴィはそうは思わなかったらしい。


軽蔑しているような眼差しをアルベルトへ向けている。


「ぜったい怪しい! だって、川の水で濡れて服が透けて見えていたスバル様の肌をイヤラシイ目で見てた!!」


証言をして、アルヴィはアルベルトを睨む。


「しかも、スバル様の胸元に触れようとしてたもん!」


ビシッとアルヴィは、件の男を指差した。


そこまで聞いた証言にスバル以外、眉根を寄せアルベルトを不審者かのごとく見た。


「何て破廉恥な! 婚姻前なのですよ!!」


フィーネは怒りに顔を真っ赤にして、アルベルトに向かっていく。


今日は地団太で我慢できないぐらいの憤りを感じているらしく、立場をすっかり忘れているらしかった。


この中で一番背の小さな者の扱いに困ったように、アルベルトは詰め寄られている。


「フィーネ」


だが、震えてはいたが、冷たく凛としたスバルの声が響いた。


呼ばれたフィーネは、我に返ったようにはっと息を呑んだ。


すぐさま床に平伏をする。


「立場を弁えず、大変申し訳ございませんでした。アルベルト陛下」


スバル様の従者として恥ずべき行為を―――不敬な事をしてしまったと青ざめ震えた。


額を床に擦り付けているフィーネに、アルベルトはもちろんのこと、アウリスやアルヴィも『どうしたものか』というような表情を浮かべる。


そんな中、スバルは、アルベルトの膝から下りてフィーネの横に正座した。


手を床に付き、アルベルトを見上げる。


スバルもまた顔を青ざめさせ、震える唇を開く。


「わたくしからも。申し訳ございません。陛下」


「待てスバル」


「わっ!?」


頭を下げようとしたスバルの脇に、素早く手が差し入れられ視界が流れる。


気づけば、アルベルトの膝の上に向き合うようにスバルは座っていた。


困惑気味な表情で、アルベルトを見上げる。


優しく少し寂しさを湛える目と合った。


「そのように、貴方が謝る必要はない。それに、貴方の従者もだ」


「貴方も顔を上げてください」


アウリスの声にフィーネを振り返れば、アルヴィがフィーネを両手を軽く引っ張って立つようにと促している。


大きな手が頬を覆い、促されるままにアルベルトを仰ぎ見る。


安心させるように微笑むアルベルトの瞳に、不安を浮かべたスバルの顔が映り込む。


「貴方を思ってのことだ。度を過ぎてもいないのだから、咎めたりはしない」


アルベルトに手を取られ、冷たくなってしまった指先を温めるように口付けられた。


「陛下などと、貴方に他人行儀に呼ばれ、話し掛けられると寂しい。……どうかアルと呼んで、いつものように話し掛けてくれ」


「……アル」


耳と眉端を下げ懇願するような響きを発したアルベルトに、スバルは目を潤ませた。


彼は、この国の国王だ。


フィーネのあの態度は、罰を課せられてもおかしくない。


他国だったとしたら、もうこの世にフィーネがいなかった可能性もある。


けれど、彼はそれをスバルのためを思って従者がやったことだろう。だから、咎めないと言ってくれたのだ。


なんて、寛大な人なんだろう。


(アル、大好き)


好きと感謝の気持ちが溢れて、自然と少し腰が浮き、目の前にある彼の頬に口付ける。


「ありがとうございます」


顔を離したスバルは、目に涙を溜めてふわりと花が綻ぶように微笑んだ。


それを一身に向けられているアルベルトは、威厳なくぶわりと耳や尻尾などの毛を膨らませた。


「スバル」


アルベルトは少し熱を持つ瞳を向けながら、華奢な肩に掛かった三つ編みを持ち上げ唇を寄せた。

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