第8話:恋慕2
枝が折れた瞬間、アルベルトは大きく宙に舞い、それを蹴って軌道を変えたのだ。
スバルを救ったアルベルトは、スバルのもとで屈む。
目の前で起こったことに腰を抜かし、目を丸くさせているスバルをすぐに抱き上げた。
「スバル、大丈夫か!?」
「あたたた……腰打った」
折れた枝が川に落ちた際に、多くの水が飛び、アルベルトもスバルも全身が濡れた。
ちょうど、枝が落ちた所が深かったらしい。
件の枝は、水面にぷかりと浮いた。
アルベルトは、枝から抱えているスバルへと視線を戻すと、スバルは腰を擦っていた。
「怪我はないか?」
「はい。腰を打った以外は」
「そうか……」
元気そうなスバルに、アルベルトは安堵の溜息をつく。
「スバル様! アルベルト陛下!」
フィーネが必死に呼んでいる場所まで、アルベルトはスバルを運んだ。
昼食を並べてある場所を避け、布の上にどかりと座る。
胡坐をかいた自分の脚の上に、横抱きするような形で、自分にしては小さな身体を乗せる。
「大丈夫か?」
そう聞くと頷くスバルに、ツキリと心臓が痛んだ。
アルベルトは、スバルの頭を自分の胸に凭れるようにさせて、存在を確かめるように背中を擦った。
腰を打ち付けたが、スバルに幸い怪我はない。
フィーネが寄こした渇いた布を受け取ったアルベルトは、スバルをそれで包む。
スバルは、お礼を言って「子虎は?」と聞く。
「平気だ。羽で飛んだからな」
先程まで居た場所にアルベルトが視線を遣り、怒気を含んだ声色でそう返してくるのに、羽で飛んでいる? とスバルは同じ方を見る。
『と、とべたっ!!』
飛べたと子虎は、羽をはばたかせながら、我を忘れて身を打ち震わせて喜んでいるようだった。
何はともあれ、スバルは、ほっと短く息をはいた。
「スバル」
肌がビリっとするほどの鋭い声が刺さって、スバルは子虎から恐る恐るアルベルトを見上げる。
目尻を吊り上げ、鋭利な視線を向けているアルベルトに、はっとした。
「ごめんなさい」
アルベルトが怒っていることがわかって、俯きそうな顔をスバルは懸命に、凍てついた水色の瞳を見詰める。
その間にも、三つ編みにされた髪から水滴が落ちている。
それと同じで、アルベルトも全身を濡らしたままだ。
「貴方が楽しく活発に動き回るのは喜ばしいことだが、少しだけでも俺のことも考えてくれ」
静かに窘めたアルベルトは、少しの寒さと恐怖に震える小さな身体を抱きしめる。
「スバルの頭上に枝が落ちそうになって、心臓が止まるかと思った……。頼むから、もうそんな思いはさせないでくれ」
僅かに震える声が懇願し、腕の中で見上げているスバルの額に、自身の頬を擦り寄せた。
擦り寄る頬の冷たさに、スバルは布から両手を出し、少しでも温められないかとそこを覆う。
小さな額から顔を離し、頬を手で包まれたまま、アルベルトはひたっと手の持ち主に目を凝らした。
スバルは、そんなアルベルトを見詰め返すと、きゅっと胸が痛んだのを感じた。
筋肉が程良く付いて太くはないが、屈強な身体の持ち主のアルベルトが、川の水が掛った程度で、頬を冷たくさせ震える筈がない。
アルベルトは、心臓が止まりそうになったといった。
ならば、スバルを失うことを恐れたのだろう。
そして、今もその恐怖心に襲われているのだ、アルベルトは。
言い知れない申し訳なさと、愛しさがスバルの心を満たす。
ミナシアに来てから、数日ではあるが、アルベルトから向けられる好意で、ミナシアの王から、親友。
親友から、恋人に対する気持ちへと急激に変化して行った。
「これから出来るだけ、気を付けます。さっきは、ありがとう。好きだよ……アル」
そう素直に告げて、スバルは愛しさが溢れるままに微笑んだ。
それを見聞きしたアルベルトは、目を丸くした。
また、スバルを包んでいたはずの布が捲れ、水に濡れ少し透けている服が、華奢な身体の線に沿って張りついているのを発見して、アルベルトはカチッと固まる。
そして、胸元の二つの赤い小さな実が、透けて見えるのも発見してしまった。
そのスバルの姿に、アルベルトは、次第にじわじわと顔を真っ赤にさせた。
自然と手が、スバルの胸元に向かう。
わなわなと迫る大きな手に、どうしたいのだろうか? とスバルは困惑した。
そんな時だ。
『あの……』
遠慮しているような呼び掛けに、スバルは視線を横に向ける。
全身が見えるほどの離れた距離で、子虎がおすわりをしていた。
背後には、羽がある。
それに興味をそそられたスバルは、アルベルトの腕の中から抜け、子虎へ向かう。
『あの……』
もじもじと上目遣いに丸いつぶらな瞳で見られ、スバルの胸はきゅんと高鳴る。
「なに?」
子虎が話しやすくなるように、子虎の目の前に座り、目線を合わせて微笑む。
そうすれば、子虎は頭を下げた。
『助けてくれて、ありがとう』
お礼を言った子虎が、厚い舌でペロッとスバルの頬を舐める。
それをされたスバルは、きょとんとした。
だが、次には頬を上気させて、勢い良く子虎に抱きつく。
『うわあ!』
悲鳴に似た叫びが聞こえたが、スバルはお構いなしに子虎のさわり心地の良い毛に、頬をすりすりとする。
「かわいいかわいい!」
終いには、ちゅっと額に音をさせて口付けた。
『わわっ』
驚いたような声に、腕や頬から伝わった震えに、スバルははっとして、相手は獣人だったと子虎を離した。
可哀想なほど、子虎は震えている。
濡れることのなかった子虎が、スバルが密着した所だけ毛に水気を帯びていた。
自分が怖がらせてしまったかと、スバルは反省した。
その間にも、子虎は覚束ない足取りでよたよたとスバルの横を通り、何故か手をじっと見つめるアルベルトへ向かう。
『アルベルト兄上』
「アルヴィ、なんだ?」
子虎に呼ばれたアルベルトは、はっとしたように兄の顔をして、なにか具合でも悪くなったのかと心配そうに問う。
どうやら羽の生えた子虎は、アルベルトの弟らしい。
『僕は、子をもうける任にはつけそうにありません』
「……何故だ?」
はっきりとした宣言に、アルベルトは怪訝な顔をする。
子虎は、ちらっとスバルへと目を向け、また視線をアルベルトに戻し―――。
『僕に、戦巫女様をください!』
元気良いおねだりに、スバルとちょうど服を城から持ってきたフィーネが目を見開いた。
アルベルトだけが、そう来たかと顔を歪ませる。
『戦巫女様、可愛いです! 僕のツガイにしたい!』
そんな大人三人には気付かず、子虎はスバルの脚にスリスリと頬や胴体を擦り付け、終いには尻尾を絡めた。
「兄弟、そろって……似た者同士?」
慌てていたフィーネを追いかけてきたリクが、誰にも気付かれずにぽつりと呟いた。
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