第6話:安堵2


戦巫女にならないからと、スバルは、王たるにふさわしい教養や態度、考え方などを身につけさせられなかった。


スバル自身も、興味があったとはいえ、目を背けていた。


だが、母が病で倒れ、戦巫女となって最初の一年間、自身を恥じることばかりの毎日だった。


皆に多くを助けられ、支えられて、それなりの力を付けた。


だが、自分が王の器ではないのをスバルを自覚していた。


当時十歳であったチヨの方が、やはり王として、戦巫女としてふさわしい素質を持っていた。


それを隠し蓋をして、自身を"おれ"から"わたくし"と偽って、窮屈な服を―――"戦巫女"を着て生きてきた。


あと二ヶ月で、終わる。チヨが、成人すれば終わる。


そう喜んでいたのに、ミナシアからの手紙で、無になった。


戦巫女を脱ぎ捨てられても、今度は元戦巫女にしてミナシアの王妃が一生スバルを捕らえるのだ。


それでも、ミナシアに何かあったのならば、助けなければ――――…。


スバルは、不甲斐ない自分に何かできるのならばと思っていたのも確かだ。


だが、臣下達の前では、平気なのだと振る舞ってはいたが、自身の部屋に戻り、そこに訪れた妹のチヨに心配された。


恥ずかしく、申し訳なく思った。


こんなにも辛い戦巫女を妹に押し付けられると、喜んでいた自分。


自分自身が出来ることをと決めたのは自分なのに、ミナシアの王妃の任を恐れる自分。


自分のことばかりで、妹のことなど考えていなかった。


戦巫女になるべく学んだ妹には、その"戦巫女"がどれほど辛いのかわかっているはずだ。


それなのに、妹は自分のことを心配し、戦巫女は私が背負うから、何かあったら助けに行くからと一生懸命に慰めてくれた。


だから、スバルは決めた。


妹が戦巫女となった時、自分のことで悩ませることがないようにしようと―――…。


そう決意して、恐怖と苦痛で叫びたい自分を封じ、騙したのは最近で……。


けれど、目の前の人は守ってくれるといった。


だから、怖い。


「こんなに、甘やかされて……俺、何も…できなくなったら、どうしよう……」


思わずといった呟きに、くすりと笑われた。


「そうしたら、俺が責任をとる」


真剣なその言葉に、目を丸くしたスバルは、次には涙を目に滲ませくすくすと笑った。


そして、広い背中に腕をまわした。


身長が大き過ぎて、アルベルトのように全てを囲うことはできなかったけれど―――。


それを補うように、親に縋るような甘えるような気持ちで、服を握りしめた。






* * *






「まったく、ケダモノめ」


スバル達のやりとりを一部始終をみていたフィーネは、その場で地団太を踏んだ。


でも、と動きをやめる。


「良かった……」


気が抜けたように、情けない呟きは、誰にも聞かれることはない。


本当は、スバルが苦しんでいることをフィーネは知っていた。


だが、スバルが頑張ろうとしているから、結局、何もできなかった。


ガラス扉に映っている、自身の情けない顔を見て引き締めた。


「でも、それと。あれは、違う」


唸るように独り言をしたフィーネは、きっと少し違う感情を持って、お互い抱き合っているのだろうスバル達へ向かって口を開く。


「お二方、夜風は体に障りますよ」


はっとしたようにスバルは、アルベルトの腕の中から出る。


子供のように甘えていたのが、恥ずかしかったのだろう。スバルの顔は、真っ赤だ。


それを名残惜しげに見詰めるアルベルトに、フィーネは鼻を鳴らした。


婚前で、スバル様を狼に――いや。正確には虎だが――喰われてたまるかっ! とフィーネは、闘志を燃やす。


フィーネに向かって歩き出したスバルは、けれど、ふと思い出したように「あの……」と躊躇いながらアルベルトへ振り返る。


「髪を切って、良いですか?」


このぐらいにとスバルは、うなじの上に右手を置く。


「それは駄目です!」


「それだけは駄目だ」


フィーネとアルベルトの声が重なった。


――――せっかく伸ばしたのに、そんなにばっさりと切るのは許しません!


――――白くほっそりとしたうなじが、皆に晒されてしまう!


どちらが従者と王の心の叫びか、すぐにわかるだろう……。


目が合った二人は、意気投合したように頷き合った。


それを交互に見ていたスバルは、またも涙を溜め出す。


虚勢を張るのはやめたらしいスバルは、さっそく甘えん坊だ。


その姿を見て、動揺したのはアルベルトだ。


「す、スバルっ」


オロオロするだけのアルベルトに、それで一国の王か情けないと溜息を吐くフィーネは、これはあれだなと思う。


「じゃあ、肩甲骨辺りまでなら良い?」


スバルに潤んだ瞳で見上げられ、こてっと首を傾げられてしまえば、アルベルトはたまったものではない。


尻尾も耳もピンと尖らせ、コクコクと壊れた何かのように頷く。


その様子を見て、フィーネは、宰相のリクの言葉を借りるならば、


「陛下は、尻に敷かれる。これは、決定だ」


と確信する。


だからといって、まあ良いかとフィーネは思う。


だって、そうなれば、スバル様がこの国で実質、一番偉いという事なのだから!


フィーネは、スバルが鞭を振い、アルベルトを馬車馬の如く使っている図を思い浮かべる。


それは、なんて素敵なことなんだろう。


主を迎えながら、ふふと可愛く笑う。


その様では、到底そのような想像をするとは疑われないだろう従者は、スバル様至上主義だった。

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