第14話 キュナント侯爵領の民
キュナント侯爵領に住む民は、絶望を知っている。
前侯爵が領主の時には勝手に税金を上げたり、天災で作物が思うように取れなくとも、援助金どころか税が払えない時は、根こそぎ家財道具まで持っていく非道ぶりだった。
その為民達は、身を寄せ合ってそこで生きて行くか、代々の土地を捨てるかを選択し苦しんだのだ。
次期当主シチルナが婚約破棄をして逃亡し、侯爵家が破綻しそうになった時は、あり得ないほど税金が上がり、民の多くが夜逃げを企てたものだ。
たとえ逃げたとて、その先で暮らしていけるかなど分からないのに。商人ならばともかく、農民には学問を十分に受けている者は少なく、これまでと同じように搾取される未来しかなかった。
「神はいないのか……俺達がこんなに苦しんでいるのに」
「農民は守ってくれないのかよ? 王族しか認めないと言うのか!」
「何の為に、生まれて来たと言うの? ううっ」
神にも見放されと泣き崩れる最中、新しき当主になったボルケは民に寄り添った。
「うわぁ、すごい有り様だな。済まないな、俺の家族のせいで。何とかすぐ暮らせるようにするから、少し待っててくれよな!」
そう言ってボルケは冒険者仲間を総動員し、掘っ立て小屋を領地の家族分作りつつ、リキューが魔獣肉や野菜を空間転移で大量に持ち込みんで、料理を作って食べさせたのだ。
あっと言う間のことだった。
その日の夕方には、集落の中心に建てた仮の家(掘っ立て小屋)に引っ越し、食事の支給を受け取った民達。
「俺達の貧しさは、今に始まったことじゃないのに」
「こんなにあっと言う間に、温かな食事が貰えるなんて」
「お肉……久々に食べた。美味しいよぉ」
「掘っ立て小屋なのに、寝具も整っていて暖かい。すきま風も入らないくらい、しっかりした作りだ。今まで住んでいた家より、よっぽど綺麗だよ」
「ボルケ様は侯爵領の土地の荒れが、今回の騒動のせいだと思っているが、ずっとギリギリだったのにな」
「食料も仲間達と、あんなにたくさん持参してくれて。それも毎日持って来てくれるって言ってたよ!」
「魔法で瞬間移動って。冒険者にはすごい人がいるのね。ボルケ様はその仲間達のリーダーなんですって」
「すごいな、ボルケ様は。あの魔獣も彼らが倒したそうよ」
「「「すごいね。新しい領主様は!!!」」」
「ああ、本当にね。強くて優しくて……私達は救われたわ」
「それに税金も2年は取らないって。土地や水路が荒廃しているから、直してからじゃないと危ないからって」
「その整備に参加すれば、日給も貰えるんだっ」
「「「すごいね。それも日給。嘘みたい!」」」
本当かどうかなどと言わなくても、今日一日の行動で理解した民の心には、希望が強く宿った。
明日からは整備計画に添って、区画した場所に民の家を建てて行く予定だ。それにも領主であるボルケから、賃金が払われるらしい。
その後に河川の整備をして、領地の隅々まで水路を遠し、洪水対策用のため池も作るそうだ。
今までの家は撤去するらしく「住み慣れた場所を済まないな。でも一気に土地を耕して肥料を混ぜ込み、水場周囲の危険を避ける計画となると、どうしても移動して貰う必要があるんだ。悪いな」と、申し訳なさそうな顔の年若い領主が、みんなの前で頭を下げるのだ。
それを見て全員が恐縮し、そして温かな気持ちになった。
「あー、後な。ずっと冒険者をしていたから、言葉遣いが悪いんだよ、俺。俺の仲間も言葉が荒いけど、怒ってる訳じゃないからな。気軽に声をかけてくれよ」
頭を掻きながら、「こういう挨拶苦手なんだよな」と苦笑するボルケに、みんなが付いて行こうと思ったのだ。
そう言う訳で、ボルケの資産は見る間に減っていったのだ。けれどボルケは、それを惜しむことはなかった。
前侯爵(父親)の帳簿を見た瞬間、「何やってんだ、あのくそ親父は! これって脱税だろ?」と、殴りたくなった。
そのことでも民に頭を下げるボルケに、「もう良いんです。頭を上げて下さい!」と悲鳴をあげるのだった。
一度は土地を離れた民も戻り、同じような対応を受け(謝罪含め)、この地の話を聞いた民の親族達も、この地を目指すことになった。
みんなで力を合わせてきたキュナント侯爵領は、国で一番の食料庫にのしあがったのだ。
苦しい時期を知ってる民は、貯蓄は多く無駄遣いをしない。2年は家族で暮らせる蓄えを持っている。
◇◇◇
「ボルケ様。もしも貴方様がここを捨てるなら、付いて行かせて下さい」
「私達は必ずお役に立ちますから!」
領地に住む民の中には、ボルケ達に憧れて冒険者仲間になった者も多い。その彼らから、いろいろと民は情報を得ていた。
『筋肉は裏切らない。筋肉があれば、家族を守れる』
そんなスローガンの下、今や農民も商人も、老若男女関わらず全員が鍛えている。
そんな彼らはボルケの動きから、国を捨てるのではないかと予測を立てて、心配していたのだ。
ボルケは彼らに言う。
「俺が行く時は、お前ら全員連れて行くから安心しろ! 家も根こそぎ運ぶから、心配するなよ!」
「「「「おおっ、さすがボルケ様だ! 一生付いて行きます!!!!!』
そんな盛り上がりの暖かな午後、全員の気持ちが一つになった。
ボルケが手を下す前に、ボルケの抱える問題がまた一つ、勝手にクリアしたのだった。
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