第10話 シチルナとの対峙

「ボ、ボルケ! 何を見ている。早く縄を解いてくれ!」


 この期に及んで状況が読めてないシチルナに、嘆息を漏らしながら執務を続けるボルケ。


 リキューはその間にワインを何本も空け、ほろ酔いでレザーのソファーに体を預けていた。

 山盛りで皿に積まれた、たくさんの揚げ物のツマミはリンダからだ。

 リキューの夕飯を中断させたお詫びらしい。


「すぐ戻ったのだから、気にするな。ボルケの頼みだからな。こんなことで貸しが出来て、儲けたくらいだ。ワハハッ」


「もうっ、リキューさんってば。冒険者が食事の時間を大事にしていることは、常識なのに。ありがとうございますね。私が作ったのでお店の味には劣りますが、たくさん食べて下さい」


「謙遜しなくて良い。リンダの料理は旨いぞ」

「ありがとうございます。嬉しいです」


 ワイルドなちょい悪顔の美形に褒められて、頬を染めて部屋を出ていくリンダ。転がっているシチルナのことは、眺める程度にして。気付かない振りで。


(これがお父様の兄のシチルナなのね。何か全然似てないわ。お父様の方が断然格好良い!)


 筋肉に囲まれて育ったリンダは、筋肉のない男には魅力を感じない乙女に成長していたのだった。




◇◇◇

 この出来事の少し前。

 今後の作戦を立てていたリキュー達主要メンバーは、キュナント侯爵邸で夕食を食べ始めていた。  

 その矢先に、魔法の伝書鳩から緊急連絡が入ったのだ。


 ダヌク邸に偵察中の仲間より放された連絡は、『体調不良でふらつく癖に贅沢し放題なシチルナは捨て、身代わりを立てる』と言うものだった。


 侯爵家の内情を知りうる限り喋らされて、もう用済みになったのだろう。移動の際にも介助が付き、我が儘が過ぎればそれも当然だろう。


 けれどシチルナは自尊心が高すぎて、周囲は従ってくれると信じて疑わない。それも両親に甘やかされた故だろう。



 空間転移魔法はレアである。

 この国でも数えるくらいしか使い手はいない。

 おまけにリキューの出生は捨てられた元庶子で、国も把握していない実力者だ。ボルケ達と共闘して使いまくった結果、遠距離にも瞬時で飛べるようになった。


 普通ならば、床に精密な魔方陣を書くので時間がかかるのに、それを脳裏に定着させ、目的地の座標だけ書き換える演算を行えば、発動できるのだから。


 彼が断れば、シチルナは高確率で殺されていただろう。ダヌク側が予想できないのも頷けることだ。


 偵察中の仲間だけでは、ダヌク達には到底勝てなかった。彼はそれなりの実力者を伴っていたからだ。



 ある意味シチルナは、リキューにから揚げよりも優先された。ボルケの願いで。




 生きる活力になる食事、特に夕食は、今日も生き抜いた証となる確認作業のような意味もあった。

 くだらない依頼なら、きっと断っただろう。

 まあ彼の能力を知るのも仲間達だけだから、そんな依頼をすることもない。


 能力を知らぬまま捨てられて良かったと、心底ホッとするリキュー。能力を知られていたら、きっと使い潰されていた未来しか見えないから。



◇◇◇

 喚くシチルナを放置しながら仕事を終えたボルケは、腕を伸ばして背をほぐし、リキューの向かえのソファーに腰かける。


「お疲れ、リキュー。手早く回収してくれて感謝する」

「気にするな、ボルケ。たぶん、かなり高く付いたぞ。俺の呑んだワインは、作られた本数が少ない貴重なものだから」


「そうか。でも良いんだ、別に。この酒は侯爵家が傾いた時、本当なら抵当に入ったものだし。……あのクソ親父はその分の借金も俺に払わせて、地下のワインセワーに保管していたんだ。隠居先に送る時、さんざん喚いていたから分かったことなんだけどな」


「あの毒親は! お前の気持ちも分からない嫌な奴だ。もう飲み干しちまおうぜ!」


「今日はその辺にしとけ。後は祝い事の時に、みんなで開けよう」 


「ワハハハッ。確かに、やけ酒には高価過ぎるな」



 何て言葉を床から眺めるシチルナだが、漸く頭の冷えてきた彼の心を恐怖が支配した。

 一瞬で俺を拉致する能力。そして筋肉ムキムキの二人の男達に。

(あの自信のなさそうだったボルケが筋肉ムキムキで、悪そうな顔の男と仲良く話している。お父様秘蔵のワインを呑み荒し、この邸にいついているようだし……。


 まさかボルケは、強請られているのか!?)



 シチルナ (馬鹿)の思考は、ボルケには理解できないものだった。



◇◇◇

「目を覚ませ、ボルケ。お前はそいつに騙されている。俺の縄を今すぐ切れ、そして共に戦おう」


 ジタバタと床で身を捩るシチルナに、ボルケ達は哀れみの目を向けた。

 そしてボルケは、リキューに呟くのだ。


「俺はこいつを育て直してみようと思う。ロベルトに協力して貰い、記憶の改竄を行って弟として再教育をしていくつもりだ」


「お前が、わざわざ?」


「ああ。昔に少し、世話になったのを思い出したんだ。勉強を教えて貰ったことがあるんだ」


「へえ、こいつが。アホっぽいのにな」


「実は結構頭は良い。教え方もうまかったぞ」


「頭良いのに、今こんなんか? あ、公爵令嬢と婚約破棄したんだっけ?」


「ああ、それが転落の始まりってとこだ。でもまあ、流れるまま浮気する奴だから、結婚して子供でも出来れば、レモアンの親に殺されたんじゃないかな? 事故とかで」


「そういう感じか~。でもそれくらいなら、お前は家に戻らなくても良かったんじゃない? 冒険者を続けられただろ?」


「まあ、そうなんだけどな。でも両親もいなくなる可能性もあったから、調査に戻る可能性はあったと思う」


「両親もいなくなる? 何で?」



 リキューが不思議そうにすれば、ボルケは情けない顔をして嘆息する。


「俺の両親はきっと、大事な愛息子の子供に纏わり付いたり、侯爵家の経営にも口を出して、再び家を牛耳ろうとするだろう。それを残された妻と、彼女の両親(それも力のあるデンジャル公爵家)が黙っている筈がない。しかも後ろ楯は王家だ。

 贅沢に楽しめる保養地への旅行に送り出して、そのまま帰って来なくすることもできる。生死不明で、曖昧なままでな」


「それは……ありうるな。侯爵家を没落寸前まで追い込んでいたし。ボルケじゃなきゃ、立て直しは無理だったろうな」


「まあ、予測だけどな」



 そんな会話を耳に入れたシチルナは、その可能性があり得ると思ってしまった。

(あの時はニテールに夢中で、とにかくレモアンから逃げたかったんだ。よく考えれば、その可能性はあったのに。

 だっていくら俺が浮気しても、全然婚約解消にも破棄の話も出なかったし。……初めからデンジャル公爵は、侯爵家を乗っ取るつもりだったのか。そう考えれば辻褄が合う。

 そうか……俺は、両親も殺すところだったのか)


 

 傍で喚いていたシチルナが急に静かになり、ふと見れば何やら考えている様子だ。


 そして…………。

「ボルケ、俺は間違ったんだな」


 ボルケの方を見上げ、言葉を絞り出したシチルナ。


「……そうですね。でも……これから生き直すこともできますよ」


 泣きそうに萎れたシチルナの顔は、どうして良いのか分からないという困惑で溢れていた。


「行き当たりばったりで、迷惑をいっぱいかけたのに? お前を困らせて侯爵家を乗っ取ろうとしたのに?」


「ええ、それでもです。それに俺は強いので、ビクともしてませんし」


「そうみたいだ。いつからお前は俺を追い越して、そんなに強くなったんだろうな。気付かなかったよ」


 

 ボルケの言葉に頷きながら、とうとう涙を落としたシチルナ。その時にはもう、命乞いなどする気はなくなっていた。


「俺は酷いことをした。生きている価値もない」


「そんなこと言わないで下さい。今度こそ、俺の味方になってくれれば許しますから。……兄さん」


「うわわぁ、ボルケ。俺は、俺は、ごめん、ごめんなぁ、ぐすっ、ぐっ、ふぐっ」



 ボルケは何度もシチルナを囮にし、魔獣狩りをしたことで少しスッキリしていた。そして謝罪も受けたことでもう良いと思えたのだ。


 一方シチルナは囮にされた記憶がない。

 ボルケは自分のやったことに対して、慈悲の心で許してくれていると思っているのだ。


「本当にごめんよ。俺でできることなら、何でもして償うよ。ぐずっ、ずびっ、うわ~ん」




 本当は記憶を操作し、父の愛人の庶子的な立場と錯覚させ、自分ボルケの弟として矯正しようとしていた。

 なのに既に反省し、身を投げ出すと誓う兄を見て考えを変えた。


(冒険者として鍛え、そこで生きていって貰おう。ただ名前だけは変えるか、いろいろと面倒だし)



◇◇◇

 と、言うことで。

 シチルナはハチサンと名を変え、グレプ・フルンツェの弟子となった。

 その頃のグレプは少し実力は付いてきたが、まだまだ発展途上だった。


 彼はシチルナの顔を知っていたが、ボルケに説明されていたので、初対面として彼を扱った。


「今日からよろしくな、ハチサン」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 シチルナもグレプを知っていたが、先輩として頭を下げた。もう貴族のシチルナは、何処にもいないのだ。


 そんな弱々しい(グレプも結構強くなったけれど、回りは桁違いなので)二人は共に協力し、時に囮として逃げ回り行動していた。


 シチルナはその戦いの中で、過去に囮にされた記憶が意識下で蘇り、取るべき行動が分かるようになっていた。


「グレプさん。相手は鼻息が荒くなると炎を吐きます、走って!」

「お、おう。行くぞ」


 すると言った通りに、魔獣は口から火を吹き出したのだ。


「ハチ! お前すごいな、勉強したんだろ? ヤル気あるな、助かったよ!」

「え、ええ。良かったです。へへっ」


 勉強……と言うより、うっすらと脳裏に過った体験だったのだが、その後ハチサン(シチルナ)はきちんと勉強して知識も身に付けていった。グレプは勉強嫌いなので、丁度良い相棒になっていく。


 後にハチサン(シチルナ)は付与魔法が使えるようになり、グレプと共に怪我の頻度も減っていくことになる。現在、重軽度の傷が増加中で、時々内緒(気絶中など)でボルケの部下が治癒魔法をかけている状態だ。



 過去は振り返らないと誓う二人だが、時々部屋呑みすると愚痴も出てくるのだった。主に自分自身の黒歴史に対して。


「今俺が、あの時の俺に会ったら、「しっかりしろ、目を覚ませ! その女は金目当てで、愛なんてないんだぞ!!!」って、ぶん殴ります。まあ、もう遅いですが。ウヘヘッ」


「俺の方が最低だよ。5歳からの婚約者を裏切って、異母妹にトキメクなんて。その上婚約破棄までして。それなのに、他人に責任転嫁もしてさ。親がどんなに情けなかったのか、今考えても申し訳なくて。ヒック、涙が出るよぉ」


「もう、呑もう。呑んで忘れよう。うえ~ん」

「ええ、付き合いますよ。デヘヘッ」


 笑い上戸と泣き上戸で、過去の傷をなめあう二人。

 呑んで戦って反省して、今日も生き抜くのだった。





◇◇◇

 そんな二人を温かく見つめながら、「生きていてくれて良かった」と呟き、眦に涙を浮かべるボルケ。

 そんな彼だから、みんなも彼に付いていくのだろう。



 ビルワとリンダ、そしてミルカも、「もうしょうがない。(お父様が)(ボルケが)許すのなら、私達も許してあげるわ」と、みんなの前で笑う。だからこそ事情を知る者達も、本格的に彼らを仲間として迎えることができたのだ。


(ありがとうな。さすが俺の家族だ)


 ますます家族愛が深まる、キュナント家だった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る