第74話 丸出し

「――修道士を目指してるやつもいれば、神殿騎士を目指すやつもいるだろ? それなのに、授業はみんな一緒なのか?」


 同室になってから、俺は気になっていたことをカナンに聞いてみた。

 今日一日は座学ばかりだったが、進む道が違えば学ぶ内容も違ってくるはずだ。


「ちゃんと選択授業があるんだよ。回復魔法が中心の修道士、剣術主体の神殿騎士、攻撃系の光魔法を使う巡回聖教徒……あと、薬学メインの薬師もあるね」

「なるほど。ってことは、どれか一つを選ばなきゃいけないのか?」

「ううん。固定じゃなくて日によって選べるんだ。たとえば今日は剣術、明日は薬学、みたいにね」

「自由度が高いな」

「薬学では、新しいポーションを研究・開発する職種もあるんだよ。この学校にいるフェルディ・マイア先生なんかも、そういう研究者だね」


 ――その名を聞いた瞬間、俺の身体がピクリと反応した。

 フェルディ・マイア。

 それは、イアシスの村を出る際、ババアからもらった手紙に書かれていた名前だった。


 王都にいるとは知っていた。いずれ会うつもりでもあった。

 住所は手紙に記されていたが、まさか勤務先が教会学校だとは思わなかった。

 しかも今は研究職に就いているとは。


 家に残されていた古い写真からして、少なくとも七十歳は超えているだろう。

 おそらく『聖者パーティー』と呼ばれていた時代には、魔法使いとして活躍していたはず。


「――あ、もうお風呂の時間だね。どっちから入る?」


 壁掛け時計を見ると、ちょうど夜の七時を回っていた。

 入浴して明日に備えるには、ちょうどいい時間帯だ。


「この部屋の先輩であるカナンからどうぞ」

「せ、先輩!? や、やめてよ……同じ学年なんだし。――でも、せっかくだからお言葉に甘えさせてもらうね」


 そう言ってカナンはタオルを手に取り、軽やかに浴室へと消えていった。

 その背中を見送りながら、俺はふと気づく。――そういえば、自分のシャンプーやボディーソープをまだ買っていなかった。

 今までは宿の備え付けを使っていたが、これからは寮生活。何もかも自分で揃えなきゃならないのだ。



「上がったよー。……って、シュウくん、やっぱりシャンプー持ってないでしょ?」

「バレたか」

「仕方ないなぁ。今日はボクのを使っていいよ」

「助かる。ありがとな、カナン」

「ふふっ。明日の放課後、一緒に街に出ようよ。用品も買えるし、案内もしてあげる」

「それは助かるな」


 バスタオルを肩に掛けたカナンは、濡れた髪を拭きながら笑った。

 湯上がりで少し火照った頬と、髪から漂う甘いシャンプーの香り――その一瞬、ただの少年ではなく、女性らしい色っぽさが見えた。



 ◇◇◇



「あ〜……気持ちいい〜」


 湯気の立ちこめる浴室で、思わず声が漏れた。

 この寮はシャワーもバスタブも完備されていて、カナンがあらかじめお湯を張ってくれていたおかげで、心ゆくまで温まることができた。

 しかも、香りのいいバスソルトまで使ってくれている。気が利くやつだ。


 カナンが使っていたシャンプーやリンス、ボディーソープは、どれもパッケージが可愛らしく、女子人気が高そうなものだった。

 ……やっぱり、こういう美意識が高い奴がモテるんだろうか。

 前世が現代なら中性的な小動物系男子ってやつで、人気者だったに違いない。



「ふぅ、いい風呂だったぞ」

「こちらこそ――って、シュ、シュウくん!? な、なにしてるの!? ふ、服、服着てよっ!」

「え? あぁ、悪い。風呂上がりはいつも裸で出る癖があってな…。男同士でも気になるか」

「き、気になるに決まってるでしょ……っ!」

「すまん。着替えを持ってくるの忘れたから、少しだけ我慢してくれ」

「う、うん……っ」


 タオルを肩にかけたまま脱衣所から出た俺に、カナンは慌てて顔を背けた。

 頬が真っ赤になっているのが、ちらりと見える。

 寮での共同生活、これからもこういう場面が増えるかもしれない。すり合わせが必要だろうな。


 そういえば、イアシスの村でも風呂上がりに下半身を出したままでいたら、ババアが「いつまでもチンコ出してたら火つけるよ!」と叫び、ライターみたいな魔道具を突きつけてきたっけ。



 ◇◇◇



 み、見ちゃった……。

 見ちゃったよ、シュウくんの裸……。


 男の人のモノって、あんなに大きいものなの……?

 比べようがないけれど、想像よりもずっとすごくて、目に焼き付いてる。


 それに、あんなに筋肉がついてるなんて思わなかった。

 服の上からではわからなかったけど、引き締まった身体はかなりの鍛錬を積んできた証だ。


 シュウくんの強さはまだわからないけれど、どこか底知れない雰囲気を持っている。

 早く、彼と一緒に実践的な授業を受けてみたい。

 ……そういえば、シュウくんはどの選択授業を取るんだろう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る