第38話 宿屋でのひととき ※

 シュトラウデン商会をあとにして、俺たちはグレンに紹介された宿である『凪の霧亭』へと向かっていた。


「な、なんだこれは――っ!?」


 だが中央地区に入り、都市庁舎や冒険者ギルドを通り過ぎたところで、思わず足を止めてしまった。


 視界を完全に覆い尽くすほどの巨大建造物。白と青を基調とした外壁は清浄で、空にそびえ立つその姿は、まるで城そのもの。都市庁舎よりも遥かに大きく、ただの建物とは思えない威容だった。


「あれは――聖パトリシア大聖堂です」

「大聖堂……」


 イリスが目を細めて説明を始める。


「パトリシアとは、ミシア教会の古い伝道師の名です。その名を冠し、彼女が礎を築いたと伝えられる教会の中でも、とりわけ大きな建物なのです」


 確かに、これまで散策中に目にした小さな教会とは比べ物にならない。前世では海外旅行に縁がなく、本物の大聖堂を目にしたことはなかった。だが知識として知っていたものを思い出す。


 高く掲げられた壁に埋め込まれた複数の窓。巨大なバラ窓の下には、上部がアーチ状になった縦長の窓がいくつも並び、外からでも荘厳な雰囲気を漂わせている。


 ――間違いない。あれはステンドグラスだ。


 もし内部から光を透かして見れば、きっと息を呑むほど美しい光景が広がっているのだろう。


「はえ〜……ってことは、王都にも同じようなのがあるのか?」

「ええ。王都の大聖堂は、こちらよりさらに大規模で、聖パトリシア大聖堂とは別の様式です。そしてそこには現聖女であるハラマリア様が常駐されています」

「これよりデカいのかよ……。じゃあ、ブルドグもこういうとこに顔を出すのか?」

「もちろんです。彼ほどの上位聖職者は、小さな教会に現れることはほとんどありません。活動の場は大聖堂や神殿クラスとなります」


 イリスの説明に俺は頷く。

 ただ俺の頭の中にはひとつ疑問が浮かんでいた。


「……大聖堂と神殿って、どう違うんだ?」

「教会や大聖堂は、祈りを捧げる場所であり、治療院の役割も担っています。一方で神殿は――儀式を執り行うための場所なのです」

「儀式って……例えば?」

「説明しきれないほど多岐にわたります。死者の鎮魂、結婚式、そして私が聖女候補に認められたときの儀式も神殿で行われました」

「へえ……イリスもそんな儀式を通ったんだな」

「はい……!」


 少しずつ、教会組織の仕組みが見えてきた。ただ、村でも小さな教会で結婚式をやっていたし、前世の日本でも教会で挙式する人は多かった。……つまり役割は似ていても、規模や格式で区分されているのかもしれない。


「大聖堂が近いので、私は一応<ミラージュ>を使わせていただきますね」

「わ、私も……<隠密>を発動して……」


 顔見知りに余計な目撃をされないように、イリスは認識阻害魔法を、メディナはスキルを使った。


「…………いや、マジで俺ひとりで歩いてるようにしか見えないんだけど。いるんだよな!?」

「ふぅっ」

「ひゃっ!? ……おいイリス、お前覚えてろよ……!」

「うふふふ……」


 耳元に突然息を吹きかけられ、心臓が跳ねる。声はするのに姿は見えない――<ミラージュ>は本当に視覚だけを惑わすらしい。一方のメディナに至っては、足音すら消えていた。……<隠密>、エグすぎるだろ。




「やっと着いた……」


 広すぎる都市を、南地区から北地区まで歩くのに一時間。


 辿り着いた『凪の霧亭』の扉を開けると、広々とした大広間が現れた。木の温もりに柔らかな照明、格式高さと居心地の良さを兼ね備えた空間は、まるで高級ホテルのようだ。


「いらっしゃいませ。ご宿泊でのご利用でしょうか?」

「ああ、『銀の刃』のグレンの紹介で来たんだ」

「シュウ様ですね。グレン様から伺っております。窮地を救ってくださったとか。彼のご紹介とあっては、こちらも特別な配慮をさせていただきます」


 スーツ姿のコンシェルジュが丁寧に一礼し、俺たちを部屋へ案内した。どうやらグレンが事前に話を通してくれていたらしい。俺は一人部屋、イリスとメディナは二人部屋に割り当てられることになった。


 さらに聞けば、この宿には男女別の大浴場まであるという。温泉ではなく普通のお湯だそうだが、それでも湯船に浸かれるだけでありがたい。


 部屋に荷物を置いたあと、俺たちは一階の食堂で温かい食事をとった。それから大浴場で体をゆっくりと癒やし、久方ぶりに全身の疲れを洗い流す。


 明日には、グレンたちから話の進展が届くだろう。だが今は、ただベッドに身を沈めるだけで良かった。ふかふかの羽毛に包まれ、長旅の疲れが一気に解けていく。


 こうして俺は、心地よい眠りに落ちていった。



 ◇◇◇



 もぞもぞ。

 寝返りを打つたびに、どこか暑苦しい感覚がまとわりついてくる。


 ここの掛け布団は村の安宿とは比べものにならないほどふかふかで包み込まれるような心地よさがある。だからこそ、今夜は思い切ってパンツ一枚で眠りについていた。


 いつもは寝間着代わりの肌着を着て寝ていたが、あまりにも寝床が快適すぎて、つい上半身は裸のまま横になってしまったのだ。


 ぐっすり眠っていたはずなのに――どうも様子がおかしい。寝苦しいわけではない。ただ、下半身が妙にむず痒くて、微妙に落ち着かない。


 意識はまだ靄の中にあり、できればこのまま夢の続きに沈んでいたかった。けれど、下の方から――水をかくような、ぬるりとした音が微かに聞こえてくる。それに合わせるように、くちゅくちゅと何かが蠢く感触。


 柔らかくて、温かくて。しかもふわりと甘い香りまで漂ってきた。


「ん、ん……」


 重たいまぶたをなんとか押し上げ、掛け布団の中をそっと覗き込む。


「…………こんばんは、シュウ様」


 視界の端に現れたのは、イリスの笑みだった。

 そして俺は気づく――自分がパンツすら履いていないことに。


「素敵な下着をお召しになっていましたが……脱がせてしまいました」

「うん……」


 ボクサーパンツのことらしい。

 彼女は淡々と告げる。だが、寝ぼけ眼の俺でも、その装いには思わず息を呑んだ。


「その、下着……」

「ふふっ。気に入りましたか? シュトラウデン商会で購入したものです。防御効果などは全くありませんが……シュウ様なら、きっとこういうのが好きかと思って」

「ああ……大好きだ」


 イリスの白い肌に映えるのは、ワインレッドの艶やかな下着。

 しかしただの下着ではない。ブラもショーツも、肝心な部分があえて布地で覆われておらず、そこには大きな穴がぱっくりと開いているという大胆な意匠。視線を否応なく誘う淫靡な一着だった。


「旅の疲れもあるでしょうから……どうかそのまま横になっていてください」

「お前だって疲れてるだろ?」

「……私は、日中ずっと我慢していたことのほうが、よほど疲れに繋がっております」


 イリスはゆっくりと俺の身体に這い上がり、その豊満な胸を俺の胸板へ押し当ててきた。弾力に富んだその感触は、触れ合うだけで夢と現実の境目を揺らすようで、思わず頭が痺れる。


「はい……どうぞ」

「あ、ぷっ……」


 柔らかさに押し付けられた瞬間、俺の唇に乳房が当てられ、その先端を自然と咥え込んでいた。

 大浴場で清められた彼女の肌はほんのりと温かく、石鹸のように澄んだ香りが鼻腔をくすぐる。


「ああんっ♡ あっ……あっ……シュウ様……素敵です……♡ ああんっ……♡」


 口元を少し動かすだけで、イリスの体は敏感に震え、甘やかな声を漏らす。満足げにとろける表情を見れば、彼女の欲求がどれほど募っていたかは明らかだった。


「これまでは……メディナ様と一緒でしたから。たまには一人で、お相手したかったのです」

「そういえば、そうだったな」


 確かに、イリスと交わる時はいつもメディナが隣にいた。三人で重なることが当たり前になっていたが、今夜は彼女の独占欲が勝ったのだろう。


「イリス……もう濡れてきてるぞ」

「あぅっ……」


 腹部に伝わる熱い感触。下着に布地がないせいで、彼女の体液が直接、俺の肌に落ちているらしい。


「仕方ないな……ゆっくり寝たかったんだが」

「おそらく、朝になればグレン様が迎えに来るでしょう……それまではご一緒に、ゆっくりと」

「ああ……なら、少しだけ、動いてみようか」


 俺は身を起こし、イリスをゆっくりと仰向けに倒す。

 下半身はすでに昂ぶりを隠せず、欲望は限界まで昂っていた。


「シュウ様……」

「イリス……お前は、本当にえっちな身体してるな」


 その恵体を見下ろしながら顔を近づけ、唇を重ねる。

 熱のこもった濃厚なキスが続き――やがて俺たちは肌と肌を重ね、深くとろけ合っていった。


 




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