第13話 逃亡者イリス
「――!? 私は、なにを…………?」
目を覚ました場所は、小窓から朝日が注がれている私の知らない部屋だった。
薬草の匂いがするこの部屋でずっと寝ていたらしい。
「ふむ、目覚めたか」
「あ…………」
古びた椅子に座っていたのは、白髪の老人。
修道服を着ている様子から、シスターだと見てとれる。
ならば私の正体も、聖衣や聖杖を見たのであれば、既に理解しているのかもしれない。
「イリス・カーネリア。聖女候補だろう?」
「は、はい……!」
自然と敬わなければいけない、そんなオーラを感じた。
それに、私と近しい何かを持っている、この不思議な感覚はなんなのだろう。
それを確かめようとスキルを発動――
「<鑑定>、使うのかい?」
「なっ……よく、おわかりに……」
「――聖女になれる条件の一つが<鑑定>スキルだからねぇ」
なぜ、そのことを……このご老人は、どこまで知って……。
ん、いや……あの胸元の十字架……昔どこかで見覚えが――
「――――まさかっ!」
「気付いたかい?」
「――あ、あなた様はまさか、先々代の聖女――ミゼット・ミレイスター様では……!!」
「ふんっ。随分と昔のことだ。あの頃の私はまだまだ若かったからね」
「あぁ…………!」
ミゼット・ミレイスター様。
彼女は先々代の聖女様であり、当時、それはそれはお綺麗だったという話だ。
大勢の民衆をお救いになったという話や、困難を幾度も乗り越え、巨悪を打ち倒してきたという伝説もある。
ただ、それはもう五十年以上も前のこと。図書館に置いてある古い書物を調べなければわからないほど昔のことだ。
そんなミゼット様を前に私は感動に震え、膝をついて彼女の手をとろうとした。
しかし、それはできなかった。
「へ――――」
施術台のような場所から降りると、なぜか足に力が入らず、そのまま倒れてしまったのだ。
「治療の後遺症みたいなものだろう。すぐに良くなるだろうが、今しばらくは体を休めていなさい」
「治療…………?」
瞬間、私の記憶がフラッシュバックし、直前までの出来事が一気に蘇る。
――街、地下、子供、性行為、部屋、大司教、帝国、魔族、人身売買、呪術、逃げる、追われる、馬車、森、発情……意識が…………。
「あぁっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
すべてを思い出した。
意識がある時のこと、すべてをだ。
「呪いにかかっていたといたとしても、ちゃんと意識はあったはずだ。ただ、体と感情をコントロールできなかっただけで」
「っ!?」
私は自分の服をめくりあげ、下腹部を確認した。
そこには刻まれているはずのものがなく、綺麗な私のお腹があった。
では、やはり……あの、夢のような恥ずかしい出来事は、紛れもない現実で……。
「〜〜〜〜〜〜〜っ」
私は自分の胸を両手で抑えた。
しかし、手が触れた瞬間、全身に電撃が走ったかのようにビクッと震え、再び私は崩れ落ちてしまった。
この感覚は、なに……?
――くにくにくにくにくに。
「誰が治療したかは覚えているかい?」
「灰髪の、少年……」
「名をシュウ・ミレイスターという。あやつがお前の『淫染呪』を完全解呪した者だ」
ああ、そうか。そうなのですね。
これも女神アルテミシア様のお導き。
――くにくにくにくにくに。
この地へ逃げてこられたのも、私が彼――シュウ様と出会うため。この胸の高鳴り、そしてあられもない姿の私を快楽へ導いたあの感覚と能力も本物で——。
ならば、やることは決まっている。
この地でくすぶっているのなら、私の使命は一つ。
まずはシュウ様と会わねば――
――くにくにくにくにくに。
「イリス――」
「はいっ! ミゼット様!」
「――そろそろ乳首をいじくるのはやめなさい」
くにっ…………。
私は、知らず知らずのうちに、聖衣の上から両手で自らの乳首をいじっていたらしい――。
◇◇◇
あれから一晩経った。
イリスはまだ目覚めていないようで、少しだけ心配だ。
面倒はババアに任せて、俺は早朝、ジジイと日課である剣術の稽古をしていた。
「——シュウ様! シュウ様ぁっ!」
「えっ」
上半身裸で稽古中、俺の名前を呼ぶ人物が猛スピードで走ってきた。
「まさか——完全に解けてなかったのか!?」
俺は慢心していたのかもしれない。
この<完全解呪>のスキルが全ての呪いを治せるものだと。
なぜなら、今目の前で走ってきている相手は、昨日の発情状態とは変わらないような表情をしていたのだから——
「えいっ」
「ぐへぇ!?」
持っていた木刀で、イリスの横っ腹を打ち抜いた。
簡単に崩れ落ちたイリスは、うめき声を上げながら地面にダウンした。
「あ〜〜わりい。まだ呪いが残ってるもんだと思ってて」
「い、いえ……こちらこそはしたないお姿を見せてしまって……私を治してくださった大恩人を見つけて、居ても立っても居られず……」
イリスの呪いはちゃんと解呪されていた。
現在は俺の家で、ジジイ・ババア・俺・イリスの四人で朝の食卓を囲んでいた。
イリスは森に入ってからは、食べ物を口にしていなかったらしく、かなり腹が空いていたとか。
そこで、一緒に食事をしながら何があったのかを聞くことになったのだが、イリスはご飯に手を付けず、じっと料理を見つめていた。
「……魔物のお肉!? あぁ、お野菜は……マンドラゴラぁ!? ……あ、こちらは普通の玉ねぎのようですが……」
目の前の食事に物申したいようだ。
「んだよ、飯に文句あんのか?」
「文句というより……なぜ、ここでは魔物の肉やお野菜を食べているのかと……」
「えーと…………は?」
意味のわからないことを言い出した。
「普通は食べません」
「っ! おいジジイ、ババア! どういうことだ!?」
だからその意味を知りたくて俺はジジイ共に聞いた。
「なんじゃうるさいのぉ。お前も知っての通り、外からの商人はたまーにしかこの村には来ない。故に自給自足が当たり前じゃ」
「確かに着てる服も毎日似たようなもんだし、嗜好品だって少ないとは思ったけどさぁ……」
「シュウ。お前もうまいうまいといつも言ってるじゃないか」
「そりゃババアの飯うまいし……」
「ははっ、ならそれでいいじゃないか。こっちはお前が美味しそうに食べてるから作り甲斐があるものだよ」
なんだかうまく言いくるめられたような気がするが、飯がうまいのは本当だ。
でも、今の話を聞く限りは、魔物の肉や野菜を食べるのは普通ではないらしい。
「そういうことだ、文句あるなら食うなよ聖女候補」
「ゴクリ……」
イリスは目の前のご飯を前に手が震えていた。
しかし、結局は作った本人がいる手前、食べない選択肢はなかったようで――
「っ!? ……………………おい、しい」
「だろ! ババアの飯は最高なんだよ! わっはっは!」
「ゴホ!? ……シュ、シュウ様! 食べている途中なのですから、背中を叩くのは……っ」
「あー、わりい、わりい」
背中を叩いた結果、イリスは口からご飯を戻しかけ、咳き込んだのだった。
「んで、話、聞かせてもらうぞ」
「はい——」
食事が進む中、本題に入る。
なぜイリスは呪いをかけられていて、この村にやってきたのかを。
「私は聖女候補という立場の人間です。しかし見習いであり、まだまだ聖女になるべき実績や人間力が低いのです。それは現聖女であるハラマリア様から、何度も指摘されていることで——」
ハラマリア? それ名前なの?
……なんつーか、何かを孕みそうな名前だけど。
「ですからハラマリア様のご指示で、今は国中の教会を周り、人助けをしながら、教会のお仕事の手伝いをしている途中でした」
「ふーん。確かに知らない世界を見て、学ぶのは悪くなさそうなことだよな」
世界一周して価値観が変わったっていう人もいるくらいだしな。
俺はうんうんと頷く。
「しかし、四大都市の一つである冒険都市ハレスに立ち寄った時のことです。夜、一人で外を歩いていたところ、小さな女の子が遅い時間にも関わらず、怪しげな大人の男性に手を引かれ、どこかへと連れて行かれたのです」
なにやら話がヤバい方に向かってきた。
夜遅くに子供が歩いているのは、この世界でもおかしいらしい。
「私は人目を忍んでその背を追いました。やがて階段を下り、さらに奥深くへと潜っていくうちに、辿り着いた先で——想像を絶する光景が目の前に広がっていたのです」
そこからイリスは、その時目にした光景から、やがて自らが逃げ出すに至るまでの一部始終を、余すことなく語ってくれた――。
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