19 ぼくは人質

 リックさんの目的はおそらく『聖杯グラール』というやつだろう。

 さっきの会話を聞いたかぎり、お父さんが隠したものらしい。

 そして今、リックさんは手がかりを手に入れた。

 ナポレオンのネームプレートだ。『3』とか言っていたけど、どういうヒントなんだろう。

 ぼくは、自分の手のひらにある『RYOMA』のネームプレートを見る。

 指でつまんで、裏返す。――あった、ここにも『3』の数字。

 『3』が、『聖杯グラール』の隠し場所に関係があるのかな。


「えーと。いったいなにをなさって?」

「タカがいたのよ。視えなかったの?」

「素晴らしいナイフさばきでしたな。さすがブレイバル・サーカス団長」


 NXワークスの社員は、それぞれの感想を言いあった。

 どうやら幽霊が視えないのは、若い社員だけらしい。

 女の社員と中年の社員は、目の前でサーカスの技を見せられ、興奮しているようだ。


「誇りに思うよ。何年もみがいた技だからね」


 リックさんは胸に手を当てる。目には強い光が宿る。仕事への自信のあらわれだ。

 納得いかない。「誇り」なんて。

 サーカスの技で、ナポレオンを傷つけたんだ。

 サーカスは楽しませるものじゃないのか。


「見物料。払ってくれるとうれしいなあ」

「『聖杯グラール』を見つけてくれましたら、報酬ははずんでおきましょうぞ」


 リックさんの要求に対し、中年の社員は笑みを浮かべる。

 底の知れない深い笑みだ。『聖杯グラール』を狙っているのは、どちらかといえば、この人かも。

 もしかしたら、リックさんは雇われて探しているだけか。


「カギはひとつ見つけたよ。アーサーを探そうと思っていたけど、ターゲットを変えようかなあー。動物たちに」

「みんな逃げろ!」


 ぼくが叫ぼうとする前に、横から影が飛び出した。

 小さな影だ。鬼の面と白装束。手にはムチ。

 あれは、お父さんの幽霊だ。手のひらサイズ。

 リックさんに向かって、大きく跳ねた。

 ムチを振るう。

 パシッ!

 リックさんが捕まえた。シャドーボクシングのような早業。

 見えなかった。あまりにも自然な動作だった。

 まるで蚊でも捕まえるように、お父さんは手のひらに飲まれてしまった。


「やあ、アーサー。久しぶりだねえー」

「グルルッ!」


 藤棚の方角から、ライオンが向かってきた。

 リチャードだ。走る姿ははじめて見る。いつも動かないリチャードが、このときになって腰を上げた。

 たてがみがゆれる。突進する。

 NXワークスの女性社員が、ライオンを視て後ろに下がる。

 中年の社員も驚いていた。若い社員だけが、ぼーっとしていた。


「え? なに?」

「ライオンよ!」

「そんなのどこにもいないですよ。みなさん疲れてるんじゃないですか?」


 ところが若い社員の近くに、突風が吹き抜けた。

 またもや帽子が飛ばされた。

 今度も霊のしわざではあるけど、リチャードが走っているだけだ。

 ビュン。風のような体当たり。リックさんは紙一重で避けた。


「リチャードかい。見ないうちに、動きが鈍ったねえ」


 ナイフを取り出す。また攻撃をするつもりだ。

 ナポレオンのように。そうはさせない。


「ええい!」


 物陰からダッシュした。


「よせっ!」

「坂森!」


 巻田さんと糸屋くんが叫ぶ声。呼び止めようとするけど、お父さんもリチャードもピンチなんだ。

 助けなきゃ。


「おろか者が! 余計なことを!」

「それでもぼくは助けるよ!」


 お父さんに拒絶されたって、黙ってるわけにはいかないよ!

 ナイフを奪って、止めるんだ!

 リックさんはぼくの急接近に、不意をつかれて固まった。

 チャンス! 腕を大きく伸ばす。

 ところがリックさんは体をひねって、ぼくの視界から消えていった。


「いやあ、あぶない。スリリングだよ」


 首にナイフを当てられる。背後にいた。失敗だ。


「なかなかいい動きしているよ。さすがアーサー・ナガイの息子。でも、キミはなにも知らない。ワタシたちがどれほど苦労したか」


 左手に、力をこめる。小さな幽霊が苦しみだす。

 ぼくのお父さん。助けようと思ったのに、人質が増えてしまっただけ。

 これではリチャードも身動きできない。

 情けないな。お父さんの言ったとおり「余計」だった。どうすれば……。

 お父さんの体が薄れていく。


「おっと、逃げるのはナンセンスさ。それとも子どもを置いていくのは、アーサーの得意技かなあ?」

「……っ、俺は……」


 お父さんは濃度は戻す。幽霊は存在を薄めれば、物質さえもすり抜けられる。

 つかまえられても逃げることはできたのに、ぼくのせいで引き止められた。

 首筋には、ナイフがあるから。

 リックさんは勝ちを確信している。中年の社員は笑っている。

 女性の社員だけ表情が暗く、ためらっているように見えた。


「『聖杯グラール』はどこだ! さあ、吐け!」

「……ふん、言えんな。あれは決して渡してはならん!」

「言えないのか? だったら息子を始末して、動物霊をとらえるまでだ!」


 お父さんがしゃべらなくても、別の方法が残されている。

 ネームプレートを集めること。

 ぼくはポケットをにぎりしめる。


「うりゃああっ!」


 この声は、巻田さん。

 リックさんのナイフが落ちていった。


「ぐうっ……」


 腕をおさえている。

 剛速球が当たったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る