第15話 セクハラ冤罪なんですが

 どうでもいいけど、もうこの胸の大きいヤンデレは放っておこう。茉莉野さんと安推さんの方へ話を振る。

「二人もだよ。まずは俺の言ったことをそのまま復唱して欲しい」

「えー……? でも、それだとホントに効果があるか不安なんですけど? 大丈夫なの? そんなことやってるだけって」

 疑ってくる茉莉野さんに対し、俺は自信をもって頷く。

「ちゃんと効果はあるはずだから。よく言うだろ? 上手くなりたければ、まず真似から入れ、ってさ」

「それは芸術とかスポーツの話だと思う……」

 安推さんもボソッと反論してきた。違う。違うんだよ、と手を横に振る俺。

「俺たちのやろうとしてること。脱ヤンデレはな、もはや芸術とかスポーツと同じ次元の話なんだ」

「なーに言ってんだか。芸術とかスポーツと同じって、さすがに奈束、それはカッコつけ過ぎだねー」

 カッコつけ過ぎなんかじゃない。

 茉莉野さんの意見を否定しながら、俺は熱く拳を握って語らせていただく。

「いいか、よく考えてみてくれ? 芸術も、スポーツも、いい結果を出そうと思えば努力しなければいけない。それは、辛く苦しいことなんだ。結果を出すためには歯を食いしばるような努力が必要になってくる」

「まあ、それはそうだろうけどさ」

 頭の後ろで手を組み、お気楽に軽い口調で反応してくれる茉莉野さんと、きちっと正しい姿勢で椅子に腰掛け、行儀よく俺のことを見つめてくれている安推さん。そして――

「奈束君ひどい奈束君ひどい奈束君ひどい奈束君ひどい奈束君ひどい奈束君ひどい奈束君ひどい奈束君――」

 ……なんて風に、ジト目で呪詛を唱えながら、俺をその瞳で刺してきているヤンデレおっぱいさん……ではなく、幸野さん。

 それぞれだが、三者三様に一応俺の喋ることを聞いてくれている(ということにする)。

 なので、俺はそれを確認し、続けて持論を展開した。ここからが大事なのだ。

「その苦しい努力は、脱ヤンデレにも必要なことだと思う。結果の出ない期間でも、こらえながら頑張らないといけないんだ」

「……なんかスポ根ものみたいになってきてる……」

 ボソッと呟く安推さん。

 それに対し、茉莉野さんはコソコソ耳打ちするように、

「ね。なんか暑苦しい方向へ行っちゃってるよね」

 なんてことをお気楽に囁いていた。

 まあ、確かに暑苦しいし、スポ根ものっぽい。

 でも、これはこれで本当に大切なことなのだ。

 俺は教壇から下りて移動し、三人の近くで立ち止まる。

 そして、ため息交じりに口を開いて続けた。

「三人とも、マジでよく聞いて?」

「聞いてますよー。アタシたち、チョー真剣」

 間髪入れずに茉莉野さんが返してくれるが、その語調はふにゃふにゃしていてやる気の感じられないものだ。俺の出した作戦にうんざりしている感じがすごい。

「現実は、行動した人にしか変えられない。これじゃダメ、アレじゃダメって言いながら何もしなかったら、何一つ変わらないままなんだ」

「そんなのわかってるよ。並河も早く気付かないかな。逃げ回ってるだけじゃアタシの好意を振り払うことなんてできない、って」

 ハイライトの消えた目をしながらニヤつく茉莉野さん。

怖過ぎる。地獄の底まで並河君のこと追いかけてそうこのヤンデレギャル。

「ま、まあ、そういうことだから、とにかく今は三人とも俺の言うことを素直に聞いてセリフの復唱をしましょう。ちゃんと仮恋人してくれるって約束したよな? 大丈夫だろ?」

「でも、セリフの復唱ってバカにされてるみたい……。そんなの香川君を前にしたら全部意味無くなりそうだし……」

 安推さんがか細い声でズバッと言い切ってくれる。

 茉莉野さんも幸野さんも、それを聞いてうんうん頷いていた。マジそれな、と俺にジト目を向けてくる。

 俺は「いやいや」と手を横に振りながらそれに対抗する形だ。

「別にそれだけで各々好きな人の元へ向かってもらおうと思ってるわけじゃないからな? セリフ復唱はあくまでも練習段階の話。こういう話し方、セリフ選びができないと話になりませんよね、だからとりあえずいったんここから練習しときましょうってことなんだよ」

 というか、セリフ復唱くらいでこんなやり取りしたくないんだが……。

 もっと色々やっていかないといけないことはあるし、こんなことに時間を使ってる場合じゃない。

「だとしても、もっと身になってるなぁ、ためになってるなぁ、とか。そういうのを感じられる練習をしていきたいんですよ、私たちは! わかりますか、奈束君!?」

「一足飛びに成長できることを、って話でしょ幸野さん? わかりますよ。わかりますけど、そういう美味い話は無いって俺言わなかったっけ?」

「言ってないです! 奈束君が口にするのは、いつも私に対する性的な発言のみです! おっぱい大きくていやらしいね、とか!」

「うん。どうでもいいけど、あなたは早く耳の病院と頭の病院にでも行ってください。俺そんなこと一ミリも言ってませんからね? セクハラ冤罪ですよ、セクハラ冤罪」

 確かにおっぱいは大きいけどね。あと、いやらしい。

 でも、それは思うだけで口にしてない。断じて。

「けど奈束? 愛陽の妄言は一部置いとくとして、ちゃんと成長感じられる練習をしたいっていうのはアタシと理宇も同じだよ?」

「成長感じられない? セリフ復唱は」

 問いかけると、茉莉野さんは頷き、少し遅れてから安推さんも頷いた。

 幸野は俺の足元に縋りついてきながら何か色々言ってるけど、無視する方向。

机に肘を突いて、気だるげに言ってくる茉莉野さんの言葉に耳を傾ける。

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