第7話 自己紹介
「……それじゃあ、順番に簡単な自己紹介と、現在の恋の状況について詳しく教えてください」
昼休みから時間が経ち、放課後の空き教室。
嫌々ではあるが、俺はさっそく与えられた任務をこなすために動き出す。
問題のヤンデレ三人を横並びで椅子に座らせ、教壇に立ちながら向かい合う形で聞き込みを始めた。
「それなら、私から」
最初に手を挙げたのは、一番左側にいた幸野さんだ。座っていてもその上品さは隠し切れない。平岡君が絡まなければただの黒髪清楚な美少女。
この雰囲気をキープしているだけで想い人も簡単に自分のモノにできる気がするのだが、それができないから彼女は今悩んでいるわけだ。世の中上手くいかない。
「名前は、
「ちょっと待って幸野さん。その呼び方やめてって言ったよね? 俺のことは普通に『奈束』って苗字で呼んで? お願いだから」
さすがにここは注意する。
たばニャン呼びが定着して、ところ構わずその名前で呼ばれたら、俺は本当に社会的に死んでしまうので。
「別にたばニャンでもよくない? アタシたちからすればなんかそっちの方がしっくりくるし」
横からよくわからないことを言ってくる茉莉野さんだが、速攻で否定させてもらった。
「ダメ。絶対にダメ。たばニャン呼びは俺を殺すのと同義だと思ってくれ。許されない行為なんだ」
「え~? そこまで~?」
「そこまで。ほら、今まだ茉莉野さんのターンじゃないから。幸野さんが喋ってる途中だっただろ? 黙って黙って」
俺が手をひらひらさせて言うと、茉莉野さんは頬を膨らませて「むーっ」とわざとらしい不満顔。
彼女の隣に座っていた安推さんは苦笑いだ。ちょっとは大人しくしてくれている彼女を見習って欲しい。
「じゃあ、ごめん幸野さん。話の途中だったけど、今の恋の状況をなるべく詳しく教えてくれる? あと、隠し事も無しでお願いします」
改めて話を振ると、幸野さんはどこか恥ずかしそうにしながら頷く。頬が若干朱に染まっていた。
「……あの……ひ、平岡君のことが好きです。平岡……
「うん。平岡君ね。具体的に彼のどんなところが好き?」
「具体的に……ですか。え、ええっと……それを話し始めるとかなり長くなりそうなのですが……いいですか?」
前髪を何度も触りながら幸野さんが問いかけてくる。
詳しく教えてくれ、と言った手前ダメとも言えない。俺は頷き、彼女の平岡君トークを許可した。
今思えば、これが失敗だったのかもしれない。
彼女は瞳に危ない光を灯らせ、嬉々として喋り出した。
「まず、私は平岡君という存在の核――つまり、彼の心臓が好きなんです」
いきなりエンジン全開である。
さっそく訳のわからないことを言い始めましたよ、この人。
「もちろん、平岡君の容姿も、性格も、何もかも好きですよ? 好きなのですが……彼が元気に活動しているところを見ていると、その中心の心臓がトクン、トクンと動いているのだろうな、と想像できて、愛おしくてたまらなくなるんです。……クフフッ♡」
怖過ぎてゾクッとした。
クフフッ、じゃない。本当に早く逃げて平岡君。
「ですので、私の将来の夢は平岡君のお嫁さんになり、彼より長く生きたうえで、彼の心臓をホルマリン漬けにしてそれを毎日眺めることなんです」
「アッハイ」
「たばニャ……奈束君も素晴らしいとは思いませんか? 好きな人の心臓を眺め続ける毎日。今から想像しただけでもう……ふっ、フフッ♡ クフフフハハハハハッ♡ た、たまりません……♡」
「……うん。とりあえず口元の涎拭いてね? 現実にも帰ってこよう?」
俺が言うと、幸野さんは恍惚の表情から一転。
焦りながら口元の涎を自分のハンカチで拭いていた。ごめんなさい、と上目遣いで申し訳なさそうに謝ってもくる。
可愛い………………じゃなくて、謝れるのはいいことだ。俺のこと、たばニャンじゃなくて途中で奈束って言い直してくれたのもグッド。
ただ、褒められる点はそれだけ。思考が完全にマッドサイエンティストの狂愛者。思わずぐらっとくるような可愛さをしていても、立派な犯罪者予備軍である。ほんとこれ、どうやって更生させるの……? わからなさ過ぎて頭を抱えたくなった。
「……まあいいや。平岡君への想いはわかったけど、実際に今の彼との関係についてはどんな感じ? 恐怖のあまり逃げられてる、ってのは知ってるけどさ」
作業的に話を進めないと頭がおかしくなりそうってことで質問していくけど、俺の問いかけに対し、なぜか幸野さんは意味ありげな視線をくれた。
小悪魔っぽく俺をからかうような、ちょっとイラッとさせてくれる目だ。ちっちっ、と突き出した綺麗な人差し指を横に振っている。
「違いますよ、奈束君。平岡君は私に恐怖心を抱いているのではありません。あれは、単に恥ずかしがっているだけなのですっ」
…………?
俺の中で疑問符が浮かび、時が止まる。
……が、同属性のヤンデレ二人――茉莉野さんと安推さんは大きく頷いて、なぜか納得していた。
「わかりみが深い。ちょーわかる。平岡、あれ絶対照れ隠しだよ。愛陽の言う通り」
「うんうん。拙者もちゃんと見てた。平岡君は愛陽ちゃんの大きなお胸に釘付けだった。その後逃げたのも、胸を見ていたことを誤魔化すためだと思う……!」
意見に賛同してくれる二人を見て、幸野さんは目を輝かせていたが、俺はその話にツッコませてもらうために手を挙げる。
……けど、三人とも俺のことはまるで無視。
代わりに、ゴゴゴ、と茉莉野さんと安推さんから負のオーラが湧き始め、
「でも、並河も一緒になって愛陽の胸に釘付けになってたのは……ねぇ?」
「だね。そこは……香川君にも注意が必要だなって思った……。骨の髄まで響くような注意をしないと……しないと……シナイト……」
「オーケー、待った。二人とも落ち着いて。ステイ。お願いですからその恐ろしいオーラを引っ込めてください。お願いします」
つい敬語になってしまうが、必死な俺とは対照的に、幸野さんは自らの胸を抱くようにしてため息をつき、
「罪な体です。意図せずとも二人の想い人まで魅了してしまうなんて」
……とか、何とも平和なことをおっしゃっていた。
あまりにも煽りの才能があり過ぎる。
彼女のせいで、茉莉野さんと安推さんの病みオーラはますます強大になってしまっている。いい加減火消し役が誰なのかお察し願いたい。
「ねえ、奈束! もう次、アタシが自己紹介してっていい? 愛陽のターンはおしまい! アタシ行きます!」
「ちょ、ちょっと待って。最後に幸野さんに言いたいことがあるから」
「何⁉ 俺にもノーブラおっぱいもう一度見せてくれ、とか⁉」
「ち、違うが⁉ 断じて違うが⁉」
「このおっぱい星人! 男子なんて皆おっぱい星人だよ! ほんと、その腐った根性叩き直してあげないといけない!」
「そう言いながらカッター取り出すのやめて⁉ 叩き直す前に死ぬから! 切り殺されちゃうから!」
モグラ叩きをやっているような気分だった。
一つを抑えたと思えば、もう一つのところを急いで抑えないといけない。
茉莉野さんへ必死に訴える俺だけど、チラッと安推さんの方を見やれば、彼女は彼女で自らの胸を見つめて涙目になっていた。
辛い。あまりにも辛過ぎる。これは三木川先生と同じ流れだ。
たとえ貧しい胸だとしても、女の子の魅力はそれだけじゃないし、もっと他に見るべきところはたくさんあるし、安推さんは病み要素を出さなければとても可愛い(三木川先生と違って)。
それを全力で教えてあげたいけど、思いのすべてを打ち明ければセクハラになりかねない。悔しいが、慰めてあげられずに俺はただ安推さんへ元気を出すようジェスチャーだけを送った。送ったら、すぐにまた茉莉野さんの暴走を抑える。その連続だ。
「それで、奈束君? 私へ最後に言いたいこと、とは何でしょう? 平岡君との恋は上手くいくよ、という励ましのお言葉ですか?」
「いやあ~、そのポジティブさだけは本当に俺も見習いたいくらいだね。残念ながら逆です。今のままだと絶対にあなたの恋は成就しません」
なんて俺が言った瞬間、幸野さんの目は急速にバイオレンスなモノに変わった。恐ろしいが、これでビビってなんていられない。
俺は声を震わせつつ続けた。
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