30_北の森にて
翌朝、準備を早々に済ませた私は、先生やマリさんと共に北の森へと向かっていた。
「随分と深い森ですね……こんな景色、初めて見た」
「そうねぇ……元の世界はほとんど開発されきって、自然ってあまり見かけないものね」
「そうなんですか……師匠達のいた世界も見てみたい……なんて、冗談ですよ」
私たちはこの森に対して、三者三様の言葉を並べる。しかし、森に入って以来、どこか変な、言葉にできないような感覚がずっとある。
そのことを考えすぎてか、どこか遠い目をしていたのに気付かれて、先生に声をかけられる。
「ルナ……本当に大丈夫? 貴女がここで倒れられても困るのだけど」
「……大丈夫です。それよりも、多分、この奥のどこか……そんな気がします。何か出てくるかも知れないけど」
「何かって……魔獣とか?」
「それは……分からないし、感覚だけだから、気にしなくてもいいかも」
森の中を分かる限り真っ直ぐ、北の方向へと、周囲を探索しながら進む。
だが、野生の動物には遭遇こそすれど、熊のような猛獣や、魔獣の類は出てこなかった。
私の感覚が杞憂だと思った、それで良かったと思う。
だが、それとは別に、私の中で少しずつではあったが、何かに反応しているかのように鼓動が早まる。
レイが、近くにいるのだろうか?
進めば進むほど、顔色が悪くなっていっているだろう私を案じてか、先生はとある提案をする。
「ちょっと休憩、しましょうか。なんかルナも顔色悪くなってるし、ね?」
「大丈夫ですよ、まだ……」
「ルナの大丈夫ほど、参考にならないものなんてないわよ。昔も、そう言って無理して、他の子に散々迷惑かけて、結局怒られてたでしょ?」
そう言われて、何も言い返せなくなる。自分を過信しすぎた挙げ句、反動で数日寝込むならまだしも、裏に引きこもることもよくあったことだ。
「っ! 誰か、来ます!」
マリさんが唐突に叫ぶ。私たちは身構えることすらろくにできないまま、一閃、紫色の雷が私たちの間を通り過ぎていく。
「……あの色、マリはどこかで見たことある?」
「いえ、雷属性自体はそこまで珍しくないのですが、帝国の中では一握りの人間しか操れませんし、紫色は、そもそも帝国にはいませんから……もしかして、あれが!?」
「……多分、あれが、レイなんじゃないかな」
レイという言葉を聞いて、急に気分が悪くなり、膝から崩れ落ちそうになる。まるで、私に立ち去れとでも言わんばかりに。
「ルナ、本当に大丈夫か? 無理なら、一度戻った方がいい」
「はい……明日には、治ると思いますから」
先生に肩を借りて、三人で来た道を戻っていく。明日は必ず見つけると心の中で誓いながら。
******
私たちが北の森から戻るとカゲト達と合流し、顛末を伝える。すると、やはりと言った様子でカゲトは話し始める。
「そうか……紫色の電光、か。やはり、ルナやリカと同じ、『特殊事例』ということのようだな。
……となれば、この件も、正式に俺の預かるところになるだろうな」
「閣下、桐都に戻り次第、今回の件は陛下へと報告されるでしょうが、その際、お二人も同行させた方が良いと拝察致します」
カゲトの言葉に、生真面目そうに中尉さんが助言するが、カゲトは、それに頷く事はなかった。
恐らく、私や先生、それに今回の少女――多分レイなんだろう――を、無理に皇帝陛下と引き合わせたくないのだろう。
それはそれとして、私としても分かったことがある。
小坂瑠奈……つまり私の中に居た、もう一人の人格である、いや一人の人格であった、レイ。
恐らく、その顔も私と瓜二つなのだろう。そして、その瓜二つの顔が、別の問題を引き起こしているのだろうと感じていた。
ドッペルゲンガー、とでも言うのだろうか。
昔、どこかでそんな話を聞いた事があった。
曰く、一度でも見れば死が想起される。
曰く、複数回見てしまえば、見た人は必ずどこかで不慮の死を遂げるのだという。
ただし、これは実像を持たない、影が起こすもの。
しかし、実際に今日、あの森のあの場所で、私に起こった現象は、次を考えずにはいられなかった。
「……ルナ、ルナ! もう、ぼーっとしてないで。疲れたんでしょ? 今日はもう寝なさい」
先生に肩を叩かれ、ようやく現実に引き戻される。
三人は打ち合わせのために、別の部屋に移っていて、ここには私と先生だけになっていた。
「……あ、あの」
「どうしたの?」
「明日、もし、私がレイと会って、その結果、何かが起きたとしても、絶対に止めないで下さい。これは、私の問題……私たち二人の問題、なので」
「……? どういうことよ」
急に言われたからか、先生は呆けた顔をしていた。
******
翌朝、私たちは再び北の森へと来ていた。
「……今日は大丈夫そうね」
「流石に、昨日の……あのときよりはマシ、ですね。ただ……多分、レイがいるからか、少し、気分が重いですけど」
「それは……仕方ないのかもしれません。ですが、無理でなければ、昨日の場所まで一回行ってみましょうか」
マリさんの指示に従って、森を、昨日と同じように、ただひたすら進む。
昨日は立ち止まってしまった場所に着いても、昨日のようなことにはならなかったため、問題ないと判断し、私たちは更に森の奥深くへと向かう。
森の奥へと向かっていくと、光が見える。見えた方向へ行くと、開けた平野が見えてきた。
「随分と奥まで来たね……マリ、カゲト達に、一回連絡しに行ってくれ。森の奥の方まで来たけど、こっちにはいなさそうだって」
そう先生が言った瞬間、昨日、森の中で見たものと全く同じ、紫色の稲妻が私たちの横を走る。
まるで、「俺はここにいる」と言わんばかりに。
その稲光に導かれたかのように、私は自然と駆けだしていた。
やがて、森を抜けた先にあった平原へと辿り着く。そこには、金髪の少女が、待ち侘びたように立ち尽くしていた。
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