22_ひとときの休息、そして成果
実践授業に参加し始めると同時に、他の授業の聴講をやめて魔術理論を先生から頭に叩き込むようにと念を押された私は、ひたすらその理解に努めていた。
正直難しいところもあったが、どうにか睡眠時間を削ってまでやっていた。
その結果なのか、比較的自由に展開を維持できるようになっていたが、先生からはまだまだと評されていた。
そして、私たち実践授業の参加者には最終課題として、それぞれの属性の基礎展開魔術を三時間展開し続けるというものを与えられていた。
「
一度展開すれば二十分ほどの間は持つようにもなっていたが、それを過ぎると何度やっていても消えてしまっていた。
先生曰く、『三時間の継続展開で一時間前後、五時間でようやく二時間、まともに戦える。対魔術師を想定すれば、だけど。それほど魔術戦は魔力の維持が難しい』ということだった。
それは、魔術科の軍人を絶望させるには十分すぎると彼らの表情から分かった上、一部の魔術学院生も狼狽している様子だった。
だが、私はあまり驚かなかった。何故、と聞かれたら、分からないと答えるしかない。
元々魔術などが存在していない世界で二十年以上生きてきた私には、彼らが思うような理由は分からなかった。それがハンデキャップどころかアドバンテージたり得るところなのだろうか。
この件に関して、既に理由が分かっているであろう先生に話を聞けば、返ってきたのは意外な言葉だった。
「そんなもの、ハンデでも、アドバンテージでもないわよ。そもそも魔力を持っているだけでもエリートたり得るのよ。
世界の人口の五%もない魔力人口のなかで、差は基本的にはありえない、かな。
でも、彼らがああいう狼狽をするのは、まだやらなければならないことが沢山あるという、ある意味絶望感があるのかもね」
「……そうなんですか。私は、まだ三十分も持たせたことがないのに」
「それはあたしの言葉を信じすぎて、ずっと根を詰めているからじゃない?
休息が十分じゃない状態でずっと展開の練習とか、魔術理論の解読とかずっとやっているのは、身体にも悪いわよ。
それに、魔力が常にガス欠に近いままやっても、一生持続なんかしないわよ」
「……取ってるよ、休息は。でも、彼らより数段遅れているから、やらなきゃって……」
「で、どんどん小さいままで長く続かないんでしょ?
そりゃそうよ。それは休息を碌に取れてないからそうなるのよ。
休息って言ったって、どうせあたしのノートとか自分のノートとか、魔術の教本とか読んでるんでしょ?
それじゃ……完全な休息にならないわよ」
「じゃあ、どうやって……」
「明日は久々に休みだし、貴女も一日、寝たら?」
「え」
「え、じゃないわよ。昔ほど健忘とかもないみたいだし。忘れてたら後で復習すれば良いだけだし、ね? ちゃんと休みましょ」
夜も更けてきていたからか、そのまま寝室へと押し込まれ、先生が戻るときには同時に私が先生から借りていたもののほとんどが教官室へと持ち去られていた。
身につけるためにと、考えすぎていたのかな……そう思っていた。
******
久々に休みとなった日。この日は、この世界に来て初めて雨が降った日だった。
そのせいなのかは分からないが、私は鬱々としていた。昔よりは随分とましな方だったが、ひたすら自己嫌悪になっていた。
「良かったわね。生憎の雨で。
今日は昨日も言ったけど……一日ゆっくり過ごすこと。
貴女にしては珍しく真面目に集中してたから、何もできないのは嫌に思うかも知れないけど……大丈夫かい?」
「……珍しくってほどじゃないですけど。久々に……十数年ぶりに、頭の中が騒がしくないこともあると思う。
……まあ、集中できていたかは、わからないけど」
「もしかして、あたしと一緒に居れること、そんなに嬉しい?」
「それは……そう、です、ね」
急に聞かれて、少し小っ恥ずかしくなってしまう。
「……そう。もし、ずっと何もしないのが無理なら、少しだけ、別棟のどこかまで、とか決めて歩いてみてみると良いと思うよ」
そう言われて、少し寝転がって考える。
ずっと誰かに促されるままに動いてきた二十余年。自分から動くことによって、どう変わるか、少し感じてみたくなった、かもしれない。
今日くらいは、ゆっくりと過ごしてみるのかも良いのかもしれないと思った。
******
休みを取ったことが幸いしたのか、その翌日に今までと同じような展開を行ったところ、展開した火球の姿は、大きく変わっていた。
そして、その持続時間も、様変わりしていた。
「……お疲れ様。これで三時間……ルナの場合、これでも継戦能力としては、一時間あるか分からないけど、とりあえず一歩前進ね」
藍色に輝く狐の姿に似た四つの火球が、淀みなく輝き続けること三時間。
私から見ても、大きく前進した瞬間だった。これを見て、先生は笑っていた。
「はは……やっぱり、ルナは凄い。あたしよりも、もっと」
何かを呟いていたが、それがどういうことなのかはよく分かっていなかった。
「そろそろ、実戦かな……半分以上は三時間耐久も、みんなできてたし」
「実戦って……どこかに使ってみるんですか、魔術を」
「そりゃ、ねえ。使ってみなきゃ、それが使い物にならないわよ。あたしが今回教えている理由は、それだもの」
最終授業まであと三日。先生が不敵に微笑んだ姿は、悪魔のようにも見えた。
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