2_閣下

 軍医の男との話が丁度終わる頃、それまでざわめきのあった陣地が急に静まっていく。

 軍医も出迎えのためにと慌ただしく出ていく。案内をしているのだろうか、自分のいる陣幕の外から、何人かが話している声が聞こえてくる。

 すると、天幕によって多少の暗がりとなっていたこの場所に一条の光が差し、軍医に加えて黒い和装のような姿をした男と、それに付き従う深緑の軍服らしきものを纏った女性の姿が見えた。

「医術大尉、この娘か」

「はい……閣下がお見えになるまでに彼女と話した内容は、こちらになります」


 彼はそれまで取っていたメモを、上官と思しきその男に差し出す。何かしらのメモも取っていたことは、話していたときから見えてはいたが、何が記録されているのだろうか。

「そうか……ありがとう。俺も彼女と少し話をしたい。戻っても良いぞ。

 ――ところで、彼女の身体面はどうだ?」

「特に気になる外傷は見られませんので、問題は無いかと思われます。

 ……多少の静養は必要でしょうが」

 和装の男は、軍医の話に対して了解した、と一言放つと、軍医の方も何かを察してか、すぐに必要なものを持って天幕の外へと出て行ってしまった。


「貴様、名を何という?」

 話しかけてきた男の高圧的に感じる言葉に、若干の苛立ちを覚えるが、あくまで、冷静に返す。

「……ルナ、です。それが私の名前。……あなたは、誰?」


「俺か? 俺は龍朱帝国陸軍の大将にして、この師団を預かっている……者である、竜里たつさと景直かげなおである。

 ……無理に堅苦しく呼ぶことはない。君はカゲトと呼んでくれでいい」

 どうやら、彼はこの隊の指揮官であったみたいだ。だが、若干まごついたように見えたのはどうしてなのだろうか?

 その傍らに立つ副官らしき女性は何かぶつぶつと言っているように見えるが、小声であるためその内容はあまり分からない。

 今、それを気にしたとしても意味が無いと感じた。

「マリ、お前も自己紹介を」

 カゲトに促されて、マリと呼ばれた女性が前に出てくる。


「……すみません。少し考え事をしていました。私はMariマリIstwaleイシュトヴァーレ

 カゲト様……竜里大将閣下の副官たる、帝国の陸軍少佐であります」

 やはり、彼女も軍人らしい。隣の大男と違い、丁寧に頭を下げる。大方、先ほどの独り言も、彼に普段から振り回されていることへの不満もあったのだろうか。

 ……色々と気にかかることはあるが、それは口にしないでおく。


 自分のことを一つずつ、ゆっくりと思い出そうとしていると、カゲトは軍医と同じようなことを聞いてくる。

「それで、貴様に一つ問いたい。なぜ、この場所で倒れていた?」

「気がついたら倒れていた……それじゃダメでしょうか?」

「……難しいところだな。メモを確認したが、嘘はついていなさそうだ。が……」

「カゲト様、この方……多分ですけど、“師匠”になんとなく似ています。

 ……もしかしたら、同じ流れかもしれない……私はそう思います」

「……やはり、マリもそうか。そう見えるか。

 ……久々に連絡してみるか」

 私のことについて、彼らの間には、何かしらの共通認識が形成されていた。

「……あなた方が何を言っているかは分からない。だけど、先程の軍医さんにも話したけど、ここが一体どこなのか、私は全く知らない、分からない。

 ……ねえ、ここはどこなの?」


 部下からは閣下とも呼ばれている、この軍隊を掌握している目の前の男も、この私の質問には黙ってしまう。

 彼の傍らにいる女性もまた、私の質問には答えられずにいたが、一瞬の呆然から立ち戻ったカゲトの表情は、何かを察しているかのようだった。

「……君がした質問は、前にも聞いたことがある。

 そうか……君が“二例目”となる、のか。君は、どこから来たのかは、分かるか?」

 どこから来たか。そう聞かれて少し考えるが、何故かもやのかかったように記憶が途切れる。どうしてなのだろうか。

「……わからない、です。けど、この世界ではない、と、思い、ます」


 余りにもぎこちない返答になってしまい、相手の顔を伺えば、目の前の男が睨んでいるように見えてしまう。

「こうなった時点で、ある程度は想定していたが……恐らく、そうなのだろう」

「ところで、“二例目”って何?

 ……マリさんの言っていた、師匠ってのも気になるけど」

 何気なく気になったことを聞いてみると、マリさんは少し渋い顔をし、カゲトは顔を若干引きつらせる。

 急な質問ではあったが、今の私と同じようなことが、他にも過去にあったことを示唆していたのが気に掛かったことだった。


「それについては……本来ならば、聞かれた内容であるし、我等も答える必要があるだろう。

 だが、その話は今も、帝国における重大な機密となっているが故に、俺からは教えることができない。

 ……いずれ、その当人とも会うことになるかもしれない。その時には、本人から当時の状況を聞くこともできるだろうが……下手に聞かぬ方が良いだろう」

「師匠ってのも、その人のことですけど……カゲト様、もし聞かれるようなことがあったら、後でどうなっても知らないですからね」


 彼らの言わんとすることは、何となく分かる。今も、この世界で暮らしているはずの、その人の平穏を無理に崩すことはないだろう。

 ただ、本人から聞くことができるかも知れないとなれば、軟禁されているというわけではないのか。

 平穏を崩されることを嫌がるのはある種当たり前だと思うが、状況はよく分からない。下手を打つな、という彼の忠告はどうしても気になってしまうが。

 ……状況が分かるようになるまで、聞いた通りにしておこう。


「私はこの先、どうなるの?」

「恐らくではあるが、かつてのように俺に委ねられるだろう。

 本来であれば、師団本部へ戻るのが通例であるが、今回に関しては、帝都たる桐都とうとにある俺の屋敷へと、一度来てもらうことになる。今日一晩はそこで過ごしてもらう」

 わざわざ言うのだから、何か理由があるだろう。あえて聞いてみる。

「どうして、私の件は通例と違うの?」


「……これは、“二例目”となる帝国内における重大な事件となる。

 明日以降、改めて話しをする機会もあるだろう。もしかすれば、永くなるかもしれないな」

「重大、事件? 私がこの世界に来たことが?」

「ああ、君が来たことが二例目になる内容である以上、そう扱うしかない。尤も、状況によってはすぐに解放されるやも知れぬが」

 何もかもがピンとこない。確かに、私がいること自体が異常だという認識はあるが。

「それに、今は師団長としてここに赴いている状態ではあるが……俺自身の問題もある。これ以上は師団の人間も動かすことはできない」

 カゲトが来たことで一度は静まっていた陣幕の中が段々とまた騒がしくなっていた。きっとすぐに撤収するための準備を始めているのだろうか。


「じゃあ、マリさんは?」

「私は元々師団の副官でしたが、先の辞令より今はカゲト様に付けられている副官でありますので」

「じゃあ……私は、いつ死ねますか」

 気付けば心の底にしまっていた本音が漏れていた。だが、それに対して返ってきた返答は、ひどく素っ気ないものだった。

「分からんな、そんなことは」

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