第8話 あなたは道化に出会った
仏様と別れてから中学二年生の妹、彩奈を迎えに行くためにばぁちゃんが住んでいる昔ながらの家に行く途中のことだった。
すぐに通り過ぎたからそれが本当に見たことのある二人だったかはわからない。
けど見た感じはハミゴとアホが一緒にコンビニの横で話しているように見えた。
あいつ、ハミゴと関わりたくないって言ってたくせして何してんだ?
わざわざ俺に先に帰るなんて言ってたくせして、自分が嫌いな奴と自分から関わりに行くのはアホらしい行動と言うか馬鹿馬鹿しいと言うか。あいつには心底呆れる。
まぁ、俺もアホにハミゴには気楽に接しとけって言っちゃったしな。あれ、もしかして俺があんなこと言ったからあいつハミゴの事を気遣って嘘ついてまで一緒にいたのか?
だとしたら俺はアホに申し訳ないことをした気がする。
でも、アホがハミゴと関わり始めるのはそれはそれで面白そう。
しばらく様子を見ることにしよう。
あくまでハミゴとアホがあのいつも俺と仏様とアホが行くコンビニに本当に一緒にいたらの話だけどな。
「ばぁちゃんただいま!」
「お帰り綾人」
「彩奈は?」
「宿題やってるよ、綾人に似て勉強熱心な子だねぇ」
「宿題のプリントを何枚もやってるんだから」
「何枚も?」
「そうだよ」
「そりゃすごいや、俺よりももっといい高校に行けそうだね」
「綾人も十分頑張ってるよ」
「ありがとう、ばぁちゃん」
俺は数少ない信頼できる人のうちその一人のばぁちゃんに心からの笑顔を見せた。
ばぁちゃんは嬉しそうにしてくれた。
玄関を上がってスライド式のドアを開けると彩奈は十数枚ものプリントをやっていた。
俺の記憶では中学校の課題なんてほとんど無かった気がする。
真面目なのはいいけどもう少し自分を労って欲しい気もする。
「彩奈、ただいま」
「うわっ、お兄ちゃん」
俺が声を掛けると彩奈は相当集中していたのか胡座をかいて座っていた体を兎みたいに跳ねさせた。
「ちょっと、お兄ちゃんびっくりさせないでよ」
「お前が集中しすぎなんだよ」
「さ、帰ろう、母さんと父さんがもうすぐ帰ってくる」
手を差し伸べ帰ろうと促すも手を払いのけられてしまった。
「いやだ、母さんともあのおっさんとも一緒にいたくない」
「今日はおばあちゃんの家に泊まる」
「そうはいっても」
できることなら俺だってあの家には帰りたくない。
俺はなるべく父さんと呼ぶようにはしているが、頭の中では妹が呼ぶようにおっさんと呼んでいる。
俺と彩奈にとって父さんは本当の父さんじゃない。
本当の父さんは三年程前に死んだ。
今いるこの家は死んだ父さんの母さんが住んでいる家だ。
父型のばぁちゃん家ってこと。
「嫌なのは分かるけど、明日も学校だから今日は帰らないと」
「それに明日は金曜だから明日泊まりに行けばいいだろ?」
「お兄ちゃんは?」
「え?」
「お兄ちゃんは明日、彩が泊まるとしたら泊まってくれるの?」
机にうつ伏せて帰りたくないアピールをしてくる彩奈はどこか、いつも朝早くに来て寝ているアホを思い出させた。
「それで彩奈が今日家に帰るってなら泊まるよ」
「…分かった!」
正直、中二にもなってこんなにブラコンでいいのかは気になるところだが今の彩奈の心の拠り所となれるのなら兄として嬉しい。
それに寄り添ってあげる事が兄としての責任だと思う。
「じゃあそういうわけだから、おばあちゃん明日泊まるね!」
「嬉しいねぇ、待ってるよ。二人とも」
「またね、ばぁちゃん」
玄関の戸を閉め、俺と彩奈は帰りたくもない家に向かって歩き始めた。
家を出た頃には辺りはすでに暗くなっていて歩道を照らす小さな街灯の光が散ってしまいそうな夜桜の花びらに反射して周りを明るく照らしていた。
「お父さん…」
夜風に舞う桜の花びらを手に乗せて切なくその一言を口にする彩奈を見て抑えていた波が溢れ出そうになった。
俺は頭を掻いて、その溢れ出そうな波のことを忘れようとした。
彩奈はずっとお父さんっ子だったから三年経った今でも父さんを思う気持ちはわかる。
俺だってまだ受け入れられないでいる。
唯一、受け入れられたのはお父さんが生前ずっと誇らしげに自慢してた母さんだけだった。
その母さんは父さんが死んだ二年後にはもう新しい人を見つけていた。
去年、新しい父さんを紹介されたとき、俺と彩奈は腹の底が煮えたぎるほど母さんに対して、おっさんに対して怒りが湧いた。
俺は必死にその怒りを呑み込んだ。
けど、彩奈は母さんに妹の口から出たとは思えない今まで聞いたことがないような罵声を浴びせた。母さんは必死に説得しようとしたけど彩奈の興奮は治まらなくて結局あの日、彩奈は家を飛び出してばぁちゃんの家に飛び込んでいった。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なに?」
「お父さんは今のお母さんの事、彩達のことどう思ってるのかな」
手のひらに乗ったままの桜の花びらを見つめながら彩奈は言う。
「お父さんは今、なにしてるんだろうね」
彩奈はグッと手に乗っている花びらを握りしめる。
強く握りしめられた手にそっと俺は手を添えた。
「彩奈、花びらが痛がってるよ」
そう言うと彩奈は「ごめんなさい」と言って強く握りしめていた拳を離し花びらを離した。
よっぽど強く握っていたのか手には爪が喰い込んだ跡があり、花びらは彩奈の悔しさや虚しさとかそういった感情を吸い込んでしまったかのように萎れていた。
「彩奈、俺がいるから安心しろ、俺が兄として彩奈のそばにいてやる。」
「だから、そんな顔しないで、いつもみたいに笑顔で家に帰ろう。」
「うん」
彩奈は頷いたあと一呼吸置いて、俺に歯を見せながら笑ってみせた。兄妹そろって似ている笑顔。
ピエロの笑顔。
「はは、やっぱ兄妹だね、お兄ちゃん」
彩奈もそう思ったのかニッと頬をさらに上げた。
玄関の前につく。
もう一度お互い最高の笑顔を作ってお互いの顔を確認し合う。
玄関の戸を意味もなく二人で開ける。
「ただいま!」
二人同時に声を上げると、奥から見知った女が出迎えてくる。
母さんだ。おっさんもそれに続いて出迎えにくる。
「二人ともお帰りっ」
向こうもそろって声を上げる。
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