第4話 何かに出会った
一時間目が終わると来栖は早々に教室からでていってしまった。「一年間よろしく」とか言っておきながら担任とは思えない行動だ。
何か用事でもあるのだろうか。
そんなことより昨日の紫川の話だ。
彗がいじめにあっていたこと、紫川が無自覚な加害者になってしまったこと、そしてわざとらしく俺の会話を伊井野が遮ったこと。
この三つの問の答えを昨日、紫川の家で解散したあとから聞き慣れたBGMの題名を探しているかのようにずっとぐるぐる頭の中を巡って正しい答えを探っている。
俺は息を吸う。
吸った空気を燃料にして考えてみてもやっぱり凡人には凡人の解答しか出なかった。
彗はいじめにあっていた、ただそれだけしかわからなかった。無自覚な加害者ってなんだろう。
「何ボーッとしてるの?」
昨日初めて聞いたはずの声が聞いたことがないはずなのに何処か聞き覚えのあるBGMのように声が聞こえた。
横に目をやると昨日と同じように翠の長い黒髪をなびかせながら俺に話しかける少女は物珍しそうな興味津々の目で俺を見ていた。俺は息を吸う。
「別に何も。何か用事?」
「何にも考えてないなんてつまんないね」
「用事がないなら座ったら?」
早く会話を終わらそうとして席に戻るよう促すと彗は昨日と同じく俺の前の席に座って俺の方を向いた。
「なんでそこ座ってるの?君の席は向こうでしょ」
「苓が座ったら?って言ったんじゃん」
「そういう意味で言ったんじゃなくて、自席に戻ったら?ってことだよ」
「なんで?」
「なんでってなんも用事ないんだろ?」
「別に良くない?私たち友達でしょ」
いつから友達になったのか。初対面で背中を叩いておいてよく言えたものだ。俺は息を吸う。
「いつから友達になったんだよ。了承した覚えないんだけど」
「了承って」
フハッっと隠す気のない笑い声と顔で言う彗に風船が息を吸わなくても膨らんだ気がした。
「何だよ」
「いや、ごめん。君の友達に対しての価値観をバカにしてるわけじゃないんだけどさ、ちょっと私と違くて。」
「どういうこと?」
心からの疑問だったのでつい聞いてしまった。
「友達ってもっと軽くなるものじゃない?」
「軽くなるって言ったってその軽くが人によって変わるでしょ。君にとって…」
言いかけて止めた。
たかがこんなことでこいつと討論なんかしたくない。
何を考えているんだ俺は。息を吸った。
「やっぱ何でもない。君が友達だって思うなら勝手にそう思ってくれて構わないよ」
「じゃあ今日から友達ね」
「うい」
俺が言うのを止めたのを気にすることも勝手にと言ったことも気にする様子はなく彗はニコッとし右手を差し出してきた。
「何その手」
「何って、よろしくって意味だけど」
「勝手にって言ったんだけど」
「だから私の勝手でこうしてるの、悪い?」
俺は深く息を吸って彗の差し出した右手を見て彗の顔を見る。彗は変わらずクールな顔をニコッとさせながら俺が右手に応えるのを待っているようだった。
「わかったよ」
俺は彗の右手に人差し指だけ重ねすぐに離した。
「なにそれ」
「これでいいだろ」
「ふ~ん、ま、許そう」
少し不満気な様子で俺が触れた自分の右手を眺めながら彗は席を立って自分の座るべき席の方へ戻っていった。
息を吸うと走り終わった時のような痛みが肺いっぱいに広まった。関わりたくない人間と関わるのは長距離走と同じくらいに辛いもんだ。
「また絡まれてたな」
そう言って頭を掻きながら近寄ってくる天然パーマはいつにも増して能天気そうだ。
「絡まれたいわけじゃない」
「絡まれるの好きかと思ってた」
真面目に言ったのに伝わってなかったらしい。
「あのなぁ」
「まぁそんな嫌な顔すんなって、気楽に接してあげろよ。
見たところずっと一人っぽいしさ」
伊井野も昨日、彗がずっと一人でいたことに気づいていたのか。
「じゃあ伊井野も構ってやれよ」
「それは無理だ」
冗談を言うみたいにじゃなく本気でそう思ってるみたいに聞こえた。みたいっていうのは伊井野がいつもと変わらないクシャっとした笑顔で言うからだ。
「優しくないな、女の子には優しいんじゃなかったっけ?」
「俺は女の子限定に優しいわけじゃないぞ」
「老若男女すべての人に優しいのさ」
見えない伸びた鼻を伸ばすように胸を張る伊井野はいつもの能天気な伊井野だった。
「じゃあなおさら手伝ってくれよ」
「それは例外だ」
「あっそ」
また冗談のようには聞こえなかったから諦めると伊井野は天然パーマの頭を掻いた。俺は息を吸った。
「紫川は今、彗のことどう思ってるの?」
昼休み、俺の机の周りにたむろって弁当を食べていると伊井野はおにぎりを口に入れようとする紫川を阻止するかのように紫川に聞いた。
「どう思ってるも何も向こうが俺を嫌ってるってなら何も思うことはないし俺からわざわざ関わろうともしないよ。」
そう言って食べるのを阻止されたおにぎりを頬張る紫川は小動物が食べ物を口に詰め込むみたいで少し面白かった。
「苓はどうなの?彗とは仲良くやってるの?」
頬張ったおにぎりを飲み込んだ紫川は水を飲みながら聞いてくる。
「仲良くっていうかほぼ強制的に関わらせられてる。」
「嫌なら直接言えばいいじゃん」
脳天気にもほどがあるだろと思ってしまう。
俺は息を吸って水筒のお茶を飲んだ。
「それができたらどんなに簡単だか」
「ふ~ん」
伊井野の脳天気な言態度に頭の奥がむず痒くなる。俺は痒みを軽減するために痒い部分を冷やすみたいに春の窓から入る少し冷たい空気を吸って頭を冷やした。でも実際、伊井野が言うように直接言うことができたらどんなに楽か。それに俺はもともとめんどくさいと思ったらもうそれ以上は進まないようにするし関わらないようにする。
けどそれを難しくしているのは彗の過去の事だ。
彗がいじめにあっていた事をまだ仮定ではあるけど知ってしまった以上、簡単に関わることを避けることはできない。それこそ紫川が彗に言われた無自覚な加害者にもなってしまう。俺はそうはなりたくない。
「俺自販機行くけど紫川と佐倉も来る?」
「行く、苓行く?」
「俺はいいや」
「ほーい」
なんとなく行く気になれなかったから断ってしまった。
話たり考え事をしていたりしたせいで進んでいなかった箸を勧めていると一時間目の休み時間以来に関わりたくない人間に話しかけられた。
「苓今一人?」
「そうだけど、何?」
「別にー、私も一人だから。」
反応に困る。
「何か用があるの?」
「何か用がないと君に話しかけちゃだめなわけ?」
「まぁいいや、今回はちゃんとあるよ。」
さっきと同じように前の椅子に座りながら彗はクールな顔をこっちに見せながらまっすぐな声と不服そうな顔で言う。
俺はさっさと話を済ませたかったから端的に聞いた。
「何」
「今日の放課後、苓と遊びたい」
まっすぐな目と声だった。
風船が細い棒で刺されているみたいで破裂してしまわないか不安に思ってしまうかのように俺は彼女に心を見透かされた気がした。
ただ放課後に遊ばないか誘われただけ、ただそれだけのはずなのに。
それと同時に懐かしくも感じた。
何で懐かしく感じたのか分からない。何に対して懐かしく思ったのかも今の俺にはわからなかった。
「今日は家に帰っても何も無いしいいよ」
だから俺は興味が少しだけ湧いた。この懐かしさが何に対してなのか、なぜ今こんなにも心が揺さぶられたのか、人見 彗とは一体どんな人間なのかが。
俺はこの強制的な関係に付き合うことに決めた。
「よっしゃ、じゃあ学校終わったら校門前集合で!」
「うい」
てきとうな返事のあと昼休み終わりのチャイムが鳴った。彗自席に戻った数秒後に伊井野と紫川が戻ってきた。まだこの二人には言わないでおこう。
授業の始まりのチャイムが鳴る。
このチャイムが俺にとっては違う始まりの意味が込められた音に聞こえた。俺は息を深く吸った。
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