君と出会ったその日から、
ぽてえび
第1話 不愉快な君と出会った
人は皆、十人十色の風船を心の中に持っていて、その風船がすぐに膨らんで破裂してしまう人や中々破裂しないでずっと中の空気を溜め続けて自然にしぼむまで待つ人がいる。って風船が好きだった人に言われた。
その人が誰だったのかはもう覚えてない。
まだ、小さい頃に言われた言葉だったから仕方ない。
でもその言葉だけは覚えている。その人の声があまりにも優しくて消えてしまいそうな声だったからせめてその言葉だけは忘れないよう必死に脳に刻んだから。
結局その人の声色がどんなだったかは忘れちゃったけど。俺は後者でありたいと思う。
我慢できずに何でも吐き出してしまう人間になんてなりたくない。そんな感情的な人間になんてなりたくない。
だから俺は今、寝ているところを邪魔されているの息を深く吸って耐えている。
「ねぇ、もう朝のショートホームルーム始まるよ?」
俺の背中をおそらく指でツンツンと突きながら話しかける声は柔らかく掴みどころのないような声だった。
そんな声だろうと関係なしに俺は無視をして机にうつ伏せて寝続ける。
俺を嫌な人間だと思うかもしれないが今まで寝ていても特に何か言われることはなかったし、朝早くに来て寝ているのはなにも俺だけじゃない。
だからこうして今日初めて声をかけられて正直に言うと迷惑だ。
でも、さっき言ったように俺の風船は簡単には破裂しない。
俺はまた息を深く吸って掴みどころのない声で呼びかけてくる少女が諦めてさっさと俺から離れてくれるのを待つ。
「ねぇ、ねぇってば。おい起きんか」
しつこくされようが俺は無視して寝続ける。
「起きんか」
控えめな声とは真逆に強い衝撃が背中に走った。
「痛っ!」
「やっと起きた。ずっと寝てたけどホームルーム始まるよ」
さも自分は何も悪い事はしていないとでも言うような声色で俺にもうすぐホームルームが始まることを教えてくる。
息を深く吸って姿勢はそのままで顔を上に向けると柔らかい声とは違って顔はクールな大人びた感じを放ち、長い黒髪をなびかせ余計に大人の感じを出してくるスラッとした体型を持つ少女がいた。
その少女の目を見るとやっぱり罪悪感は無く、
ただ真っすぐに俺のことを見ている。
俺は深く息を吸って気持ちを整える。
クールな顔をした少女は耳に髪を掛ける仕草をしながら前の席の椅子に座って俺の方を向く。
「寝不足?駄目だよ夜更かししちゃ」
「夜更かししたわけじゃないよ、学校に早く着いたから軽く寝てただけ」
俺の言い分を聞いた少女は首を傾げてあざとく自分の右手の人差し指で顎を突く。「どうしたの?」俺がそう聞くと少女は腕を組んで不服そうな顔をしながら物申してきた。
「いやぁ、君ほんとに軽く寝てただけなの?結構声かけたんだけど」
「だから俺の背中を叩いたの?」
「うん、じゃないと起きなかったでしょ?」
どうやら本当に罪の意識は無かったようだ。
息を深く吸って呑み込む。
「痛かった?」
「別に痛くないよ」
なんて言って見せたけど実際はまだ背中がヒリヒリする。多分力いっぱい叩いたんだろう。
自分の背中を擦っていると少女はやっと自分の犯した罪に気づいたのか申し訳なさそうな目と顔で見てくる。
「やっぱ痛いんじゃん」
そう言って少女は俺の肩に腕を伸ばし、肩を擦る。
なんというかこの子は人との接し方が少し変わっている気がする。
初めて会ったにも関わらず俺の背中を躊躇なく力いっぱい叩いといてあまり気にしていない様子の少女に対して梅雨時の蒸し蒸しするあの不快感のようなものを覚える。正直、関わりたくない苦手な人間だ。
何故かは明確だ俺がなりたくない人間だからだ。
俺は息を吸う。覚えたての不快感が肺の中を満たそうとするのを感じる。
「ごめん、強すぎた…かも」
「いいよ別に」
「かも」とあまり自分の非を認めていないように捉えられる言い方に劣化したゴムが簡単に切れるみたいなプチッとした感覚が脳に生まれたがあまり気にしないよう深く息を吸った。
変な間が空いて微妙な空気感に包まれる。何か話すことはないか頭の中を模索しているとホームルームが始まることを知らせるチャイムが鳴った。
少女は「じゃぁ」と会釈だけをして自分の席に
戻って行った。
変な丁寧さがある。と会って数分の少女に対して
勝手に思ってしまった。
少し待つと気だるそうに廊下を歩く中年の、
四十代くらいの男が見えそのまま俺達のいる教室に入ってきた。
「え〜、今日からこのクラスの担任になる
来栖 暁兎です。一年間だけだけどよろしく。」
気だるそうなまま始まった来栖の自己紹介でさっきまで賑やかだった教室は先生が来たから静かになったと言うよりかは来栖の空気に呑み込まれたみたいだった。さっきの背中を叩いてきた少女に対して感じた梅雨時の蒸し蒸しとした感じとは少し違うけど似たような空気が意識して息を吸わなくても肺に入ってきた。
どうやら今年の担任はハズレみたいだ。何もかもやる気のないと言うような空気が当たりハズレを物語っている。これなら去年のやる気の高かった先生のほうがいくらかマシだ。
俺は深く息を吸ってやや萎えながら新担任の話を聞く。
「今日は始業式があるから各々、時間前には体育館に行くように、それと体育館シューズは持ってかなくて大丈夫だから、皆の自己紹介は明日お願いしまーす」
以上、と告げ来栖は教室を出ていってしまった。
来栖に呑まれた教室に残されたクラスメイト達は少々困惑しながら各々に去年クラスが一緒だったり一年生の時ぶりに一緒になったクラスの人たちと集まったりして教室からまぁまぁ離れた体育館へ向かう準備を始める。
俺もデコが広い紫川と天然パーマの伊井野の二人と一緒に廊下へ出て体育館へ向かう。
教室から出るとき不意に視界の端に少女が写った。
何となくそうだろうなとは予想していた。
クラスの皆がそれぞれ集団を作って体育館へ向かう中、少女一人だけが一匹狼みたいに体育館へ向かう準備をしていた。
微妙な別れ方をしたし、自分から面倒事に突っ込むほど俺はお人好しではないので見て見ぬふりをして息を深く吸って教室を出た。深く吸って呑み込んだとき少しだけ罪悪感が風船の中に入り交じって不快だった。
でも、朝から俺の背中を叩いてきた頭のおかしな奴と思ったら不快さが緩和して逆にざまぁねぇって思った。
少しだけ肺に満ちたあの不快感が減った気がした。
まだ少し肌寒い体育館の中で行われる始業式は退屈でしかなく、何人か寝ている生徒達がいた。
紫川と伊井野も眠たそうに首をカクンコクンと動かしながら揺れている。
俺はと言うと朝から一発背中に重い一撃を食らい眠気が吹っ飛んだおかげか眠くなることはなくて校長の反復横跳びするありがたい話を一語一句聞き逃すことなく聞くことができた。ほとんどの話は右耳から入って左耳から抜けていったけど。
それでも、校長の話の中で一度だけ寝そうだった人たちも顔を上げた時があった。
それは今年からは体育祭と文化祭の二つとも開催するという話だった。
元々この学校は一年交代で体育祭と文化祭が開催されていたが今年からは二つとも同年に開催されることになるらしい。
こう言った学校行事は俺はあまり関心が無いが右斜め前で睡魔と戦っていた紫川とその前で同じく睡魔と戦っていた伊井野は校長の話を聞いて見事に睡魔を撃退したようだった。
紫川と伊井野は去年から同じクラスで、三人とも映画が好きという点で話すようになった。
映画の好みはそれぞれ違っていたけど自分が踏み入れたことのない映画のジャンルに踏み入るいい機会で感想とか映画の意図を考えたりと映画で共感できることが多くて三人でいると楽しく思える。
紫川と伊井野もそう思ってくれていたようで、自分が気になった映画には三人で観に行くことが多くなっていった。多分二人も俺と同じタイプで簡単には割れない風船を持っているんだろう。
二人のことを考えていたらいつの間にか校長の反復横跳びが終わって始業式が終わりを迎えようとしていて、やたらとやる気の高い声の起立の号令がかかり一礼をして始業式は終わりを告げた。
睡魔と戦っていた生徒たちは背伸びをして教室に戻り始める。
俺も伊井野と紫川と一緒に教室へ向かう。
「なぁ聞いてたか?今年は体育祭と文化祭両方やるんだってよ」
伊井野が嬉しそうに目尻にシワを作り他の生徒たちと同様に背伸びをして言う。
「聞いてたよ、ていうかそこしか聞いてなかったよ」
「紫川もやっぱ寝てたんかよ、佐倉は寝た?」
「いや、朝から一発背中に活入れられたから寝れなかった」
朝のことを伊井野に軽く言うと伊井野は何か思い出したように手を打ちニヤニヤしながら俺の方を見る。
俺は何となく息を吸った。
「そう言えば佐倉、朝変な子に背中思いっ切り叩かれてたな、あの子、誰なの?もしかして彼女?」
笑えない冗談を言う伊井野に対して俺は息を深く吸って、ニヤニヤして勝手に関係を想像して待つ伊井野に答えた。
「彼女じゃないしそもそもあの子が誰なのか名前すら知らない」
紫川と伊井野は「え?」と校長の話を聞いた時よりも驚いた顔で俺の方を見てきた。
多分二人は彼女じゃないというところで驚いたんじゃなくて俺があの少女の名前すら知らないのに少女に背中を叩かれたことに驚いているんだろう。
その証拠に紫川が引きつった顔で俺の方を見てくる。
伊井野も目を見開いたまま俺のことを見る。
俺は深く息を吸って不快感とはまた別の空気を肺に満たす。
少しの沈黙のあと紫川があくまでも自然にというような感じで聞いてきた。
「苓はその子のことどう思った?」
「どうって人として?」
「異性としてかも?」
伊井野がまた笑えない脳天気な事を言ってきたから軽く睨むと伊井野は「ごめん」と反省してるような目で謝ってきた。
口角があがっていたから多分反省はしていない。
俺はまた息を吸って紫川の質問に答えた。
「人としても異性としても俺は関わりたくないね、新学期初日から名前も知らないのにいきなり叩かれて、そいつに自分から関わりに行くか?」
「まぁそうだよな、いきなり知らないやつの背中を叩く人とは関わりたくないよな」
伊井野が俺の答えに納得していると、俺と伊井野の間から細い腕が割り込んできた。俺と伊井野がお互い右と左に寄ると細い腕の少女がその間を無言で通り過ぎて行った。俺は息を吸う。
伊井野じゃないけど脳天気にも少女の背が意外と低いんだなと思ってしまった。
「なぁ、もしかして今の子がお前らが言ってた子?」
紫川がさっきの引きつった顔とは違う戸惑った様子で俺と伊井野にきいてくる。
「そうだよ、あれ、紫川は佐倉が朝から背中思いっ切り叩かれるとこ見てなかったんだっけ?」
「その時はちょうどトイレ行ってたから」
「そっか、それはどんまい。てか一言何か言ってくれればいいのにな、まぁ俺等が並列して歩いてたのも悪かったけどさ」
どんまいとは何だ伊井野。
新学期早々に背中叩かれてみろ。
そう思うとやっぱりあの少女は少し変わってる気がした、もうこれ以上は関わりたくない。
朝のことを思い出し、息を深く吸っていると紫川が何か言いたげに口をモゴモゴ動かしていたしていたから聞いてみた。
「どうした紫川?さっきから口モゴモゴしてるけど」
「なんか食ってんのか?」
「いや、その、言ってもいいのか?あの子に失礼な気もするんだけど。」
せっかく話を振ってやったのにもったいぶる紫川に対し俺は息を吸う。
紫川は少し考える仕草をしたあと決意を決めたような目で俺たちの方を見る。
「よし、決めた。放課後、俺の家で話す。」
今話せよ!
「今話せよ!」
伊井野も同じように思ったらしい。
「これ学校で話せるようなことじゃないからさ、お願いだよ」
「そんなにやばいことなのか?あの子知らない人の背中を起こすためとは言え、いきなり叩くのはやばいけど人との関わり方が下手ってだけで見た感じは普通だと思うけどな」
能天気な伊井野に俺はまた息を深く吸う。
「いや、やばい事ではない」
「まぁいいや、じゃ放課後紫川の家にいくかぁ」
「そうだね」
話してる間にいつの間にか教室に着いた。教室に入り今日は始業式だけだったから各々帰る準備を始める。
騒がしい教室の中、あの少女がまた話しかけてくるかもしれないと内心ドキドキしていたがもう朝の一件以来、今日は話しかけられることはなかった。
帰る準備を終え、来栖が来るのを待っていると廊下からダルそうに騒がしい教室の前のドアに向かう来栖が見えた。
肩を落とし、ダルそうにわざとらしく大きくため息をつきながら来栖は教室に入り、騒がしかった教室を黙らせた。
「あのさぁ、君らだけなんだけどうるさいの。もう少し静かにしてくれると助かるわ」
来栖の言葉で教室の空気が淀む。
少しの沈黙のあとまた来栖はため息をついて話をしだした。
「まぁなんだ、新学期でクラス替えもあったし、春休み明けってのもあって浮いちゃうのはわかるけどさ〜、君らはもう進学か就職するんだからもう少し考えていこうな。てことで、気を取り直して、え〜明日から普通に授業始まっていくのでよろしくね、じゃ気をつけて帰ってね〜」
来栖はそう言ってスタスタと号令をせずに教室を出て、職員室がある方向に歩いていってしまった。意外にも言うことはちゃんという奴なんだなと少し感心したけど根っからそう思っているのかまでは分からなかった。
来栖が去ったあと淀んだ教室に残されたクラスメイト達は来栖に対して愚痴を言いながら教室を出ていった。
自分たちが悪かったという自覚がないのは高校三年になったものとしてはどうなのかとずっと静かにしていた身としては思ってしまう。
たぶんこいつらの風船はすぐ破裂する。
大半が教室を出たあと、俺も紫川と伊井野と一緒に駐輪場へ向かうことにした。
何となく少女の方を見るとやっぱり一人でいた。
少女は少し悲しい表情をしていたように見えたけどなぜ悲しい顔をしているのかは分からないし、心底どうでもよかった。
桜の木が等間隔に並ぶ駐輪場では春風に乗って花びらが舞っていて高校生生活の最後の年が始まったのを実感させられた。
モヤッとする高三のスタートは胸の風船の音がギチギチなってうるさかった。
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