第10話 真剣なハニートラップ

「さっきも言ったけど二言は無しだからね」


「わかってる」


キャラを選んでコースを選んでいるとき念を押して百合は言ってきた。

どうやら本気の勝負のようだ。百合から気のせいじゃない闘気がひしひしと伝わってきた。三つコースを選んでレース開始を待つ。


「対戦よろしく」


「こちらこそ」


律儀にあいさつを交わす。

ただ百合と賭けの勝負をするだけなのに緊張で胸ドキドキした。


レース開始のカウントダウンが始まる。

三、二、一


「とりゃ!」


「ちょ!?」


レース開始と同時に百合がさっきの漂う闘気や律儀なあいさつとは反して体を俺の方に寄せてきた。寄せてきたというよりかは完全に伸し掛かってくるようだった。

緊張でドキドキしていたはずの胸が百合に対しての鼓動に変わったのがはっきりと分かった。

吊り橋効果なんてもんじゃなかった。

困惑しながら操作する俺とは逆に百合はあのいたずらっ子なにやけ顔しながら先頭を走っている。

でも、よく見ると百合の顔と耳は赤くなってた。


結局、そのままの状態でレースは続いて俺は一度も勝てずに三レースともほぼ百合の独走状態で勝負はあっけなく終わってしまった。


勝負が終わると百合は俺の体から何事もなかったように離れた。

少し寂しさを感じたものの、伸し掛かっていたところに百合のぬくもりを感じて気恥ずかしさと満足感が入り混じって寂しさなんてすぐに忘れてしまった。


「じゃ、私の勝ちってことで言うことを聞いてもらおうかな」


「あんなのが勝負っていうのかよ」


「なに?何かしちゃいけないなんて言ってなかったでしょ。それに二言はないって言ったよね」


なぜ念を押して二言はないことを言われたのか今更ながらに気が付いた。

百合は最初から真剣勝負なんてする気がなかったんだ。それと闘気だと思っていたのは伸し掛かる心の準備をしていてのものだったのかと勝手に自分で納得した。

いや、そう考えると百合にとっては真剣なことだったのかもしれない。

俺に伸し掛かってきたとき耳までもが赤くなっていたし。

また自分で勝手に納得して百合の勝ちを認めることにした。


「わかった、負けを認めるよ。で、何をすればいいのですか?」


あっさり負けを認めた俺が意外だったのか百合は少し驚いたような表情をして、何を俺にしようか考え始めた。

しばらく考えて百合は自分の両膝に顔を乗っけながら俺を見て窓を見た。

俺もその目線に釣られて窓の外を見ると小雨だった雨は雨音を激しく立てて本降りになっていた。

目線を戻すとちょうど百合と目が合った。

お互いに目を合わせてるのに何もしゃべらない静かな部屋には雨音だけが響いた。

時間がゆっくりになっている気がした。雨音さえもゆっくり流れているように聞こえた。

まるで夢の中にいるような浮遊感さえ感じてくる。


「今日うちに泊まっていってほしい」


ゆっくりになっていた時間や雨音が急にもとの速さに戻った気がした。

うちに泊まって欲しいと言った後、百合は目を逸らしてまた何も言わなくなってしまった。俺もすぐには返事をできなかった。

百合の家に行く前の考えがふと頭によぎったからだ。もし、このまま百合の要件を飲んで泊まったとしたら何かが変わってしまってずっと後悔することになるかもしれない。百合と一緒にいたいだけなのに運命がそれを拒んでいるようにさえ思えた。

悩んでいると手に安心するぬくもりを感じた。見ると百合が手を握ってくれていた。

また家に行く前のことを思い出した。そうだ、俺は決めたんだこの気持ちに目を向けるって。この選択をしても後悔はしないって決めたんだ。


「いいよ、映画だってまだ観ていないからね」


無数にあるうちの大きな一つの歯車が錆を削りながら動いたような気がした。

この歯車が幸か不幸かなんて俺にはわからない。

でも、俺の返事を聞いた百合の満開の花みたいな顔が愛おしくて幸か不幸かのどちらかになるなんてどうでもよかった。


「ありがとう、さっそく映画観よ!」


「そうだね、おすすめはある?」


「あるある、今取ってくるから映画館ぽい雰囲気作ってっ待ってて!」


「了解」


安堵を含めた笑顔を見せながら百合は部屋を出て、俺は百合に言われたように映画館ぽい雰囲気を出すためにカーテンを閉めた。天気のおかげもあって部屋は薄明かりで照らされる暗さになった。少し待つと百合がDVDを持って戻ってきた。


「それは?」


「これねお母さんんが高校生の頃に流行った映画らしいんだよね」


薄暗い部屋で少し見ずらい中パッケージを見る。


“一輪の夢幻”


シンプルなタイトルにシンプルなパッケージ柄だった。けど、この映画のタイトルが妙に胸に刺さった。まるでいつも百合に図星を突かれるみたいに。


「さっそく観よ」


暗い部屋の中、本当に映画館にいるかのように静かにその映画は始まった。

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