野生児テイマー野良おっぱいを拾う【毎日12時&19時投稿】

木口シャウラ

野生児テイマー、ジュモ

――二千年前、世界全ての生命を巻き込んだ、神々の戦いがあった。


 闇を司りし魔神カラボス。

 その軍勢は、闇より生まれし『魔物まぶつ』よって構成されていた。

 ゴブリン、オーク、ミノタウロスなどの蛮族や、スケルトン、ゴースト、デーモンなどの生死の境界すら曖昧な者どもが集った、禍々しい軍勢だった。


 対するのは、光を司りし女神ニューリア。

 その軍勢は、母なる自然より生まれし『聖物せいぶつ』によって構成されていた。

 精霊や人間。エルフ、ドワーフをはじめとする亜人種。そして、グリフォン、ユニコーン、ドラゴン、オオカミ、ライオン、ヘビ、鳥、昆虫、魚――空陸海、数多のビースト動物が女神の旗の下へ集った。


 争いは永く、果てしなく続き、多くの魔物まぶつが塵へ還り、多くの聖物せいぶつが血を流し骸となった。


 戦いの果てに、多すぎる同胞の死に胸を痛めた女神ニューリアは、自らを犠牲にして最期の光を放った。


 光は瞬く間に大地を満たし、瞬く間に闇の軍勢を滅ぼした。


 そうして世界は平穏を取り戻し、女神が守り抜いた大地は『ニューヴァリア』と名を改められた。

 

     

 ――だが、力を使い果たした女神ニューリアは、体を六つに分かち、世界中へと散らばった。



 ――それから二千年。



 女神ニューリアの体は未だ、発見されていない。


 ◇


 月夜の草原を、逆立ったオレンジ髪の少年が死に物狂いで駆け抜けていた。


「うおおおおおおおお‼︎‼︎‼︎‼︎ 一体何が起きてんだよぉぉぉぉぉーーーー‼︎‼︎‼︎‼︎」


 背後にはゴブリン、スケルトン、オーク、コボルト、ハーピィ、ゴーストなど……付近に出現しうるあらゆる種類の魔物まぶつが集い、一斉に“彼ら”を追い立てていた。


「おいお前! 本当に何も知らねぇのかよ!」


 少年は元々鋭い目付きをさらに細めて、右手に抱えた“彼女”に問いかけた。


「知らないって言いましたよね⁉︎ 気がついたら追いかけられてたんですから‼︎‼︎」


 彼女は、その外見からはまるで想像できない、年頃の少女のような声で抗議した。


「つーかそもそもお前、一体何の生き物なんだよ!」


 ――そう、少年が小脇に抱える彼女は、人間ではなかった。

 それどころか、聖物せいぶつなのか魔物まぶつなのか、それすら皆目検討がつかなかった。


 彼女は……姿は例えるなら、メロンくらい巨大な饅頭を、横並びに二つくっつけたようなフォルムをしていた。

 その上、皮膚の色や体温なにより、腕に吸い付くような質感と、どこまでも沈み込んでいきそうな柔らかさは、人間の――更に言えば女性の“とある部位”に瓜二つだった。


 

 ――彼女は、“おっぱい”だった。



 本来なら、その付け根にあるべき女体はないが、とにかく彼女は、喋って動くおっぱいだった。

 

 かくしてこの日、ビーストテイマーの少年、ジュモ・オレンジバックは拾ったのだ。

 

 ――世にも奇妙な、喋るおっぱいを。



  〈第一節 ジュモ〉[#「〈第一節 ジュモ〉」は中見出し]


 多くの生命で満ち溢れ、天高く伸びた木々がどこまでも広がる『オルバ大森林』。

 何人たりとも踏み入れることを許されない大自然であるが、今日に限っては、招かれざる客人達の姿があった。


 深緑色のフードを被った人間の男が五人ほど。皆一様にニタニタとした笑みを浮かべながら森の出口へと向かっていた


「ギャハハ! さすがお頭、まさか本当にフォレストドラゴンの赤ん坊が手に入れるとは! こりゃ当分酒代には困りませんなぁ!」

 

「馬鹿野郎、でかい声出すんじゃねぇ。他のビースト動物に気づかれるだろうが」


 先頭の「お頭」と呼ばれた男がはしゃぐ男を小突く。

 男の言葉通り、お頭――頭目の小脇には、小動物を閉じ込めた檻が抱えられていた。


『クルルゥ……』


 檻の中で不安げに鳴き声を漏らしたのは、山羊のように渦巻いた角を生やし、苔のような深緑色の鱗に覆われた四つ足の竜――フォレストドラゴンの赤子だ。


 男たちはビーストハンター。希少な動物ビーストを密猟して売り払うロクでなしたちだ。

 

 そして、この赤子は森の長の唯一の子供だった。

 それ故に、赤子が消えた事に気付いたビーストたちで、森は騒がしくなり始めていた。

 

 ――そこに、この事態にいち早く気づきハンターたちを追っている“人間”がいた。


「見つけたぜ、クソ誘拐犯どもが……‼︎」


 ビーストテイマー、ジュモ・オレンジバックは樹上からハンターたちを睨みつける。

 

 逆立ったオレンジ髪と鋭い目付きに反して、彼は幼さの残る顔立ちをしていた。年は十四、五歳だろうか。

 

 素肌の上からオレンジのベストを羽織り、ベージュのサルエルパンツをベルトで締め上げた身軽な出立ちは、まるで曲芸師や大道芸人のようだ。

 

 だがそれとは裏腹に、手足には鋼が鈍く光る、無骨なガントレットとレガースがそれぞれ身につけられており、ジュモが旅人であり『冒険者』であることを物語っていた。

 

「お頭、誰かに見られているような……」

「気のせいだ。さっさと進むぞ」 

 

 ジュモは、風の如き身軽さで木から木へと飛び移り、ハンター達への距離を詰めていく。


「お、お頭、やっぱり何か近づいて……!」


 ――だが、時既に遅し。



 ドシーーン‼︎‼︎ という地鳴りとともに一人のハンターが悲鳴を上げる。



「ぎゃああああああああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎」


  

 砂埃が晴れると、レガースでハンターを踏みつけるジュモの姿があった。

 

「なっ、なんだてめぇ!」


 どよめくハンターたちを、射抜くような視線でジュモが睨む。

 

「そいつはいずれ森の長になる赤ん坊だ! いいからさっさ返しやがれ‼︎」


「調子に乗ってんじゃねぇ!」

 

 ハンターの一人が咄嗟に、ナイフでジュモに襲いかかる。


 だが、不意打ちだったにも関わらず、ジュモは目にも止まらぬ速度で、男の腕を捻り上げていた。


「痛ででででで‼︎」

 

 そして、べきり、と無慈悲な乾いた音が森に木霊する。


「テメェっ‼︎」

 

 別の男が襲いかかるが、ジュモはそれを容易く躱すと、男の顔面を殴り抜く。

 

「ぎゃべっ!」


 地面に倒れ伏した男を踏みつけながら、ジュモは再びハンターたちを睨みつける。

 その溢れ出る気迫にハンターたちは気圧されていた。

 

「ひぃっ……」

 

「な、なんだよこいつ……!」


「ガキ一人に何ビビってんだ! さっさと殺せ‼︎

 

 頭目が怒号を飛ばすと、残ったハンター達も一斉にジュモへと襲いかかった。

 数にして四人。それも、その全員が生き物を狩ることに長けた手練れだ。


「その程度かよ!」


 だがジュモは全く怯まず、ハンターたちの背丈よりも高く跳び上がると、軽やかに後ろへ宙返りをした。

 そしてその勢いで、背後の木の幹を蹴って反動を得ると、次の瞬間にはガントレットに包まれた両拳でハンターたちを殴り飛ばしていた。


「グベッ‼︎‼︎」「ゴフッ‼︎‼︎」


 そして、すかさず身を捻りながら跳び上がると、残った二人へムチような蹴りを放った。


「ぎゃばッ‼︎‼︎」「げはッ‼︎‼︎」


 そうして、一瞬のうちに残るのは頭目だけとなった。

 

「おいおっさん、さっさとその赤ん坊を返しな。そいつはてめぇの汚ねぇ手で触れていいもんじゃねぇ」


「く、くそ……『獣人』みてーなデタラメな動きしやがって……」


 獣人――人間とビーストの身体的特徴を併せ持つ、稀有な種族である。

 その最大の長所は、ビースト由来の驚異的な身体能力と人間由来の技巧が合わさった、無類の肉弾戦の強さである。

 頭目はジュモの戦い方に、獣人に通ずるものを感じていた。


「ちっ、ロクでなしの癖に勘だけは冴えてやがる」


「なんだと……?」

 

「これ以上は教えてやらねぇ!」

 

 ジュモが頭目へと迫る。


 だが、勝ち目がないことを悟った頭目は、ナイフを檻に差し込み、躊躇いなく赤子に当てがった。

 

「動くな! 一歩でも近づいたらこいつの命はねぇぞ‼︎‼︎」


『くるるぅ……』


 檻の中で赤子が声を振るわせると、ジュモは足を止めざるをえなかった。

 

「ド腐れ野郎が……!」


 ジュモの様子を見て、頭目はほくそ笑む。 


(やはりだ……! こいつは本当にこのドラゴンを守りたがっている……!)

 

「いいか……そのまま両手を上げて後ろに下がれ……」


「ちっ……」


 ジュモは頭目を睨みつけながらも、後ろへ下がっていく。

 堪えているが、内心ではとっくに怒り心頭だった。


(クソムカつく野郎だ、今すぐにでもぶちのめしてやりてぇぜ……だが今最優先するべきは、あのガキの命を守ってやることだ)

 

「そうだ、それでいい……。いいか、俺が森を出るまで一歩も動くんじゃねぇぞ……!」


 やがて、ジュモとの十分な距離が空き始めたことで余裕が生まれた頭目は、ジュモを挑発するかのように話はじめた。

 

「お前、さては獣人に育てられたろ……?」

 

 その言葉にジュモは目を見開いた。

 なぜなら、頭目の話した事は、事実だったからだ。

 

 その反応を見た頭目はほくそ笑む。

 

「やっぱりな……。ビーストハンターやってるとなぁ、お前らみたいなのをごまんと見るんだよ! 人里を追われた獣人に、育てられた孤児のガキをな!」

 

「テメェ……!」

 

「その獣人は元気かぁ……? それとも、とっくに人間に殺されちまったかぁ?」

 

「ぶっ殺す‼︎‼︎‼︎」

 

「おっと……動くなって言ったよなぁ……!」 


 ジュモが頭目に飛び掛かろうとすると、わざとらしくナイフを赤子に近づける。


 ……だが、この行動が頭目の命運を尽きさせる最後の一手となった。  


「やっぱり、テメェみたいなクズは生きてちゃいけねぇ……」

 

「あぁ? だからどうした。こっちにはドラゴンのガキが――」

 

(荒事にこの力は使いたくねぇが……、わりぃなみんな、力貸してもらうぜ……)

 

「あ? 一人で何ブツブツ言って――」


「みんなーーー‼︎ あいつを狙えーーー‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 ジュモが叫ぶと、その身体が一瞬オレンジ色に輝き、そして、無数の光の線が放たれた。

 

 ジュモから飛び出した光は、何かに導かれるように、あらゆる方向へうねりながら飛び去って行く。

 

「な、なんだ⁉︎」

 

 魔法の類かと思い頭目は身構えるが、光が頭目の体を掠めても、ほのかに暖かいだけで、痛みは全くなかった。


「こけおどしか……!」

 

 頭目が安堵したその時。

 

 

『『『『『『グルルルルルォォォォォォォォォォ‼︎‼︎‼︎‼︎』』』』』』

   

 

 森のあらゆる方向から一斉に聞こえてきた唸り声が、頭目の鼓膜を揺さぶった。


「こ、今度はなんだ!」


 そして、ジュモの呼びかけに応えるように、小鳥が、リスが、シカが、イノシシが、サルが――巨大な蝶が、ツタの生えた亀が、翼の生えたネズミが、翠色の狼が――森のビースト達が一斉に顔を出し、頭目を取り囲んだ。


 そして、ビーストたちは皆一様に、ジュモから放たれた淡いオレンジの光を纏っていた。


「い、一体……な、何が起こって……ぐわっ!」

 

 頭目の腕を小鳥が啄むと、頭目はたまらずナイフを取り落とした。


「しまった!」


 咄嗟にナイフを拾おうとするが、今度はそれをリスが攫って行く。


「ま、待てっ! それがなければっ……!」

 

 そしてとどめとばかりにシカやイノシシのビーストが頭目へ飛び込んでいき、容易く吹き飛ばされた頭目は、抱えていた檻をついに手放した。


「ぐああああーー‼︎‼︎」


 そこへジュモが駆けつけ、宙に放り出された檻を受け止める。


「――っぶねぇ! よーし、今檻から出してやるからな!」

 

 ジュモが元前の怪力で、檻を壊そうとするが、よほど頑丈に出来ているようでびくともしない。

 

「力自慢の奴! 誰か手を貸してくれ!」

 

『ウホゥ!』


 ジュモの呼びかけに応じたストレングス・モンキー怪力猿が容易く檻をひしゃげると、中からドラゴンの赤子が元気よく飛び出してきた。


『くるるっ!』


「よーし、元気そうで安心したぜ! あとは……」

 

 ジュモの視線の先では、ドラゴンの赤子という人質を失い、一目散に逃げ出そうとする頭目の姿があった。


「クソッ! クソッ‼︎ あのガキまさかビーストテイマーだったなんて……! いや、それにしたって一度にあれだけのビーストを操るなんてできるわけがねぇ! 一体どんな手を使って……ぐあっ!」


 先回りして待ち構えていたバインズ・トータス蔓陸亀のツタに足を取られ転倒した頭目は、ついに大木を背にして追い詰められた。


「どうやら鬼ごっこも終わりみてぇだな」


 ジュモの言葉を合図にするように、ビーストたちが今にも頭目の喉笛を噛みちぎらんとにじり寄っていく。

 

「ま、待て……! アンタ、ビーストテイマーなんだろ⁉︎ 俺がマークしてるとっておきのレアなビーストの生息地全部教えてやる! だからこのビーストどもを追っ払ってくれ! だからなぁ! 命だけは助けてくれよ!」


 頭目の言うように、希少なビーストの情報は価値のあるものだ。ひょっとすれば、その交渉を聞き入れるビーストテイマーもそれなりにいるだろう。


 ――だが、頭目にとって不幸だったのは、ジュモはビーストの命を軽視する人間こそ、最も嫌っていたことだ。

 つまり、頭目はずっとジュモの逆鱗に触れ続けていたのだ。

 

「…………くっっっだらねぇ」


「は……?」


「くだらねぇって言ってんだ。そんなモンになんの価値がある」


「か、価値ってそりゃ…………」


こいつらビーストは生まれた場所でいつだって必死に生きてんだ。それをレアだの価値だのてめぇら人間の都合で手出ししやがって!」

 

「……畜生が! てめぇにさえ見つからなけりゃ上手くいったのによぉ……!」 


「森中のビーストたちが『ドラゴンの赤ん坊が悪い人間に攫われた』って大騒ぎしてるんだ、そいつは無理な話だぜ」

 

「ビーストが騒いでた……だって……? 一体、何の話をしてやがる。それじゃあまるで――ビーストの声でも聞こえるみたいじゃねぇか」

 

 ビーストと心を通わせ従えるビーストテイマーといえど、テイムしたビーストの感情が大雑把かつ感覚的に分かるくらいで、その言葉までは分からないのが普通だ。

 

 だが、ジュモは違った。

 

 ジュモはビーストたちを見渡し、答える。 


「――ああ、聞こえてるぜ。 みんなお前をぶちのめしたがってる」

 

 ――ジュモは、物心ついた時からビーストたちの声を聞くことができたのだ。

 故に、頭目に向けられた無数の鳴き声も、ジュモにはこう聞こえていた。


『悪イ奴‼︎』『余所者、追イ出ス!』

『敵ダ……』『喰イ殺セ‼︎』


 それはビーストたちの怒りの意思だった。

 

「――さっさと殺しちまおうとも思ったが、こいつの処遇は森のボスに決めてもらう。それでいいよな」


 ジュモがビーストに呼びかけると、ただ一人、頭目だけは顔を蒼白させた。


「ボス……だって…………?」


 ジュモは何も言わず、指で上を指した。

 頭目も、恐る恐る首を上げる。


「あ……ああ……」 


 頭目の視界に映ったのは、怒り心頭で自分を覗き込む、巨大な首長のドラゴンだった。


『グオオオォォォ』

 

 ドラゴンが嘶くと同時に、頭目が寄りかかっていた巨大な木が宙に浮く。


 頭目が寄りかかってた木。その正体は誘拐された赤子の親であり、森の主であるフォレストドラゴンの前足だったのだ。

 

 頭目はもはや、なすすべなどなかった。


「どうやら、てめぇの処遇は決まったみたいだな」


「あぁ……あぁぁぁぁぁ…………‼︎」


「あばよ、クズ野郎」


「――ぎゃああああああ‼︎‼︎‼︎」


 頭目が最後に見た光景は、自分を押し潰そうと迫り来る、ドラゴンの足の裏だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る