第16話 [名もなき落とし物]
夕暮れの道をたどり、主人公とイフミーは落とし主を探しに戻っていた。
財布の中身からして、交易に関わる者の可能性が高いと踏んだ。
「銀貨が三枚に、薬草……それから、手拭いまで入ってるね」
「ちゃんとした旅人だね。落として困ってるはず」
「それか、誰かに届ける途中だったのかも」
イフミーは首を傾げながら歩き、時おり道行く人に尋ねていた。
そのたび、琥珀のような肌に目を留める者がいたが、彼女はそれを気にする風もなかった。
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市場の端で、小さな喧噪が聞こえた。
粗末な台に腰かけた中年の女性が、何やら誰かと揉めていた。
「だから、薬草を取りに行ったまま、帰ってこないのよ! あの子は不器用だけど、真面目なの!」
「おばさん、落とし物の心当たり、あるかもしれない」
主人公は女性に近づき、財布の中の薬草を見せた。
一瞬で女性の顔色が変わった。
「……それ、それ! うちの子の! どうしてこれを?」
簡潔に経緯を説明すると、女性は胸をなでおろし、そして深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、本当に。あの子、きっと落として途方に暮れてたはず……」
そこにちょうど、若い男が息を切らせて戻ってきた。
手には採ったばかりの薬草が握られていたが、足元は泥だらけだった。
「母さん、ごめん……荷物ごと……」
「もういいのよ。ほら、これを届けてくださったの、おふたりよ」
青年は主人公たちに何度も頭を下げた。
「お礼をさせてください。これ、もともと薬草の対価として預かっていた銀貨です。
……良ければ、半分だけでも」
主人公は一度断ろうとしたが、イフミーが小声で耳打ちした。
「旅には、金が要るよ。君が『届けたい』って言って、動いたんだし」
主人公は少しだけ頬をゆるめ、銀貨一枚と半分だけを受け取った。
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日がすっかり暮れると、空は群青に沈み、頭上には星が滲みはじめた。
「手、冷たい?」
イフミーが隣で問う。
「少しだけ。……君のは?」
イフミーは、彼女の手に自分の手を重ねてみせた。
ほんのりと温かい。その体温には不思議な、心をほどくような感触がある。
「やっぱ、ちょっと冷たいね。でも、燃えてる」
「え?」
「さっき、“届ける”って言ったとき、君の背中が光ってた。ほんの一瞬だけど……」
主人公は黙ったまま、夜空を見上げた。
それが何だったのか、彼女自身は知らない。
だが――イフミーの言葉の余韻が、どこか胸の奥に残っていた。
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宿の明かりが見えたころ、イフミーがぽつりと呟いた。
「……さっきの子、ちゃんと“帰って”これて、よかったね」
「うん。名もない旅人だったけど、ちゃんと、誰かが待ってた」
「君みたいだ」
イフミーは、ふとそんなことを言って、前を歩き出した。
彼女の背中が、ほんの少し遠く感じられたのは、たぶん夜のせいだった。
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