第8話 父 サルト・ストレア

━━━「よし、じゃあ片づけは頼む」

「お任せ下さい、ご主人様」

 サルトの指示にメイド長が応える。


 メイドたちの片付けの音が響く中カナンが動き出す。


「よいしょっと」

 カナンが掛け声とともにハベルを抱きかかえる。


「じゃあ、お風呂入る人――?」

「はあい!!」

「俺は後で入ります」

「あらあら、まだ6才なんだから遠慮しなくてもいいのよ?」

「そうよお兄様!一緒に入ろうよー」

 ダフネがアラムの腕を引き、風呂に連れていこうとする。


「わかった!わかったから!」

 アラムはダフネの押しに負け、渋々風呂に向かう。


「ふっ」

 そんな光景にサルトは小さな笑みを浮かべる。


 そして部屋を出て階段をゆっくりと上り、2階の自室に入る。


 サルトは自室の椅子に腰を下ろすと、持ってきた晩酌用のウイスキーとグラスを近くのテーブルに置く。


 静けさが漂う夜には、グラスにウイスキーを注ぐ音ですらひときわ耳に残る。


 窓から差し込む月光が琥珀色の液体とサルトを照らす。


(装備の手入れ用に買ったこの机も、書類仕事で忙しくなって━━━)

「今じゃもう、酒置き場だな……」


 スモーキーな香りが鼻腔をくすぐり、鋭いアルコールが舌先を焼く。


「はあ……」

「ああ、昔はもっと自由にできたんだがなあ……」

 サルトは思い出す。まだ何も背負うものがなく、ただただ依頼をこなす冒険者だった若き日の自分を━━━━━━


━━━━━━「いいか、いいくぞ……」

「シャック、初めてじゃないんだからはやくしろよ」

「う、うるせえ!!」


 シャックがいつになくゆっくりと扉を押し開ける。


 ギィ……という音とともに酒場に光が差し込むとともに、いつもの喧騒が聞こえてくる。


「いらっしゃいませ、ようこそ冒険者ギルドへ!ご依頼なら張り紙からお願いします!」


 受付嬢の声とともに何人かの男がこちらを向く。


「おおサルトにシャックじゃねえか!今日も無茶な依頼受けに来たのか、ハハハ!」

「今日は少し違うぞ」

「?」


 サルトが話している間に、シャックが受付のカウンターに歩を進める。


「いらっしゃいませ!ご用件は何でしょうか?」

「パーティーの昇格試験を受けたいのですが」


 カウンターを握るシャックの手は、少し震えている。


「はい!昇格試験ですね!シャック様方のパーティーは……」


 ギルド内が少しざわつく。


「Aランクへの昇格試験ですね!試験内容を確認するので少々お待ちください」


 受付嬢が裏の方に消えると、周りの冒険者たちがサルトとシャックに群がってくる。


「おいお前らAランクになるのかよ!」

「いやまだ決まったわけじゃないからな!?」

 シャックが焦ったように返す。


「先月Bランクになったところだろ!?」

「まあな」

 サルトが誇らしそうに返す。


 サルトたちが質問攻めを受けている間に、受付嬢が戻ってくる。


「お待たせして申し訳ありません、ただいま確認いたしましたところ、キリングベアーを3体、デスファング・バジリスクを2体……そして、グリフォンを1体この中から1つお選びいただく形になります」


「ううん……おーい!サル━━━」

「グリフォンにする」

 シャックの声を遮って答えた。


「おい!勝手に決めんなよ!すみません、もう少し話━━━」

「はい、では馬車を手配いたしますので、明日南門のほうまでお越し下さい。……まあ祈りはしておきますよ」

「俺の意見はぁぁああ!?」


 シャックがサルトに詰め寄る。


「おい俺らパーティーだよな?!パーティーだよなあ?!」

「いやいいだろ一番近いんだし。南の森だろ?」


 ギルドの喧騒が勢いを増す。


「シャック諦めろ、骨ぐらいは拾いに行ってやるダハハハ!」

「縁起の悪いこというんじゃねえ!!」

(あれそういえば、あの受付嬢何か言ってたような……)


━━━翌日、サルトとシャックは南門に来ていた。


 正面には馬車が止まっていて、前には中年の男が座っている。


 男がサルトたちに顔を向ける。


「お、あんたさん方かい、わざわざグリフォン選んだっつー受験者たちは?」

「はい、今日はよろしくお願いします」

「おうよろしくな!」


 サルトは素早く馬車に乗る。


「お、おう……」


 シャックは馬車の方へ歩を進める。

その足は鉛のように重い。


二人が乗ると、馬車が動き出した。


「サルト、今ならまだ━━━━━━」

「大丈夫だ」


サルトは力強くシャックを見つめる。


「……ああ、そうだな」

 シャックは拳を強く握りしめる。


 その手にはもう、微塵の震えもない。


「なあサルト、帰ったら祝い酒だ!頼んだぜ、相棒!」


「ああ」


 サルトたちの馬車は、向かう地とは裏腹に観光道中のような盛り上がりをみせていた。

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