第2話 ハベルの成長。そして謎。

━━━あれから3ヶ月が経った。今でもあのことは強く覚えている。あの異質感、重厚感、あれらは何だったのか、夢だったのかさえもわからない。

 しかしもうそのような感じはせず、違和感も特になく生活している。

 生後6ヶ月だった俺は━━━━━━


「お…おお!!」

「あ…あなた、この子…!!」

「「は、ハイハイが!!」」


 サルトとカナンは、俺の一挙手一投足を喜んでいる。

「まだ半年よね……ハベル坊っちゃまちょっとすごいわね…」

「は…ハベル坊っちゃま…ぐすっ私はっお世話係としてっうぐっ」


 タエは目に涙を浮かべている。


「ええ……何泣いてんのよ……」

「だってぇ……」


 メイド同士の会話をよそ目に、俺は父と母の方に手と足を進める。


「そう、そうだ!ハベル!」

「いいわよ、その調子!━━━━━」

 2人は手を広げて俺を迎える。


 間もなく1階でノックの音がする。


「サルトォ!おーい!」

 外からの声が響き渡る。


「あら、あの人よあなた」

「まったく、こんな時に……」


 すると、扉が開く音とともに駈ける音が近づいてくる。


「ご主人様!シャック様がお見えです」

「分かってる、今行く……はあ」

「いつになく大きなため息ねえ、さっき掃除したから多分ホコリたくさんあるのに」

「ゴホッ!ゲホゲホ!」


 サルトは咳をしながら部屋を出た。


 急いでいたのか扉は閉まり切っていない。


 そのかすかな隙間に、柔らかな光が差し込む。

 それはまるで、おもちゃのように無性に俺の気を引いてくる。


 俺は導かれるが如く一心不乱に手を足を伸ばす。


 タエと横のカナンが声を上げた。

 

「あ━━━━━━」

「ハベル坊っちゃま!」


 地を這う獣のように四肢を回し、前へ前へと体を進める。


「お待ちくださいハベル坊っちゃま!」


 扉を超えても俺の歩は止まらず風を切って進んでいく。


 すると、後ろの扉が開きタエから俺を隠す。


「どうしたんだタエ、そんな騒いで、らしくないぞ」

「ほんとにどうしたのよタエちゃん」

 現れたのはアラムとダフネ。


「アラム坊っちゃま、ダフネお嬢様!ハベル坊っちゃまが……ってはや!!」

 タエによる二人への説明は、目の前の光景に遮られた。

「待てハベル危ないぞ!!」

 アラムは俺を追いかけようとするが━━━━


「待て待てハベルーー!!」

 ダフネが先に追いかける。

 

 後ろからカナンが顔を出す。

「ねえそっちにハベルが━━━━あらぁふふ」


━━━━━その頃、サルトと訪問者のシャックは玄関で談義に勤しんでいた。


「なんか上、騒がしくねえか?」

「たしかにな、ハベルがどうしたんだろうか」

 シャックが顔をしかめる。


「ん?ハベルってのは誰なんだ?」

「ああ、俺の息子だ」

「は?」

 当然のように答えるサルトにシャックは啞然とする。


「なんだよ」

「い、言えよぉぉ!!」

「だがお前、声大きすぎてまだ赤ちゃんだった頃のアラムもダフネも毎回泣いてただろ。あと顔が怖い」

「最後のはどうしようもねえだろ!」

「まあな」

 サルトは小さく笑った。


「それはすまんってところだが……せめて祝い酒ぐらいはさせてくれよ、相棒だろ?」

「まあそれはすまんな」

「お前いつ空いてる?」

「ええと…なあ、いつ空いてる?」

 サルトは後ろを向いてメイドに聞く。


「はい、確認してまいります」

「ああ、頼む」


 メイドはそそくさと2階に上がる。


「ところで今何歳なんだ、そのハベルは?」

「半年だが」

「ほーう、じゃあダフネ嬢とは4個差か……あの子、相当そのハベル坊にベッタリだろ?アラム坊は……ダフネ嬢に甘やかすな!!とか泣いてるハベル坊にストレア家たるもの!!とか言ってるとみたぜ」

「なんで全部わかるんだ…気持ち悪いぞお前」


 中から階段を下りる音がする。


 走る音の後扉が開き、先程のメイドがもどってくる。


「ご主人様、お待たせしました」


 サルトはメイドの方へ振り向く。


「かまわない、で、どうなんだ?」

「はい、来週の土曜日、日曜日はそれぞれ一日中空いております」


 サルトはシャックの方へ体を戻す。


「らしいが?」

「ならその日にしよう!」

「2日連続か?」

 サルトは疑うような顔をする。


「あたりめえだろ!そりゃ空いてりゃ使うぜ!」

「まあいいか」

「1日目は出産祝い、2日目はハベル君のお披露目会ってのはどうだ!」

「それ分ける意味あるか?まあ…いいだろう!」

「お前も嬉しそうじゃねえか!この!」

「うるさいぞ」

「じゃあとりあえず、狩りいくか」

「ああ、なあ、カナンたちに狩りに行くことを伝えといてくれ」

「はい、承知しました。行ってらっしゃいませ」

 メイドは深々と頭を下げる。


「ああ」

 

 メイドは頭を上げ、中へ戻る。


 先程までのサルトとシャックの話し声が、メイドたちの話し声に変わる。


「ところで、ほんとに上はどうしたのかしら」

「さあ?ハベル坊っちゃまが何かされたんでしょ」


━━━━━━その頃、俺は尚もハイハイを続ける。


 後ろからはタエとアラムとダフネが追いかけてきている。


後ろで見つめているカナンが


「別に追わなくてもいいのに、だってその先は━━━━━━」

 

 俺の目の前にはいくつもの崖が並んでいて、突っ伏し尽くしてしまう。


「な、なんでハイハイでそんなに……ハベル…もしかして、いやそんなわけ……」

 アラムは起きていることが信じられないような顔を浮かべる。


「す、すごいハベルー!」

 ダフネが駆け寄って、俺を抱えあげる。


「ハベル坊っちゃま、危ないですから部屋に戻りましょう?ダフネ様、ハベル坊っちゃまをお部屋まで運びますのでお渡し願えますか?」

「タエちゃん、私が持っていってもいい?」

「ええ……構いませんが」


 そして俺は、部屋に戻されてしまった。


━━━━━その夜、サルトとカナンとタエが話し合っていた。


「奥様、なぜ私まで……」

「だってあなた、あの子の世話係でしょう?」

「では、ハベル様についての話し合いを?」

「ええ、あのことについてよ」

「カ、カナン、ハベルがどうしたんだ?昼間に上で騒いでた事が関係あるのか?」

 サルトが心配そうに聞く。


「ええ、そうよ。あの時、ハベルがすごい速度でハイハイしていたの」

「ええ、見た事のない速度のハイハイでした、まるで小走りしているかのような」


 サルトは顔の疑問符を増やす。


「あれはおそらく、‘’魔法”よ」

「「ま、魔法!?」」

 サルトの表情がタエに広がる。


「だ、だが俺は教えた覚えはないぞ!!」

「そ、そうですよ!それに教えるにしては早いです!」

「ええ、それは知ってるわ。だから何か秘密があるのかも…」

「何かってなにが……」

「分からないわ、でも、これだけは確認しておきたいの。あの子にたとえ何があっても、私たちの子で、このストレア家の━━━━」

「家族よ」


 カナンは拳を強く握る。


「ええ、もちろんです」

「ああ、分かってる」

「これから、あの子を守るために私たちが見守ってあげる必要があると思うの、協力してくれる?」

「はい、とうぜんです」

「ああ、もちろん俺たちの大事な家族だからな、守るのは当然だ」


 3人が決意した瞬間だった。

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