『続』の章(五)

 昼休みが終わる直前、ねねは席についてると、くるりと広大がこちらを向いて困った顔をしている。

 何か言いたげだが、口はもどもどと動き、

「あ、え、夜波、さん」

 さきほどのこともあって、ねねは広大が協力してくれたことが嬉しかった。それに仲間意識もでき、自分一人が、この学校のムードを嫌がっていることを知れて、

「なあに?」と柔らかく聞く。

「さ、さっき、は、その、急に、ごめん、ね」

「いいよ、教えてくれてありがとう。結城くんのおかげで『裏田さん』退治の一歩が近づいたよ!」

 耳まで赤くした広大は視線を彷徨わせながら、

「さっき、あにが、言ったように、七不思議、聞いて、おくね」

「無理しなくていいよ? 怖い話ダメなんでしょ?」

 それに首を振って「僕が、ふたりを、巻き込んだ、から」と自信なさげに言う。

 広大にとって、ねねと真琴を身内の行為に巻き込んだように思っているのだろう。

 確かに生徒会グループの実情を知って「またチャレンジしたいなら」と言われたのだから、広大にとっては気が気でないのだ。

「巻き込まれたなんて思ってないよ。わたし、元々調べてたんだし、どうやって生徒会の話を聞けるか悩んでたから、結城くんが教えてくれてよかった。本当にありがとう」

「あうぅ、うん」

 そうやりとりしているうちに先生がやってきて、会話は切り上げられ、広大もねねも前を向いて授業に集中する、のだが、ねねは先ほどのノートを開いて『人為的』という円を作った。

「はらわた探し、か」

『裏田さん』に近い存在か。しかし、はらわたを探すよう促すところは違うように思える。それに『犯人』になれて、簡単にバレたところをみるとリスクがある話だと思う。

『犯人』、これを生徒会長である悠大は探している。

『裏田さん』に『犯人ひと』はいるのだろうか。

 かの探し人は、話を聞いていると概念的で、こちらを害そうとはしていない。

 確かに注目の的にはなれるけれど『準備そうび』が面倒だ。

『真正面からやってくる男子生徒または女子生徒またまた成人した男女のいずれか』

『裏田さん』は前から、はたまた後ろから、いつの間にかのっしりと現れて、何をすることもなく通り過ぎていく』

 あれ、とねねは思う。

 純菜は『いつのまにかグループにいた』と言っていた。

『噂』とは、まったく違う。それに気づいて、ねねは悠大が言ったように『人為的』な者なのではないか、と思ってしまう。

『背中には頭に顔、肩に肩、腹には腹、足にはしっかり足がくっつき、頭の顔が、にやりと笑う』

 純菜は真正面から見て、腰を抜かしていたけれど、うしろはしっかり見たのか。

 ねねと真琴は倒れている純菜の背から見ていたのと、純菜を助ける気持ちでいっぱいだったから、ちゃんと見ていないし『裏田さん』が追いかけているのかも分からなかった。

 情報が足りない。

 はあ、とため息をついて、外を見た。

 さわさわと葉が揺れ、風が吹いているなあと思わせる。

 演劇部の部室、音楽室の窓は、今日も開いているだろうか。

 サクラが一番に音楽室に入り、窓を開ける。

 それを百合姫は嬉しそうに笑っていて、

「……亜鈴柀ありすぎ先生」

 彼女に聞いてはどうだ? と頭の中で声がする。

 そうだ。ずっと生徒から聞くということばかり考えていたけれど、教師に聞くという選択肢を忘れていた。

 くー、と目を瞑って、自分の視野の低さに叱咤する。

 生徒会、陸上部、体育館組、そして当直の先生、演劇部の奴井田ぬいだ部長。

 そして、そのほかの先生。

 あの日、亜鈴柀サクラはねねに意味深な言葉をかけていた。

 まるで肝試しをするのが分かっているように。

 本当は、教師にバレるのは不味いのは重々承知の上だが、あの百合姫が気を許しているサクラに聞くことは、きっと間違いじゃない。

 もう百合姫から、昨日のことを聞いているかも知れないし。

 ねねは出てきた六つ目の『取材』先を掘り起こして、またため息をついた。

 今日も早く部室に行こう。おそらく百合姫とサクラがいるはず。

 ぺちぺちと頬を叩いて気合いを入れる。

 そうしているうちの午後の授業は終わり、急いで席を立つと、

「結城くん、これメッセージアプリの番号! もし夜に聞けたら、ここに送ってね!」と返事を待たずに去り、

「あまちゃん、明日ね!」と廊下側の一番前席の真琴に言い残して、ぱっと駆け出していく。

「じゃねー、ねねちーん!」

 その言葉をもらい、ねねは急いで音楽室に向かった。そして当たり前のように音楽室の鍵は開いている。

亜鈴柀ありすぎ先生! 百合姫先輩!」

 ぱっと入ると、やはり二人ともいた。

 いつも通り、サクラは窓を開けて目を見開き、百合姫は「ん?」というように、こちらを見る。

「あ、あの、亜鈴柀ありすぎ先生! もう百合姫先輩から聞いていると思うんですが、昨日の肝試し、いや、えっと、この学校の七不思議って『裏田さん』の前にありますか!? 生徒会長の結城悠大ゆうきゆうだい会長からは『はらわた探し』というのは聞きました!」

「落ち着け落ち着け」

 サクラは笑いながら、ねねの勢いを抑えつつ、

「百合姫先輩と、昨日、肝試しをしたの?」と言う。

「あ、はい。あの友達が強制的に参加させられてて、それを助けたくて」

「ん、それじゃあ、今の夜波は禁止されている肝試しをしたっていうのを教師にバラしているワケだけど」とサクラはにやりと笑う。

「あうっ」

「でも、そこじゃないよね。七不思議かあ」

 肝試しを追求せず、ねねがほしかった情報を考えてくれている。

「わたしがいたときは、確か『かくしさん』というのが流行ったかな」

「え」

 ちょっと待ってくれ、とねねは固まる。

「先生、ここの卒業生となんです、か?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

 窓のサッシに腰を預けつつ、サクラは「そうだっけ」という顔をする。

「わたし、ここの卒業生」

 ぶわっと、ねねの中で「あたり!」と表示される。

 鞄を置いて、中からメモノートを取り出すと、そこに『隠しさん』と書く。

「『かくしさん』って物を隠すの隠しですか?」

「そうそう、それに「さん」つく。それとなんだったかなー、プールの水が赤くなる。学校のどこかに首が積まれてる。その首の持ち主たちが追いかけてくる。締めた音楽室の鍵が開いていて窓が開いている。あ、『隠しさん』を見た人は怪我をする。あとー、あー昔すぎて忘れたわ」

 指折り数えていたサクラは、首を回しながら言葉にするが、どんどん小さくなって、最後に「わからんっ」と付け加ええた。

「『隠しさん』って、どんな怪談なんですか?」

 他は、なんとなく想像がついたが、最初に出てきた『隠しさん』の実体が分からない。

「名前の通り、隠すんだよ。あ、分かんないか。人をね、神隠しすんの」

「事件じゃないですか!」

 そうそうとサクラはねねに同意する。

「でも、流行ったんだよなー。て、いうのも、本当に神隠しにあった人がいてさ。それのせいで『一人でいると攫われる』てね。夜な夜な『隠しさん』が徘徊してるとか。その姿が背が高くて、うちの制服が替わる前の学ラン姿で攫った相手の返り血がついてるって」

 そこでサクラは止めて「ん?」と言う。

「今の『裏田さん』に似てんな」

「ですよね! ですよね! ですよね!」

 ねねの勢いにサクラが「どうどう」と馬をいさめるように肩に手を触れて押さえる。

 学ランと血だらけだけで、ねねは興奮する。もう答えが出た気がしてたまらないのだ。

 しかし、容姿が微妙にズレているし、目的もしっかりしていて怖い。

「ですよね、ていうけどさ、『裏田さん』は脅かすんでしょ。ちょっと違くない?」

「そう、ですよね」

「夜波さ、どうしたの。何か調べてんの?」

 サクラに問われて、ねねは昨日あったことを洗いざらい話した。

 隣にいる百合姫も台本を読みながら聞いている。

「なるほどねえ。でも『隠しさん』じゃ、『裏田さん』の『噂』を隠せないんじゃない? 『隠しさん』はさ、明確な目的と悪意があるけど、『裏田さん』は目的はあれど悪意はないし」

 そう言われると、そうだ。

「じゃ、じゃあ、『隠しさん』が集めた生徒の身体を背にくっつけてるのはどうですか?」

 ねねの言葉にサクラは笑う。

「ホラー度があがってない?」

「でも、見せつけているだけのどうしようもない存在だって感じに」

 んーとサクラが腕を組み替えた。

「実際に一人は連れ去っているワケだけど。『裏田さん』っていろんな姿で出てくんでしょ? ちょっとパンチが弱いんじゃない?」

 それに神隠しは本当だし、とサクラは付け加えて苦笑いする。

「そう、ですね」

 ねねは、がっくりと項垂れると「この『隠しさん』は流行らせてはいけない『噂』」だと、頭の中で警鐘がなる。

 もし『隠しさん』が『裏田さん』の前例として、純菜が攫われたとか言われたら学校が大騒ぎになるだろう。進化しているんだ。

「わたしは『隠しさん』は抜きにして、結城みたく『裏田さん』の『犯人』を見つけるってのが近道だとは思うけど」

「教師として生徒を捧げ物にしていいんですかっ」

「はは、不味いよな。というか生徒会が主体か。これはなあ、もう肝試しすんなって言われている中の出来事だから、わたしとしては止めないといけないんだよ」

「先生は、今の学校の雰囲気、イヤじゃないですか」

「嫌だよ」

 はっきりと言われて、ねねは顔を上げた。

「『隠しさん』の時みたいで嫌だ。いなくなった人を玩具にして、あれだこれだと言われるの」

 サクラの目は、どこか遠くを見て、薄暗い色をしている。

 嫌悪とは違う、達観とも違う、諦めとも違う。もっと何か暗い隠し事をしているような。

「いなくなった人と、知り合いだったんですか」

 ねねの言葉に、サクラは薄く笑う。

「うん、先輩。恋愛っていう意味で好きだった。今、先輩なにやってんだろうね」

「でも、いなくなっちゃって」

「……」

「探しているんですか」

「……ここに帰ってきた理由の半分以上がそれかな」

 ぽろぽろと零れる言葉に、ねねは少しだけ寒気がした。

 亜鈴柀サクラは諦めていない。

 まだ、ここで先輩を探している。

 横にいた百合姫が、ぱたんと台本を閉じて表紙を撫でた。

 題名は『百合色サロメ』

 まるで羽花無百合姫はかなしゆりひめのために書かれたような台本だった。

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