5.滅びてから
「日本は滅びちゃったのか」
バーチャル空間には、もはや何もない。最初の状態、ニホが目の前に立つだけの空虚な場所だ。日本が滅びるまでの話が終わったということだろう。
「えぇ、国家としては分割統治された際、実質的に。文化としてはその後に始まったハイニチ政策が進むことによって」
「ハイニチ政策?」
「日本を排斥するで排日、もしくは日本を廃棄させるで廃日です。テロ対策として過激な表現や大日本帝国時代以前から続く日本文化の大半を禁止。食糧不足の改善を目指しての日本人であった者に対する人口抑制。経済復興に向けての労働提供という名目でのビー国及びシー国からの入植促進及び公用語からの日本語抹消。そういった政策が断行されました」
「そんなのそれこそ民族浄化じゃないか」
「えぇ、しかし、エービーシー統治連合が民族浄化ではないと言ったならば、民族浄化ではないんです。ハイニチ政策に反抗する者は排外主義者の不穏分子として処罰されました。人権団体が深く憂慮すべき人権侵害だと声明を出すことはありましたが、国際世論は容認する向きが強かったんです」
「なんで……」
「過激な排外主義者として日本人による外国人殺害が様々なSNSで
――ひどすぎる。いや、そんな言葉でも足りなくて、なんと言えばいいのか分からない。
「日本人は土の
「そんな状況、みんな耐えられたのか?」
「日本が死ぬなら私も死のう。そんな言葉が流行していました。こんな理不尽がまかり通る世界なんて捨てて転生しよう、なんて言葉も目立ちましたかね。餓死者が出始めた頃から、実は餓死者より自殺者が多かった可能性もあるようです。集計自体が実施できる状況ではなかったですし、統治連合も情報を伏せていたので正確な数字は分かりません。しかし、エー国に残された記録では数百万で済んだのかどうかすら怪しい、桁がもう一つ上なのかもしれないと言及されていました」
当然、耐えられない人もいたということだ。日本に残っていたのは日本から逃げる選択を取れなかった人々が多かったとすれば、逃げ場が他になかったということなのかもしれない。
「日本死ね、なんて言葉が流行語となっていた時代もあったようですが、その頃に望まれた通り、本当に日本が死んだら日本人も死んじゃったんですよね」
日本が死んだら日本人も死んじゃった。言葉として表現されているもの以上の何かがあるように思えた。その何かは意味ある形にはならなくて、けれど消えていくわけでもない。
「日本人ではなくなった人たちがひどい目に遭うことは?」
「ひどい目、というなら誰しもが、というほどだったと思いますが。例えば、ビー国とシー国が統治していた地域では、ドラッグ漬けにされた後にドラッグを与えることとの交換条件での肉体労働や人体実験あるいは臓器提供への協力を求められた人々もいたようです。あくまでエー国に残った記録の中でも確証が得られていない情報なので、本当の話かは分かりませんが」
「エー国に記録が?」
「はい。ただし、私のお伝えした話、日本が滅びるまでの記録については、既に表向きでは失われています」
「なぜ?」
「統治連合、特にビー国とシー国にとって不都合な情報は消し去られて他の情報で上書きされたからです。世代間で文化を継承するのに必要な教育もメディアもコンテンツ産業もあらゆるものが奪われてしまっていました。結果、日本人から見た歴史を広めていくことはおろか、正確に何が起こったのかを残していくこともできなくなったのです。人工知能による厳しい監視網がしかれた統治連合の制圧下では口頭継承すら不可能でした。エー国へと亡命できた者の証言に基づく記録が機密情報として残るのみです」
昔からよくあったことだ。不都合な情報が消されてなかったことにされ、他の情報で書き換えられる。情報の抹消とか、改ざんとか、そういうもの。
でも、と思う。
昔は情報を残すのも共有するのも手段が豊富ではなかった。口伝えで残すか、書き残すかのどちらかがほとんどで、誰もが情報を残せるわけではなかった。その代わり、一度でも本などの紙媒体でしっかり残されれば、長く深く残され続ける情報が多かった。
今は情報を残すのにも共有するのにも様々な手段がある。文字だけではなく、写真や動画がある。誰もがスマホ片手に動画を残せてしまう。その代わり、雑多な情報に埋もれてしまうことが多い。昔に比べれば、情報の移り変わりが激しく、次々と生じてはどこかへいってしまう。紙媒体で残されることも減っている。
これからはどうなのだろう。ニホの話からすると、正確な情報を残すことが難しくなってしまうのだろうか。
「もしかして日本があったことすら消されちゃうのか?」
「その方が体制側にとって都合がいいとなれば、ですかね。統治連合からすれば、皆でなんとか打倒した悪として語られる面が大きいので、日本よりも大日本帝国の
「大国の都合次第か」
「はい、正確には大国を支配している一握りの何者か次第です」
なんで日本は滅びるのか、と思っていた。ニホの説明で、なんでの理由は分かってきたように思えた。でも、なんで日本は、と今でも思えてしまう。
滅びてしまう原因となった何かがあるのではないか。ニホの瞳をシャンパンの
「そうか、人工知能か。ビー国の人工知能が全ての裏にいたのか」
世界恐慌、企業買収、SNSでの真偽不明の情報拡散、もしかしたら国会爆破やエー国での暴動にもビー国の人工知能が絡んでいたのかもしれない。
「えぇ、ほぼ確実に。ビー国では国家体制の維持のため人工知能が盛んに活用されており、人工知能の発言は国家元首以上の影響力を持っているなどとまで
「まさか、そんなことまで?」
「分かりません。可能性としては低いとなっていましたが、噴火や地震が起こった地域周辺の土地をビー国の関係者と思われる人物たちがいくつか買っていた状況は実際にあったようです。少なくとも噴火や地震の発生を人工知能で独自に予測しようとしていたのは間違いないという報告も存在しました」
もし、いつ発生するのかを予測できたとしたら、と考えてみる。
日本が滅びることは、どの段階で予測できたのだろう。いや、違う。日本を滅ぼすことは、どの段階から計画されていたのだろう。
もしかしたら、日本を滅ぼす計画自体を作ったのすらも人工知能なのだろうか。
日本が滅びるまでに起こったこと全てが人工知能なくして起こらなかったように思えてくる。
人工知能によって社会は変わり始めている。そんなことは分かっていたはずなのに、分かっていなかった。
生活に変化が
「全て人工知能のせいなのか」
足元が崩れていく感覚がした。
ニホンタスケテさんが伝えてきた「助けて」と「滅びる」が本当にこの日本のことなのだ、と実感し始めたのだと思う。
とはいえ、ふわふわ夢を見ているような気分なのだけれど。
——でも、なんていう皮肉だろう。
人工知能の発達で滅びてしまうことを、人工知能が発達することで生まれたニホから教えて貰うなんて。
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