第8章 2216/11/02

 伏見は立ち上がり、

 そして静かに、生徒たちを見渡しながらこう言った。


 『君たちは夢を見ない。だが、夢を“知らずに信じる”者こそ、最も純粋な夢想者(ドリーマー)なのかもしれない。』


 ハルも、静かに口を開く。


 「先生…………夢を見たいか?見たくないか?そう聞かれたら、僕は見たい、見てみたいと答えます。

 その僕の夢が、僕に与える影響が、僕にとって如何なる結果であろうと決して僕自身、揺らがない。」


 ──伏見はしばらく沈黙したまま、ハルの方をじっと見つめていた。珍しく、生徒の言葉に返す言葉をすぐ持たなかった。だが、その目は静かに熱を帯びていた。


 やがて、伏見はふっと微笑んで、こう言う。

 

 『……そうか。君はそれを“決意”と呼ぶのだな。多くの人間が、“何が正しいか”を外から与えられる時代に──自分の内側で、正しさを形づくろうとしている。』


 『ならば、私は何も言わない。君が夢を見たいと思ったなら……その“願い”だけで、君はもう充分、夢を見ているのだと思う。』


 伏見は黒板を背に、教壇の前へ歩み出る。


 『他人が与えた夢は、ただの幻想にすぎない。自分で選んだ夢だけが、“現実を変える嘘”になる。』


 『そしてその嘘を──

 君が人生でたった一度でも本気で信じるなら……

 私は、教師としてそれを止める権利を持たない。』


 伏見はハルの目をまっすぐ見据えて、短く言い放った。


 『見たいなら、見ろ。

 夢は、見る者を選んでなどいない。』


 そして静かに、教室に鐘が鳴る。

 伏見は、教室を静かに出ていく。

 残された生徒は、白い紙に書かれていた文字を見ていた。


 2216/11/02 新宿


 残り3日、SNSを中心としてこの言葉は生徒達、いや生徒以外も含めて、やがて総てを巻き込んでいく。

 「俺は、新宿蜂起に行って抗議する」

 「当然の権利を私達は勝ち取るべき」

 「夢を奪った世界に反旗を翻す」

 「2200以降の子供達の夢を取り戻そう」

 「都民じゃないが賛同、新宿蜂起に参戦する」

 「D.N.S.C.法をぶっ潰せ!!」

 

 この事態を、国連及びWednesdayも当然掌握。

 Wednesdayは国連経由で日本に指示を出す。

 

 指示を受けた日本国では、緊急特別国家修正会議(NSRC:Emergency Special National Statute Revision Council)を開催。

 政府はこの新宿蜂起を非常事態と捉え、秩序維持・国民保護を目的として、日本国憲法では認められていなかった、「戒厳令」を発令した。政府はあらゆるメディアで、新宿蜂起に参加しないよう呼び掛けを行なった。


 2216年11月01日

 金曜日。


 新宿は戒厳令下に置かれ、住民の安全地域への移動、オフィスや店舗の全てをクローズ。大型のフェンスが立ち並び、人の出入りを禁じた。フェンス前後には全国の機動隊及び自衛隊が派遣されて新宿を取り囲む。

 

 日本国首相、ぶら下がり会見での発言。

 「D.N.S.C.法が適用されたからこそ、今の美しい日本の秩序が保たれているのです。私達政府は、国民から夢をお預かりする代わりに国家的な安全を提供してきました。この秩序を維持する事こそ、我が日本国に必要不可欠な事である、事をご理解いただきたいと思います。」


 戒厳令下の新宿は、静かにその時を待つ。

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