アルカルロプスの少年 [改定版]

大橋 知誉

1.死にゆく人類の決断

 ハンナを乗せた恒星間宇宙船アルファ号は目的地の うしかい座μ星、通称アルカルロプスの系内へ入った。4時間前にコールドスリープから目覚め、ようやく調子が戻って来たとろだ。

 あと一時間ほどで同乗者のユウマを起こす時刻となる。


 窓の外を見ると、3つの太陽が目視でも識別できた。

 アルカルロプス系は、1つの大きな恒星のまわりを小さな2つ連星が周る、3つ太陽を持つ天体なのだ。


 その太陽たちの周りには現時点で八つの惑星が確認されており、そのうちの第四惑星から我々地球人は電波を受信した。

 その電波は、単純なオンオフの信号だったが、ひたすら2から19までの素数を繰り返し送ってきていた。


 それは、ここに数学のわかる者がいるぞ、と我々に伝えてきているものだった。


 地球から観測しうる情報からすると、そこは地球上の生命が生息できるような環境はない様子だった。


 だけれども、何かしらの文明がある可能性が期待された。


 人類はアルカルロプスへ向かうことを決定した。


 地球からアルカルロプスまでは約114光年の距離がある。


 人類がそこへ辿り着くためには、船内で世代交代を行うかコールドスリープ技術を使うかの二択となる。


 その両方を考慮して恒星間飛行が可能な有人ロケットの開発が進められた。


 そして先に完成したのが、コールドスリープ機能を備えた第一号機 アルファ号だった。


 アルファ計画が成功する可能性は 0.005%。しかも片道運行だ。


 それでも人類はこの旅に賭けなければならなかった。


 その先にあるのが仮に “死” だったとしても誰も気に留める者はいなかった。

 辿り着いた先が人類の生きられる世界でなくても、仮に、文明も何もなかったとしても、もはや何でもよかった。


 とにかくどこか、向かう理由のある場所が必要だった。


 なぜならば、人類にはわずかな時間しか残されていなかったからだ。


 度重なる戦争や環境破壊による核汚染や異常気象で、地球にはもはや生命を維持する能力がなくなってしまったのだ。


 これまで移住の地を求めて系外惑星の調査を行って来たが、地球の生態系をまるごと移動できるような距離に該当する惑星は存在していないことがわかった。

 人類は移住の望みを捨て、地球と共にその歴史に幕を閉じることを選んだ。


 ただし、わずかな人数でも太陽系外へ送り出したい。ほぼゼロに近くてもいい、人類存続の可能性を残したい…それが全人類の希望だった。


 ハンナは人類の希望を乗せたアルファ号の船長に抜擢されたエリート飛行士だった。成績優秀で宇宙訓練学校を主席で卒業した彼女が選ばれることは必然だった。

 他の乗組員は、長い話し合いの結果、一般公募されることとなった。


 志願して来たのは、生物学者であり医師でもある多田ユウマを含む、十五名の学者たちだった。


 こうして彼らは、人類の夢を乗せて地球を旅立ったのだが、出発してから数ヶ月もたたないうちに、参事は起こった。


 乗組員たちの間に原因不明の呼吸器疾患が相次ぎ、懸命の治療むなしく、太陽系を出るころには、ハンナとユウマ以外の全員が亡くなってしまったのだ。


 ハンナとユウマは引き返すことも検討したが、アルファ号は大気圏に再突入させると使えなくなってしまう。

 もう一度、これと同じ船を作る時間も体力も人類には残されていなかった。


 そう、彼らが地球に戻るということは、人類が誰一人として系外へ脱出せずに滅亡することを意味していた。


 ハンナとユウマはこのまま旅を続ける道を選んだ。


 この世を去った仲間たちは、船内の施設で火葬にし、遺灰は宇宙へと帰した。


 地球にはこの件は報告しなかった。


 ハンナたちは託された夢だった。夢は夢のままで終わらせるべきだ。


 二人きりになってしまったハンナとユウマは予定よりも早く眠りにつき、アルカルロプスを目指した。

 そこにもしも未知の文明があるのならば、こうして多くの犠牲を出しながら、人類と離別してやって来た甲斐があるというものだ。

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