閑話 デビュー?
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「二人ともこの一年で身体能力が凄い成長してるねー。若いからまだまだ伸びるとは思ってたけど、この伸び具合はちょっと予想以上かな。もう少し厳しめにしても大丈夫そう」
「はぁ、プロの練習より、はぁ、全然厳しい、はぁ」
「はぁ、大学の練習より、はぁ、全然厳しい、はぁ」
ほぼ年末で、世間はすっかりお休みムードだが、俺と由美は鬼トレーナー伸二の指導の元、砂浜でひたすら身体を虐められていた。
俺と由美では練習メニューが全然違うが、伸二は俺達用のメニューをちゃんと考えてくれてたらしい。二人して一通りのメニューをこなした後、砂浜で大の字になって倒れた。
「うん? 誰か来てるね? お客さんかな? 確か、今日は予約が一件あったはずだし」
「なぬっ…。ふぎぎぎ…こんな情けない姿を見せる訳には…」
砂浜にぶっ倒れながら、なんとか体力の回復を図ってると、伸二が誰か見てる事に気付く。俺もそっちを見ると、明らかに観光客って感じの人が座って俺達を見ていた。
俺は疲労困憊の身体をなんとか起こし、その辺に放り投げたTシャツを着て、その人の元へと向かう。
俺達が向かって来る事に気付いたのか、観光客の男の人は慌てて立ち上がって、ガチガチに緊張した表情。
「どうもー」
「ど、どうも。すみません。お邪魔でしたか?」
「いえいえ。この場所は俺達のものでもありませんし、見られる事も承知の上でやってますので。あ、俺は狭山一馬です。旅館のお客様ですか?」
「そ、そうです。お母様にここに行けば、狭山選手が居ると聞いて…」
「おおー! 俺に会いに来てくれたんですか? 嬉しいです!!」
どうやらこの人は旅館のお客さんで、わざわざ俺に会いに来てくれたらしい。今は長期休みシーズンではあるけど、年末って事もあってお客さんは少ない。
一人でこんな時期に来てくれるって事は、よっぽど熱心なオルカファンなんだろう。もしかしたら俺推しかもしれない。これは大事にせねばなるまいて。
「ほほー。ゲーム実況者さんなんですか。それが俺のせいで日本一周する事に…。それは、なんか申し訳ない事をしたというか…」
「い、いえいえ! ありがたい事に動画は伸びてますので!」
このお客さんは荒井仁さん。
アラジンってチャンネル名でゲーム実況者をしてるらしい。ぺぺぺーっとスマホを操作して見てみると、某野球ゲームなんかを主にやってるっぽい。
今はゲーム実況を休止して、自転車で日本一周の旅をしてるらしく、そうなった原因が俺にあったらしくてびっくり。
俺が三者連続バット折りをした事で、こんな事になってるとは…。
「まあ、ゆっくりして行って下さい。旅館の料理は俺が言うのもなんですが、絶品ですよ。楽しみにしてて下さいね」
「あ、ありがとうございます」
マミーとパピーの料理は本当に美味しい。
旅館のリピーターさんの大半は料理目当てと言っても過言ではない。
せっかくこんな辺鄙な島まで来てくれたんだから、せめてそれぐらいは楽しんでもらわないとね。
「じゃあ、俺はもう少し練習の続きがありますので」
「あの! 写真とか動画は撮っても大丈夫ですか?」
「え? あ、はい。ご自由に……うん? 大丈夫なのかな? ちょっと待ってもらえます?」
アラジンさんとお喋りする事15分ほど。
休憩時間もそろそろ終わりで、また身体を虐めないといけない。
そんな時、アラジンさんが写真とか動画の許可をとってきた。俺はいつも通りご自由にどうぞと言いそうになって、少し考える。
写真を一緒に撮ったりして、それがSNSとかにアップされるのは問題ないが、動画サイトは大丈夫なのかと。
『問題ないですよー』
問題なかった。
球団と芸能事務所に確認してオッケーをもらいました。ユニフォーム姿で出るなら、球団に事前に許可をもらわないといけないっぽい。
ただ、それ以外はご自由にって感じ。
思えば、現役プロ野球選手でもゲーム実況とかしてる人も居るしな。
「由美ー! 伸二ー! 動画撮っても大丈夫かー?」
「「大丈夫ー!」」
「アラジンさん、大丈夫みたいです」
「お手数かけてしまって…。ありがとうございます」
「いえいえ。カッコよく撮って下さいね」
ふむ。
アラジンさんが今日撮影した動画を自分のチャンネルにアップするのかは分からないが…。
俺もYeahTubeデビューするかもしれないって事か。あ、球団の公式チャンネルに何回も出てるし今更か…。
プロ野球選手にはオフの自主トレ風景とかもYeahTubeで公開してる人も居るし、俺もそんなのを始めてみようかな。
伸二に追い込まれてるだけの動画になりそうだが。ひたすら情けない姿を全世界にお披露目する事になるだろう。
でも旅館の宣伝になるかもしれないし…。
「まあ、気が向いたらで良いか。とりあえずもっと成績を残してからだな。若いうちからそういう事をして、成績がクソだったら叩かれまくる事間違いなしだ」
そうなったら、旅館の宣伝どころか、迷惑になりかねない。俺が誰にも文句を言われない成績を安定して残せるようになってから、改めてそういう事を考えようかな。
俺はそんな事を思いながら、仁王立ちで練習再開を待ってる伸二の元へと向かうのであった。
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