第130話 奇策



 俺はブルペンに到着してからしばらく。

 観客席の人達にガン見されながら、準備を進めていて、いつでも行ける状態で準備していた。


 試合前に確認した時も思ったけど、本当に観客席からブルペンが丸見えなのである。写真とかいっぱい撮られるし、人によっては落ち着かない人も居る気がするな。


 俺は目立ちたがりだし、プロに入ってから自覚した事だけど承認欲求も強めだなってのは、自分で感じている。


 注目されるのって、気持ち良いんだ。

 それがモチベーションにもなる。


 写真パシャパシャなんてウェルカムだし、試合中じゃなかったらファンサービスもぶちかましてるところだ。


 だが、残念ながら今はそれどころじゃない。


 「えっぐぅ…。そういう事もしてくるのか…」


 試合が動いたのは8回裏。

 須藤さんは、この回も続投していた。


 伊達監督もさぞかし替え時には迷っただろう。ただ、相手エースの冴島さんは当然のようにまだ投げていて、須藤さんにも意地みたいなのがあったんだと思う。


 ベンチの映像では7回終了時点で、既に球数が100球を超えてた須藤さんと話してる光景があって、延長を見越したブルペン運用の相談の連絡があったり。


 何かしらの取り決めがあったとは思うが、須藤さんは8回のマウンドに上がった。そこでワンアウトはとったものの、1番の大島さんにツーベースを打たれた。


 2番の釘原さんは小技も出来るいやらしい2番バッター。バントの構えをしたり、カットで粘りまくった結果フォアボール。


 ここで監督自らがマウンドに向かって、内野陣も集まる。俺と瓦さんは準備万端。なんだったら、リチャードソンの準備も出来ていた。


 次のバッターは異常な程に決勝打が多い日村さん。監督の選択や如何にと思ってたけど、結局ブルペンに連絡がくる事なく続投。


 今シーズンずっとエースとしてチームを引っ張ってきた須藤さんに託す選択をしたんだろう。


 球場の全員が須藤さんVS日村さんの戦いを固唾を飲んで見守る事になると思ってたんだが。


 なんと日村さんは初球セーフティバント。

 日村さんが今シーズン、バントをしたってデータはない。


 意表を突かれたオルカの内野陣だが、サードの選手の猛チャージによって、日村さんはなんとかアウトになりそうなタイミング。


 ただ、サードの選手が1塁へ送球した瞬間、3塁へ進塁していた大島さんが俊足を飛ばしてホームまで突っ込んできた。


 これまた意表を突かれたオルカ内野陣。

 ファーストに入っていた東城さんが、このままでは間に合わないと、一塁への送球を途中でカットしてホームへ投げるが。


 大島さんの足の方が僅かに早い。

 0-0だった均衡がとうとう崩れて、ウォリアーズが待望の先制点。がっくりと肩を落とす須藤さん。


 エスコンフィールドのウォリアーズファンはお祭り騒ぎだ。


 「一体どんな神経してるんだよ…」


 日本シリーズという舞台で、こんな奇策を打ってくるとは。これのサインを出したウォリアーズの監督も実践した日村さんも。肝が太過ぎるだろ。


 日村さんがバントなんてマジで予想してなかったぞ。


 ウォリアーズはこういう奇策を仕掛けてくるチームって情報自体はあった。一昔前のウォリアーズのパリピな監督が、そういう意識を根付かせて、それが今でもチームに染み込んでるんだ。


 試合前のミーティングでもそういう話はあったし、充分気を付けるようにって言っていた。


 ただ、日村さんかぁ…。

 あんな絶妙なバントをぶっ込んでくるなんてなぁ…。まあ、やってくる訳がないってタイミングでやるから奇策なんだけどさ。


 まんまと一本取られちゃったよね。


 「狭山、出番や。頼んだで」


 「おっほ」


 ウォリアーズに先制されたが、まだピンチは続いている。東城さんが途中でボールをカットしたから、1塁の日村さんはセーフになってるし、釘原さんもしっかり3塁まで進塁している。


 ワンアウト1.3塁という大ピンチ。

 ここでブルペンに連絡があって、俺の出番になった。


 瓦さんとリチャードソンの準備も出来てるし、そっちの二人が優先されるかなと思ったんだが、投げさせてくれるらしい。


 後半戦、少しは結果を残せたとはいえ、俺はまだ高卒一年目のぺーぺーだしね。


 これは信頼されてると思っても良いのか、打たれても良いと思ってるのか……。正直、今日は1点取られたらほぼ終わりの試合だった。


 それぐらい冴島さんは手が付けられない。

 結果論にはなっちゃうけど、須藤さんはもう少し早めに交代すべきだったんだろうな。


 あの場面、俺が出ても、瓦さんが出ても、リチャードソンが出てもセーフティバントは決められてそうな気もするが。


 まあ、こういうのは後から言っても仕方ないんだ。ウォリアーズが一歩上手だった。それだけだろう。


 俺は任された場面でしっかりと仕事をこなすのみ。


 「ここで登場曲を流してくれたら、さぞかし気持ち良いだろうな」


 試合開始直前の冴島さんの登場曲とか、バッターの登場曲とか。重低音が半端なくて、悔しいが甲子園よりカッコいいんじゃないかって思った。


 演出が全部凝ってて素晴らしいんだ。

 残念ながらビジター側にそういう演出はあんまりない。ない訳じゃないんだけどね。


 やっぱりこういうのはホームの特権だろう。


 「ふっふーい! 狭山一馬の登場ですよいって!」


 ブルペンカーから降りた俺は、元気よくマウンドへ。みんなちょっと意気消沈してるように見えるからね。いつもはうるさい大河も少ししょぼくれている。空元気でも盛り上げて、しっかりとこれからの守備、9回の攻撃に臨んでもらわないと。


 今日の冴島さんが化け物とはいえ、点を取れる可能性は限りなくゼロに近いけどゼロではないんだ。


 ここは俺がちょっくら馬鹿を演じてでも、みんなにテンションは上げてもらわないといけない。


 このピンチを俺がしっかりと抑えて、相手のイケイケムードを封殺。その勢いのまま、9回の表に逆転だ。


 「俺が絶対抑えますから。9回はお願いしますよ?」


 これぞ、狭山流ピンチをチャンスに変えよう大作戦!


 あ、元から馬鹿だろってツッコミはなしでお願いね。

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