第86話 単刀直入


 「大丈夫だったんですか?」


 「本人は至って冷静やったで。ちゃんと落ち着いとるから大丈夫や。まだ1点差あるしな。瓦はこういう時の気持ちの切り替え方もよぉ分かっとる」


 俺はマウンドに行っていたピッチングコーチに大丈夫だったのかと話を聞きに行く。俺が聞きたかったのは、そういう事じゃないんだけど……。


 なんかいつもと投げ方が若干違う気がしたのが気になってるんだ。これって俺が言っても良いのか? コーチは気付いてないっぽいし、俺の気のせい? 


 気のせいなら変な事を言わない方が良いんだろうけど……。


 俺がそんな風に悩んでると、瓦さんはぽんぽんと内野ゴロ二つであっさりツーアウトを奪った。


 むむむむ。

 いつもより球速は若干落ちてるけど、これはまあ誤差の範囲。やっぱり俺の勘違いかなぁ。


 リリースポイント、いつもより低い気がするんだけど……。わざとそういう工夫をしてるって可能性も……。ピッチャーにはごく稀にそうやって、打者を惑わせる技巧派の人も居るって話を聞いた事がある。


 そんな器用な事を意図して出来るピッチャーは滅多に居ないから、本当にごく稀にだけど。因みに瓦さんは今までそんな事をしてなかった。


 が、俺の心配なんて関係ないとばかりに、結局瓦さんは最後に平凡な外野フライを打たせてスリーアウトチェンジ。1点差に迫られたものの、リードは保ったままだ。


 瓦さんはベンチの人達とハイタッチしながら、ベンチ裏に行く。俺もその後を追うようにベンチ裏へ。


 「瓦さん、どこか調子が悪かったりします?」


 俺は単刀直入に聞く事にした。

 ホームランを打たれた後の人に、中々デリカシーがない事をしてる自覚はあるが、やっぱりどこか気になる。


 「お前、普通の奴は聞き辛い事をよく平然と言ってこれるな」


 「なんかいつもと感じが違ったような気がしたんで。俺の勘違いだったら土下座する所存です」


 「ふむ……なら、土下座だな」


 「え、あ、はい」


 瓦さんは俺のノンデリ発言に呆れた顔をしてたが、土下座をするって言うと、一転してニヤニヤした顔に。


 俺はとりあえず正座しようとすると、冗談だと言って止められる。


 結局俺の勘違いなの? そうじゃないの?

 どっちなんだい!!


 「まあ、肩の調子はあまり良くないが、これは疲労によるものだ。シーズンもこれくらいの時期になってくると、多かれ少なかれ小さな怪我を抱えてる選手も多い。あまり気にする事じゃないさ。俺ももう37歳だしな。寄る年波には勝てんという事だ」


 「そう…ですか…。じゃあ、リリースポイントがいつもより低い気がしたのは…?」


 「ほう。良く気付いたな。この前、俺は桐生にもホームランを打たれただろう? あれ以来、なんとかもう少しボールに力を込めれないかと試行錯誤中でな。さっきはボールが少し甘く入って捉えられたが、いつもより感触は良い。すぐにモノにしてみせるさ」


 「……シーズン中に度胸がある事をしますね…」


 「はっはっは。年寄りはこうやって少しでも工夫しないと、もう付いて行けないんだよ。コーチにも話は通してある。お前が心配する事じゃないから安心しろ」


 一応、疲労で肩の調子がよろしくないのはあるらしい。リリースポイントも試行錯誤の真っ最中って事だった。コーチにも話を通してあるから、俺が話を聞きに行った時、リリースポイントが微妙に下がってるのも、何も言わなかったんだろう。


 なるほどなるほど。

 やっぱり俺の勘違いっちゃ勘違いって事だったんだな。


 「なら良いんですけど。俺は瓦さんにこれからも色々教わる予定なんです。早々にくたばってもらったら困りますからね」


 「くたばるとは失礼な奴だな。そんな事を言うなら、俺の疲労を少しでも軽減する為に、もっと頑張ってくれ。俺とリックの代わりを務めて休養日を作ってくれるとありがたいんだがな」


 「任せて下さい。俺、身体の頑丈さと回復力には自信があるんです。毎日だって投げてみせますよ。10連投でもどんと来いです」


 「そんな事したら、監督がボロクソに叩かれるに決まってるだろう。まあ、意気込みだけは買うが」


 昔は先発ですら連投してたって言うが、今はそんなんやったら非難轟々間違いなしだ。3連投ですら避けられてるのに、毎日登板したら確かにヤバいだろうなぁ。


 狭山狭山雨狭山雨雨狭山雨狭山。

 中継ぎならこれぐらいやれるはず。

 恐ろしいのはこんな感じの登板間隔で、昔の人は先発をやってたって事だ。


 雨雨なんたら〜はその時に有名になったみたいで、実際はちょっと違うらしいけど、本当にこれに近い登板間隔だったらしい。


 流石に先発でこれは俺も無理かな…。

 すぐにぶっ壊れる気がする。

 実際このモデルになった人は全盛期は短かったみたいだし。


 昔は投げて壊れるのは軟弱者って風潮があったくらいだからなぁ。今ぐらい厳密に管理されてるのも少し息苦しいが、選手を守る事を考えたら、この辺がきっとベストなんだろう。


 「ほら、俺の事はもういいから、お前はチームの応援に戻れ。リックが投げてる所を応援してやらないと、あいつは拗ねるぞ」


 「おっと、いつの間にかオルカの攻撃が終わったみたいですね。じゃあ、俺はベンチに戻ります!」


 瓦さんと話し込んでると、アナウンスでオルカの9回の攻撃が終わった事を知る。そんなに長く話してるつもりはなかったが、三者凡退だったのかな。


 俺は瓦さんに早く戻れと言われて、慌ただしくベンチに向かって走って行く。


 その後ろで、瓦さんは肩を軽く動かして、顔を顰めてるのに、俺は全く気が付かなかった。

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