15.心以外全部


sideエイダン



アイツ…ラナが俺への恋心を消したと知ってから、俺はずっとまたラナが俺に恋するように思いつく限りのことをした。


甘く囁いてみたり、甘やかしてみたり。

尽くして、できる限り一緒にいた。


俺ばかりラナを想うこの状況が嫌で始めたことだったが、案外ラナに構うことは悪くなかった。

むしろ、楽しさや幸福を感じている俺がいた。


だが、ラナは変わらなかった。

俺に恋心を悟られる前と全く同じで、どの魔法使いにも向ける優しい笑顔を俺にも当然のように向けてきた。


想うだけでいい、と遠い昔誰かが言っていた。

叶わない恋でもその相手が幸せならば、自分と結ばれなくてもいい…と。

その時は、そんなものなのか、と漠然と思っていたが、今は違う。

そんなもの耐えられるわけがない。想うだけでいいとは何と高尚な考えなのだろう。


同じがいいのだ。

俺が想う分だけ、相手にも想って欲しい。

それ以外はいらない。


だからラナも俺と同じように俺を想って欲しかった。


ずっと変わらないラナだったが、もしかしたら以前のように恋心を上手く隠しているだけなのもしれない。

心なしか俺を見つめる目があの頃と同じように見える時が何度かあった気がした。

だからラナに自身の気持ちを言うように促したのに、結果はあれだった。


…ラナは俺から逃げた。




「…」




俺はただ黙ってベッドの上ですやすやと眠っているラナを見下ろす。

ここ、ラナに用意されているホテルの一室には当然だが、光は一切ない。

窓にはカーテンがあり、もちろん照明もついてないからだ。

その暗闇の中で、俺はただじっと規則正しく寝息を立てるラナを見つめていた。


コイツの心を手に入れることはもう諦めた。




「…ん」




俺にずっと見られているとも知らずにラナが小さな声を漏らして、寝返りを打つ。

ずっと見ていられる光景だ。


この光景は今日から俺しか見られないものになる。




「…これからはずっと2人だよ」




ふ、と小さく笑うと俺はラナに触れ、この場からラナと共に消える為に魔法を使った。



心が手に入らないのならそれ以外の全てを俺のものにする。

そう決めたのだ。





*****





「ん…」




小さなラナの声がこの小さな部屋に響く。

ベッドとテーブルと椅子。それだけが並べられた木造の小さな部屋で、俺はラナの目覚めを待ちながら、椅子に座り、本に何となく目を向けていた。


眠っているラナを連れ去ってもう半日が経った。

ラナには連れ去る時に目覚めないように魔法をかけたが、その魔法の効力もそろそろ切れる頃だろう。

だから俺はここでラナの目覚めを待っていた。




「…んん。…ん?」




ラナの声がまた聞こえた後、ガサッと衣擦れの音が聞こえる。

それからラナが体を起こした気配を感じたので、俺はすぐにラナの元へと向かった。




「…エイダン?ここは…」




まだ頭が回らない様子のラナが寝ぼけ眼に俺を見る。

ぼんやりとしているラナだが、ここが明らかに自身が宿泊していたホテルの一室ではないと気づいた様子だ。




「ここ?ここはとある雪山にある俺の拠点の一つだよ」


「はぁ」




俺の答えを聞いてもラナはよく状況を理解していないようだった。


それもそうだろう。俺はラナに聞かれたことしか説明しておらず、大事なことをまだ何も説明していない。




「私はユルのホテルにいたはずですよね…?それが雪山のエイダンの拠点にいるなんて…」




俺の説明を受け、今自分の身に起きていることを冷静に把握しようと、ラナが小さな声でぶつぶつと何かを呟いている。

その姿にはもう先ほどのような眠気はなく、はっきりと意識が覚醒しているようだった。




「…私が何故、今ここにいるのか教えてもらえませんか?」




そしていくら考えても何故、自分がここにいるのかわからなかったラナは首を傾げながらそう俺に問いかけた。




「何故?それはお前を俺だけのものにする為だよ」


「え…?」


「ふ、間抜けヅラ」




怪しく微笑む俺にラナが文字通り、間抜けヅラを俺に晒す。

状況を理解できず、口を小さく開けるラナ。

愛らしくて愛らしくて仕方のないその姿に俺は思わず、笑みをこぼした。


この小さな愛らしい生き物はもう俺だけのものだ。

全て全て俺のもの。




「何もわからない秘書官様の為に俺が説明してあげるね。お前はこの世で一番強くて悪い魔法使いに捕まってしまったの。お前はもう逃げられない。一生ここで生きていくんだ。わかった?」




上機嫌に笑う俺にラナが戸惑いの視線を向ける。




「…あの、まだよく状況を理解していないので、いくつか質問してもいいですか?」




それからおずおずと俺の様子を伺いながら遠慮がちに小さく手を挙げた。

そんなラナに俺は機嫌よく「どうぞ?」と頷く。




「悪い魔法使いとはエイダンのことですよね?エイダンは何故私をここへ一生閉じ込めるのですか?エイダンだけのものにする理由もよくわからないのですが…」


「…お前優秀なくせにそこは鈍いんだね。いいよ、教えてあげる。それは俺がお前を愛しているからだよ。だからお前を閉じ込めるの。もう誰の目にも触れられないように。お前が俺だけを見るように」


「…え」




俺の言葉を聞いて、ぶあっと一気にラナが頬を赤く染める。

こちらを見つめる愛らしい瞳は大きく見開かれ、信じられないものでも見るような目をしていた。




「…へ、あ、え、え?」




いつも冷静な秘書官様が間抜けヅラで口を何度もパクパクさせる様は見ていて飽きない。

何度もただ「え」や「あ」、「へ」と言った意味をなさない音を出し続けるラナは見ていて滑稽でとても面白かった。


俺からの好意がそんなにも驚くようなものだったのだろうか。

こんなにも驚き、取り乱しているラナは初めて見た。

それこそ自分の恋心を俺に暴かれた時だってこんな姿は見せなかったというのに。




「…んん、失礼しました。少々取り乱してしまいました」




しばらくすると、ラナは恥ずかしそうに軽く咳払いをして、瞼を伏せた。

未だに頬を赤らめているラナはとても愛らしく、ここへラナを閉じ込めて正解だったと、心の中で自身の選択を称賛する。


この顔を俺ではない誰かが見る機会があったなんて考えたくもない。その可能性を潰した俺は何と素晴らしい行動をしたのだろう。




「…エイダン。私もアナタに伝えなければならないことがあります」




しばらく恥ずかしそうにしていたラナだが、意を決したように視線を上げ、真剣な眼差しをこちらへ向ける。

そんなラナの頬は未だに赤い。

まるでりんごのようだ。


愛らしい秘書官様をじっと見つめ、「何?」と次の言葉を機嫌よく待つ。

するとラナは瞳を潤ませながらゆっくりと口を開いた。




「…わ、私も、実はエイダンのことが好きなんです」


「…へぇ」




何て笑えない冗談を言うのだろうか。


ラナの言葉を聞いた瞬間、あんなにも機嫌のよかった俺の心は一気に温度を失った。

心がどんどん冷たくなる。




「…ですから、私を閉じ込める必要なんてないんですよ?私もエイダンのことが…す、好きなんですから。私はエイダンのもので、今までと同じ生活でも問題ない…」


「黙って」


「…っ!」




笑えない冗談をへらへらと笑いながら喋り続けるラナに人差し指を軽く振って、もう喋れないように魔法をかける。

突然、強制的に口を閉められたラナは驚きの表情を浮かべていた。

そしてそんなラナを俺は冷たく見下ろした。




「お前が俺を好き?嘘だね。ここから逃げたいだけでしょ?優秀な秘書官様は感情を隠すのが上手だからね。また本当の気持ちを隠して、今度は俺を好きなフリをしているんでしょ?」




泣きそうになっているラナの顎を人差し指でグイッと無理やり上に向かせる。

今にも溢れ落ちそうな涙がうるうると瞳の淵に溜まり、キラキラと輝いている。

何か言いだけなラナだが、ラナは今何も言えない。

その言葉を俺が奪っているからだ。




「お前はもう逃げられない。ここで死ぬまでずっと俺といるんだよ?お前の世界はここだけだからね」




ついにラナの瞳から溢れ落ちた涙に俺はそっとキスをして、冷たく笑った。




ーーーお前の心以外、全てを俺のものにする。

もうそれでいい。




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