11.魔法使いの助言
恋とは、心とは、自分ではままならぬもので難しいものだ。
一度、エイダンにまた恋してしまったと気づいてしまうと、たちまちこの間まで大丈夫だったことが、全部ダメになった。
私を見つめるそのアメジスト色の瞳も、端正な顔から作られる微笑みも、吐息さえも愛おしい。
何を言われても、何をされても、心臓が跳ね、嬉しいのだと歌う。
あの恋心を消す前と何も変わらない私がまた出来上がってしまった。
だが、この恋心をエイダンに再び悟られる訳にはいかない。
エイダンは私が好きなわけではない。
私と同じではない。
ただ、私が苦しむ様が楽しくて楽しくて仕方ないのだ。
今のエイダンは私を試すようにいろいろな甘い行動を気まぐれにしてくるが、そこに他意はない。
そのことがまた私を苦しめさせた。
「浮かない顔ね」
私の顔に筆を走らせていたアランがふと手を止め、私を心配そうに見つめる。
私は今、この後行われる外交の席にこの国の最高階級の魔法使いたちの秘書官として参加する準備をしていた。
その準備、化粧を施してくれているのが、アランだ。
魔法でも化粧はできるみたいだが、繊細な色合いや輝き、陰影を表現するには魔法よりも直接手でする方がいいらしく、アランは今、手ずからず私を華やかにしてくれていた。
国を代表して他国の方々と交流するのだ。
少しでもそれらしくなくてはならない。
「…」
今のこの状況をアランに言おうか言わまいか、私は迷った。
せっかくアランとカイが私を心配して難しい魔法を私に施してくれたのだ。それがもう意味をなしていないとは言いづらい。
黙ったまま言いづらそうに視線を伏せていると、
「嫌ね。その表情はもう消したはずなのに」
とアランがどこか面白くなさそうに小声で呟いた。
アランはどうやら私が何を思っているのか、私の様子で察してしまったらしい。
「ごめんなさい、アラン。せっかくアランたちが私の恋心を消してくれたのに…」
それなのにまた懲りもせず、エイダンを好きになってしまって…。
申し訳ない気持ちでいっぱいになり、アランに向ける顔がない。
だが、しかし私は今、アランに化粧をしてもらっている身だ。
アランから顔を背く訳にもいかず、私はただただ罪悪感でいっぱいの表情を浮かべた。
「…バカね。何て顔をしているの」
そんな私に優しく声をかけ、アランが両手で私の頬を優しく包む。
そしてそのまま私の顔を上に向かせ、嫌でもアランと目が合うようにした。
「…私はね、アナタに笑っていて欲しくてあの魔法をかけたの。決してこんな顔をして欲しくてした訳じゃないわ。もちろんカイもね」
「…はい」
「だからね?ラナ、アナタが笑顔でいられる選択ならどんなことでも歓迎よ。例え、またエイダンを好きになったとしても攻めたりしないわ」
「…アラン」
アランの優しい言葉に胸の奥がじんわりと暖かくなる。
アランは本当に優しい魔法使いだ。
私の感謝の眼差しを受け、アランは少しだけ苦笑する。
「私はそんな眼を向けられるようなことはしていないけどね」
そう言ったアランに私はすぐに首を横に振った。
何故そんな謙遜をするのかよくわからない。
「アランはとても優しいです。いつも私のことを思ってくれています。いつもいつも私はそんなアランに助けられているんです」
「ふふ、私は魔法使いよ?優しくなんてないわ。例えばアナタの選択ならどんなものでも歓迎とは言ったけど、正直、アナタの恋の相手が自分ならどれほどよかったのだろう、とは思っているからね。アナタの恋心を消したのも今度は自分に惚れさせる為にやったことかもしれないでしょ?」
怪しい笑みを浮かべて、私を見据えるアランは今のアランの言葉の通り、どこか邪悪で悪そうな雰囲気だ。
だが、私はアランがそうではないと知っていた。
「アランはそんなことしませんよ。少なくとも私には…ですか」
私の言葉にアランは「ふふ、そうね」とどこか嬉しそうに笑っていた。
「それで?エイダンをまた好きになって苦しいの?」
「…はい」
「理由は恋心を消した時と同じよね?」
「…はい」
先ほどのにこやかな雰囲気とは打って変わって、私たちの間に重苦しい空気が流れる。
私が暗い表情を浮かべているせいでだ。
「…エイダンは私を好きではありません。ですが、他人の…いえ、この場合は私の苦しんでいる姿が好きなんです。だから私を苦しめようとエイダンが最近、私の変化に気づいたのかいろいろなことをしてくるんです。手を繋いだり、キスをしたり、どれも私の心を試すようなことばかりを」
自分で話していてまた辛くなった。
エイダンの想いが改めて私にはないのだと思い知れば知るほど惨めな気持ちになった。
それから私の話を終始真剣に聞いていたアランが眉をひそめ、口を開いた。
「ラナ…。アナタそれ本気で言ってる?」と。
「…?本気ですが…」
何かおかしなことでも言ったのだろうか?と首を傾げ、先ほどアランに話した内容を確認してみるが、客観的に見た事実を述べているだけなので、何もおかしなことはない…はず。
おかしなものでも見るような目で私を見るアランの視線に私は自分の言葉に自信がなくなり始めた。
「優秀な秘書官様。可哀想に。最初がああだったから歪んだ認識をしてしまっているのね」
哀れね…と呟きながらため息をつくアランに私はますます状況がわからず、眉間にしわを寄せる。
そんな私を見てアランは「本当はあんなヤツ助けたくないんだけど…」と呟くと、嫌な顔をしながら私に話始めた。
「エイダンはラナを試している訳でも、苦しんでいるラナを見て楽しんでいる訳でもないわ」
「え?」
「あれはね、ラナ。恋をしているのよ、アナタに」
「…え?」
苦笑しているアランに素っ頓狂な声をあげる。
誰が誰に恋をしているのだろうか。
私がエイダンに?いや、それはそうだけど話の文脈的に違う。
じゃあ誰が誰に?
「アナタは私で、あれはエイダンで、それってつまり…っ!?」
そこまで口して私はやっとアランに言われたことを理解した。
エイダンが私を好きだと。
「あ、あり得ません!エイダンは自分に想いを寄せる私をそもそも根本では気持ち悪がっています!」
「それはほんとーに最初の方だけでしょ?そもそもその気持ち悪がっている行動自体もアナタを傷つけたいが為の嘘だったり、気まぐれだったりする可能性もあるのに」
「…そ、それもそうですが」
それはあまりにも希望的観測すぎるのでは。
そう思ったが、そこまではとてもじゃないが言えなかった。
アランの言葉を全て否定する勇気が私にはないのだ。
どこか希望を抱いていたい甘い私が確かにいる。
「とにかく最初が最悪だったからこそ、アナタの認識が歪んでしまっているけれど、今のエイダンは少なくともアナタのことが好きよ。もちろん異性としたね」
「ほ、本当にアランはそう思いますか?」
「ええ。世にも恐ろしい魔法使いの言葉は信じられない?」
「まさか!アランの言葉だからこそ信じられるんですよ!」
意地悪く笑うアランの言葉を私は慌てて訂正して、思っていることを口にする。
するとアランは嬉しそうに笑った。
「私たちを魔法使いとしてではなく、同じ1人の人として扱うアナタが好きよ」
何を当たり前のことを言っているのだろうか、とも思ったが、アランの言わんとしていることを私は何となく察した。
人間と魔法使いは根本的に違う。
だからこそ、人間の中には魔法使いを人間とは違う存在として、一括りにしてしまい、個人名を呼ぶことなく、〝魔法使い〟と呼ぶ者が多かった。
犬にそのまま犬と呼んでいるような感じだ。
ちゃんとしたハリーという名前があるにも関わらず。
私みたいな人間はどうやら稀らしい。
それでも魔法使いと人間は根本こそ違うとはいえ、私には同じに見えた。
同じ心を持つ存在。私たちは違うところもあるけれど、話ができて、心を通わせることができる。
一緒なのだ。私たちは。
「私の言葉を信じてね。どうか次は苦しい恋にはならないように」
「…はい。ありがとうございます、アラン」
私に優しく微笑むアランに私も同じように微笑む。
私の顔を見たアランは「それじゃあ、最後の仕上げに取り掛かりましょう!絶世の美女に仕上がるわよ!」と明るく言って、筆を取った。
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