4.違和感
side エイダン
アイツの瞳から、アイツの表情から、アイツの想いが伝わってきた。
初めてそれに気がついた時、その感情が理解できなくて、気持ち悪いと思った。
「…」
マテオが泊まりたいと言っていたホテルの一室から外の景色を1人眺める。
大きな湖と花の光が溢れたその景色はとても幻想的で、派手好きなマテオが好みそうな景色だと思った。
きっとあのバカな秘書官もここの景色が好きなのだろう。
あの女は俺が好きだ。
どうして俺のことが好きなのかわからない。
俺は人間にとって恐ろしく、不気味な存在だ。
別にそう思われていることを気にしてはいないし、むしろ満足している。
俺を見れば人間は皆、恐怖で顔を歪める。
誰も俺に好意なんて向けない。
それが愉快だし、俺は楽しい。
人間の、他人の負の感情が堪らなく好きだからだ。
だから他とは違う、好意を向けてきたアイツの感情が何なのかすぐにわかった。
他の人間とは違うアイツの視線がどうしても理解できず気持ち悪かった。
俺はアイツに好かれるようなことなんてしていない。
他の人間と同じようにアイツがどんなことをすれば表情を歪めるのかいつも考え、実行している。
アイツは普通の人間なんかじゃない。
だから離宮の魔法使いたちに異常に好かれて、執着されている。
度を超えたスキンシップ何てアイツにとっては日常茶飯事で顔色一つ変えない。
たまに変えることもあるがごく一部のスキンシップでだ。
だけどアイツは俺からのスキンシップだと顔色を変える。
他の奴から何をされても平気そうにしているのに俺からのスキンシップには弱い。
顔を赤くして、女の顔になる。
魔法使いの誰もがそんなアイツを見たがっているのに、それを何度も何度も見られるのは俺だけだ。
俺がアイツの恋心を「気持ち悪い」と言えば、アイツは俺が1番見たかった顔をする。
俺がアイツに不用意に近づけば、アイツはいとも簡単に頬を赤くする。
「ふふ」
何て愉快な人間なのだろうか。
哀れで愚かで可哀想。
そう思われていても、俺に何度傷つけられても、自身の恋心を捨てられない。
何て不憫な生き物なんだろう。
ああ、気持ち悪い。
理解できない。
もうすぐここでの任務も終わる。
アイツに久しぶりに会った時、どんな意地悪をしてやろうか。
次にアイツと会った時のことを考えると愉快で仕方ない。
窓から見える美しい景色を眺めながら俺はまた小さく笑った。
*****
任務から帰って来て数日。
離宮で久しぶりの休日を満喫していると、食堂でついにアイツとばったり会った。
アイツはマテオと楽しそうに会話をしながら、軽食を食べていた。
「プリモはやっぱりいいところだったぜ。飯も酒も女も最高だったわ」
「マテオらしい楽しみ方ですね。景色はどうでした?あのプリモからの景色は」
「あ?あー、あそこは…」
「マテオにそんなものを楽しむ情緒なんてないでしょ」
マテオの次の言葉を待つラナに俺は小馬鹿にしたように笑い、2人の会話に入る。
すると小馬鹿にされた張本人マテオは「その通りだな」とあっけらかんとしていた。
「うまい酒と飯と女、それだけで俺は十分なんだわ」
「えぇー。何のために王様を説得したと思っているですか。あの景色を疲れた魔法使いたちに見せて癒されて欲しいって言ったんですよ?その3つを揃えるだけなら他でもよかったじゃないですか」
「その3つがきちんと揃っているのがあそこだったんだよ」
「…他でも絶対にあります」
「まぁまぁ。そう言うなよ?今度あそこに連れて行ってやるよ。きっとラナも気に入る景色だぜ?」
「あー!話逸らさないでください!…でもその約束忘れないでくださいよ?」
「おう。当たり前だろ?」
2人が楽しそうに笑っている。
バカな男。
そうやってラナと2人きりになる口実を作っているんでしょ?
でも無駄だよ。ラナの心までは手に入らない。
そいつの心は俺の物だから。
「なかなか綺麗な景色だったね。俺もラナが気に入りそうだと思っていたけど、マテオに連れて行ってもらえるなら俺とはいいかな」
こうやって言えばきっとラナは困ったような顔をするはずだ。
期待に満ちた瞳でこちらを見るが、俺を特別扱いできないので、飛びつきたいご馳走(誘い)にも飛びつけない。
哀れで可哀想でかわいい秘書官様。
「エイダン、ありがとうございます。そう思っていただけて嬉しいです。マテオと行ってきますね」
あれ。
ラナはふわりと他の魔法使いたちにも見せるあの笑顔を俺にも向けている。
そこには俺への葛藤が何もない。
おかしい。
ラナはこんなこと俺にはしないのに。
前までは上手く隠していたが、俺に自分の気持ちがバレてしまってからラナは自分の感情を上手に隠せなくなっていた。
それなのに今は以前と同じように上手いこと隠している。
なかったはずの余裕が生まれている。
会っていないたった数週間で何があったんだ?
「…ふぅん。そうしたら」
俺は面白くなくなったので、その場から魔法で姿を消した。
俺の気を引く為にあんな態度を取ったのならお門違いだ。
俺は可哀想で哀れな秘書官様が好きなのだ。
みんなに優しい秘書官様には興味なんて微塵もない。
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