59 兄皇子は黒騎士の無双を見せつけられる(ジークハルト視点)

 援軍に現れたのはクレストだけではなかった。


 かっ!


 帝国軍の後方から光の柱が立ち上る。


 その光は波紋のように広がり、帝国軍全体を包み込んだ。


「あれは補助魔法【エンハンスフィジカル】の魔力光――フラメルか!」


 おそらく味方の能力を底上げする魔法だろう。


 さらに、どうやら治癒魔法の効果も併用させているらしい。


 フラメルならではの高度な補助魔法だ。


 その周囲には数千の兵が見える。


 どうやらクレストとフラメルが援軍を率いて駆けつけてくれたようだ。


 予期せぬ援軍だった。


 いや、あるいは――皇帝は、最初からジークハルトには今回の戦いは荷が重いと考え、あらかじめ援軍を準備していたのかもしれない。


 だとすれば、これほどの屈辱はない。


「くそ、助けなどいらん……」


 つぶやきつつも、援軍の到着に安堵している気持ちもあった。


 もし彼らが来なければ、最悪の場合、自分はナナハの兵に討たれていただろう。


 だが、戦況は瞬時にして一変した。


 単騎で敵陣に突入したクレストは、まさに鬼神だった。


 彼が振るう剣が一閃するごとに、王国兵がまとめて薙ぎ払われていく。


 一瞬にして、数人の兵士の首が宙を舞う。


 王国兵が放つ矢の雨も、クレストの前では無意味だ。


 まるでそのすべての軌道が見えているかのように、彼の体には一本の矢も届かない。


 矢の隙間をすり抜けるようにして駆け続け、数百の兵を斬り伏せていく。


「あれが……人間の動きか……?」


 ジークハルトはゴクリと喉を鳴らした。


 今まで報告でしか聞いたことがなかった【黒騎士】の武勇が、そこにあった。


 いや、実際に目の当たりにするその強さは、報告をはるかに上回る異常なものだった。


 もちろん、フラメルの補助魔法の効果もあるだろうが、それにしても超人的な強さだ。


 クレストが戦場に現れてから、わずか数分のうちに、盤石に見えた王国軍の陣形が崩壊を始めている。


 たった一人の、超騎士によって――。


「し、しかも、あいつ……もしかして【魔眼】を使っていないのか……!?」


 クレストの切り札は複数の強大な能力を操るという【魔眼】のはずだ。


 その発動時には両目がまばゆい光を放つという。


 だが、彼の目には今、発光現象は見られない。


 つまり、クレストは剣技のみでこれほど圧倒的な力を見せているのだ。


「【魔眼】なしでも――なんという強さだ……!」


 ジークハルトは戦慄した。


 その動きはもはや人間という種の限界すら超越しているように思えた。


「お、おのれ、化け物め!」


 王国の名将ナナハもさすがにうろたえた様子だ。


「ええい、とにかく囲め! 奴の異常な速度を封じるんだ!」


 その指示通りに四方から王国兵が殺到する。


 まず彼の動くスペースを減らし、あの異常な速度を発揮できない状況にしようというのだろう。


 ――だが。


「はあああああっ!」


 クレストは迫りくる兵を片っ端から斬り伏せ、包囲状況を作らせない。


 簡単に血路を切り開き、次々と兵を打ち倒していく。


「お、おのれ……!」


 ナナハが歯噛みしていた。

 さらに、


「うあっ!」

「ぐああっ!」


 クレストに気を取られ過ぎたのか、援軍の帝国兵が次々に王国兵を倒していく。


 彼らにクレストのような超人的な戦闘能力はないが、フラメルの補助魔法で能力を底上げされているらしく、王国兵を圧倒していた。


 数ではるかに勝る王国兵が、帝国の援軍兵に蹴散らされていく。


「奴に陣形を崩され、そこを強化された帝国兵で突く――か。おのれ……」


 ナナハは悔しげに言うと、


「撤退だ!」


 即座に次の命令を発した。


 この辺りの判断の速さは、さすがに彼女も名将と呼ばれるだけはある。


 こうして――。


 クレストたちが現れて十分ほどの間に、戦況はあっさりとひっくり返り、帝国は逆転勝利を収めたのだった。




「うおおおおおっ! 勝ったぞぉぉぉぉっ!」

「さすがはクレスト様だ! さすがはフラメル様だ!」

「援軍のみんな、本当に助かったぞ!」

「やったああああああああっ!


 戦場に帝国兵たちの勝利の雄叫びが響く。


 誰もが鮮やかな勝利に興奮し、安堵し、喜んでいた。


 その歓喜の輪の中で、ジークハルトは一人、打ちのめされていた。


 呆然と弟の姿を見つめていた。


「なんだ、これは……」


 自分の無力さを感じて、ただ――呆然とするしかなかった。


「なんなんだ、あいつは……俺は……」


 弟の圧倒的な存在感との差を、まざまざと見せつけられた気分だ。


 屈辱だけが、ジークハルトの心を支配していた。


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