守るべきものができるって、ちょっと悪くない



俺が星間海賊ギルドに正式登録してからしばらく経った。


順調に依頼をこなし、クレジットも少しずつ貯まっていく。



ポンコツ、あいつは相変わらず口は悪いけど、性能は本物だ。


俺が操縦席に座ったままでも、ほとんどのことはあいつに任せられる。



「艦長、現在航行安定。前方に異常なし。予定ルート通過中」



「おう、ありがとな、ポンコツ。今日も頼むぜ」



口は悪いが、無茶苦茶頼りになる奴だ。


俺は画面を眺めながら、ゆったりとシートに身を沈めた。



「こんなにラクしてクレジット稼げるなんて、宇宙海賊も悪くないな」



そう思った瞬間、次の依頼通知が画面に浮かび上がる。



「ユモトインダストリーの指名依頼か…」


今日の依頼は俺のスポンサーであるユモトインダストリー。スクラップ7までの護衛依頼だ。



「今日はよろしく頼むよ。」



そう言ってきたのは、久しぶりに再会した輸送船ナガタニの艦長、チハラだった。



「チハラさんじゃないですか。また一緒っすね」



「君の戦闘ログ、社内じゃちょっとした話題でね。どうせなら安心できるやつに護衛頼もうって話になったんだよ」



「光栄っす」



とはいえ、スクラップ7ってのは辺境の中でも治安が悪い方だ。


ジャンク業者の集積地で、時折、違法海賊の残党が物資狙いで出没するらしい。



「念のため、警戒はしっかり頼むよ。今回はちょっと高価な試作パーツも積んでるんでね」



「了解。ハイペリオンが護衛についた以上、襲われたら“襲った方がバカ”って証明してやりますよ」



「はは、頼もしいねぇ」



チハラが笑いながら手を振る。その後ろで、ナガタニがゆっくりと浮かび上がり、航行を開始した。



「ポンコツ、護衛ルートの最適化頼む」



「了解。進行方向に小規模な重力異常あり。推定デブリ帯経由ルートに修正を推奨します」



「よし、先に掃除しておいてやるか。チハラさんには安全な道だけ通ってもらおうぜ」



「それが“護衛艦”の仕事でしょう?──艦長」



──こうして、俺の新たな護衛任務が始まった。


今のところ順調だが……もちろん、そう簡単に終わるはずもなく。





「艦長、熱源反応4、敵艦と思われます。」



「いつもなら撃墜に動くが…今日は護衛だ。専守防衛に努める。敵艦の予想進路は?」



「このままですと当艦の進路上にはぶつかりません。このまま様子見が妥当でしょう。」



「……ポンコツ、敵艦の識別は?」



「標準仕様を改造した小型高速艇と判定されます。武装は不明ですが、民間艦を襲うには十分な火力と推定されます」



「やっぱりか。向こうもこっちに気づいてるか?」



「おそらく。熱源追尾の動きからして、こちらの存在を意識して航行している様子です」



俺は少し考えて、腕組みしながら視線を前方に向けた。



──撃てない。撃ちたいけど、撃てない。



護衛任務の基本は『先制攻撃禁止』。


手を出した時点で、“襲われた”じゃなく“襲った”ことになる。



(舐められて引かれりゃそれでいいけど、もし向こうが仕掛けてきたら……)



「ポンコツ、敵艦との距離を保ちながら進路キープ。ナガタニには、少しコースを北寄りに変更するよう伝えてくれ」



「了解。敵艦との距離を最低でも2,000を維持。転送済み。ナガタニ艦長から“把握した”との返答あり」



俺は深く息を吸った。



「こっちは引けない。もし一線を越えてきたら──全力で潰す」



「艦長の判断に従います。ただし、開戦の基準はあくまで“明確な敵意の表示”です」



「わかってるさ。……向こうの“その気”を見極めてやる」



緊張がじわじわと艦内に広がる。


まだ何も起きていない──それでも、何かが始まりそうな空気だった。




敵艦の熱源反応は四つ。だが──何かが引っかかっていた。



「ポンコツ……今表示されてる敵艦、動きが妙じゃないか?」



「妙……というと?」



「いや、こっちを警戒してるにしては、行動が緩慢すぎる。まるで“見せ駒”みたいに、俺らを誘ってる感じがするんだ」



少し黙ってから、俺は続けた。



「ステルス艦の可能性は? ナガタニ側に熱源以外の異常は?」



「……スキャン範囲を再調整。重力波、電磁反応、反射率──再解析中……」



ポンコツの声が一瞬途切れる。



「……出ました。ステルス反応、ナガタニの死角に2機。現在距離900。接近中です」



「クソッ、やっぱりか!」



俺はすぐに操縦桿を握った。油断していたわけじゃない──でも、見落としていた。


あの“4つの熱源”は陽動だったんだ。



「ナガタニに連絡!敵艦2──ステルス仕様!そっちに向かってる!」



「伝達中。……返答あり。“迎撃を頼む”とのことです」



「任せとけ。ポンコツ、武装展開。こっからが本番だ」



「了解。敵艦との距離800……600。交戦領域に入ります」



──これが、護衛任務の現実か。



静かに、けれど確かに俺の中で火が灯った。



「行くぞ……ハイペリオン!」



「艦長、操縦権の移譲を申請。ステルス機の対処はこちらで操作します」



「申請了解。頼むぞ、ポンコツ」



「ポンコツではありません。完璧です。申請受諾確認──これより戦闘を開始します」



機体が軽く震えた。自動操縦モードに切り替わり、各種制御がAIに委ねられる。


俺はそのままシートに身を預け、ハイペリオンの動きに集中する。



「敵ステルス艦、2機。ナガタニとの距離500。進行方向角、7度補正」



ポンコツの声は、いつになく冷静だった。



「ジャミング発動。敵の視界を一時的に遮断。こちらの接近は検知されていません。迎撃ルートを最適化します」



──スラスターが音もなく噴射され、ハイペリオンは低姿勢でデブリの影をすり抜けながら接近していく。



「第1ステルス艦、射程内。照準ロック完了──拡散弾、距離400で起爆」



「やれるか?」



「当然です。発射──3、2、1……今」



──バシュン!



静かな宇宙に、無音の破壊が走る。


一瞬の閃光と共に、ステルス艦の機体表面が剥がれ、熱源を露わにする。



「ステルス解除。被弾箇所、機関部。活動停止を確認」



「ナイスだ、ポンコ──いや、AIさん」



「呼称修正を受諾。以降、AIさんで構いません」



「ちょっとした冗談だっての」



「冗談理解中……無視します」



──笑う余裕はなかったが、妙に安心感があった。



「第2ステルス艦、回避機動を開始。反撃の可能性あり」



「こっちの位置がバレたか」



「構いません。逆探知完了──敵の機関出力を解析。即座に追尾します」



スラスターが唸り、機体が急旋回する。



「高密度レーザー照射、連射モード。精密追尾──照準完了。撃ちます」



──ズズズッ……!



白銀のビームが連続して放たれ、敵艦を正確に貫いた。



「命中確認。敵艦、機能停止。これで──全ステルス艦、排除完了です」



ステルス艦がやられたとみるや、残りの4隻は退却していった。



戦闘が終わったことを示すように、船内の緊急アラートが静かにフェードアウトしていく。



俺はようやく、深く息を吐いた。



「……完璧だったな。さすがAIさん」



「評価を受領。ログに“完璧”のタグを追加しておきます」



「それ、後で見ると恥ずかしくなるからやめてくれ」



「恥ずかしいという感情は、戦闘効率に不利益を及ぼします。削除を推奨します」



──やっぱポンコツでいいや。



「……ともかく、ナガタニは無事だな」



「はい。通信再確立。チハラ艦長より“さすがです”とのコメントを受信」



「へへ、まぁな。これが、スポンサー付きってやつだ」



ハイペリオンは静かに軌道を戻し、ナガタニの護衛位置へ復帰していく。


守るべきものを守る。こんな海賊も、悪くない──そう思った。

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