森の中の憩いの場〜ようこそ薬屋食堂へ〜

森の新生活

第1話 森の中は理想郷

　若き薬師アルトは、静かに目を閉じた。瞼の裏には、過ぎ去った日々が走馬灯のように浮かび上がる。故郷の喧騒、薬師としての修業時代、そして何よりも、人との繋がりを求めず、ただひたすらに薬草と向き合った数年間の旅。

「やはり、ここが一番だな」

　小さく呟いた声は、木々の葉擦れの音に掻き消される。アルトが立っているのは、人里を遥かに離れた、深い森の中だった。鬱蒼と生い茂る木々、足元には見たこともない珍しい植物。太陽の光すら、優しく遮られている。

　アルトは、幼い頃から薬草やハーブに特別な関心を抱いていた。その探求心は、いつしか薬師という道を選ばせ、故郷を飛び出す原動力となった。旅の目的は一つ。誰にも邪魔されず、好きな植物に囲まれて暮らせる場所を探すこと。

　数年間、各地を巡り、様々な景色を見てきた。しかし、アルトの心を捉える場所はなかなか見つからなかった。賑やかな街は騒がしく、人の気配が多すぎる。静かな村は、どこか閉鎖的で、アルトの自由な探求心を許容してくれそうになかった。

　そんなある日、アルトは偶然、この森に足を踏み入れた。一歩足を踏み入れた瞬間、アルトは確信した。「ここだ」と。

　森は、アルトを優しく迎え入れた。まるで、長い間待ち焦がれていたかのように。木々はそっと枝を広げ、太陽の光はアルトの頬を優しく撫でる。鳥のさえずりは、歓迎の歌のようだった。

　アルトは、森の中をゆっくりと歩き始めた。目に映るもの全てが、新鮮で、心を躍らせる。様々な種類の薬草、見たこともない美しい花々。アルトは、まるで宝物を見つけた子供のように、目を輝かせた。

「ここに住もう」

　アルトは、そう決意した。この森こそ、自分の理想の住処だと。

　その日から、アルトは森の中に拠点を構えるべく、準備を始めた。まずは、雨風を凌げる場所を確保すること。幸い、森の中には、小さな洞窟があった。洞窟の中はひんやりとしていて、夏でも快適に過ごせそうだ。

　洞窟の入り口を簡単な木製の扉で塞ぎ、最低限の家具を運び込んだ。ベッド、机、椅子、そして、何よりも大切な薬草を保管するための棚。質素だが、アルトにとっては十分だった。

「ふむ、なかなか良い感じではないか」

　アルトは、完成したばかりの自分の住処を眺めて、満足そうに頷いた。まだ小屋を建てたり、薬草園を作る余裕はないが、これから少しずつ、自分の理想の空間を作り上げていけばいい。

　アルトは、リュックからハーブティーを取り出し、火を起こして沸かしたお湯を注いだ。湯気が立ち上り、森の中に優しい香りが広がる。アルトは、ゆっくりとハーブティーを飲みながら、静かに目を閉じた。

　静寂。聞こえるのは、木々の葉擦れの音と、鳥のさえずりだけ。アルトは、心から安堵した。ついに、自分の居場所を見つけたのだと。

　これから、この森でどんな生活が待っているのだろうか。アルトは、期待に胸を膨らませながら、ゆっくりと立ち上がった。まずは、森の中を散策し、薬草の場所を把握することから始めよう。

　アルトは、一歩、森の中に足を踏み入れた。その瞬間、アルトは、何かに見られているような、不思議な感覚に襲われた。しかし、アルトは、気にすることなく、歩みを進めた。