第20話 蝋板

 リヴィアはさっそく木こりや大工に依頼し、蝋板の製作に取りかかった。すでに町で普及している道具とあって、二、三日もあれば十枚ほどは用意できるという。


 あとは、蝋板に描く絵だ。


 写実的な絵よりも、誰でも真似できる簡単な図柄の方がよい。伝えることが目的なのだから、うまさより分かりやすさを優先すべきだった。


 リヴィアはまず、リネン紙で見本帳を作ることにした。これがあれば、毎回同じ絵を描ける。


 最初に描いたのは、湯気を立てる大鍋と、その前に並ぶ棒人間たちの絵だった。背景には太陽が描かれており、昼間に炊き出しが行われることを示している。


 鍋は丸く大きく、湯気は三本の波線。並ぶ人々は、子どもらしい小さな体格や杖をついた老人など、わずかな工夫で違いをつけた。それでも、線は太く少なく、誰にでも真似できるよう簡略化されている。


 これなら、文字を読めない者でも、絵を見るだけで意味が分かる。明日、広場で温かい食事が振る舞われることを、ひと目で知らせられる。


 リヴィアはこの見本をもとに数冊の見本帳を作り、教会や町の顔役、広場の掲示板の管理人などに配布するつもりだ。蝋板にこの絵を写して町中に掲げさせれば、炊き出しの日程をひと目で伝えられる。


「面白そうなことをしているな」


 不意に扉が開き、夜着の上に羽織をまとったヴァルトが執務室に現れた。


「領主様、まだご就寝ではなかったのですか?」


 リヴィアは慌てて立ち上がり、寝室に戻るようにと促す。


「大丈夫だ。イザベラから、そろそろ少しずつ動いてもいいと許可が出た」


 そう言って、ヴァルトは机の上の見本帳に目をやった。


「……これはお前が描いたのか?」


「はい。炊き出しの日のお知らせです。誰でも描けるよう、できるだけ簡単な形にしました」


 リヴィアが控えめに答えると、ヴァルトは一枚の紙を手に取り、しばらく見入ったあと、感心したように言った。


「子どもにも伝わる。いい絵だ」


 その一言に、リヴィアは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。けれど、すぐにそれを押し隠し、そっと微笑んだ。


「これを使って、少しでも多くの者に知らせられるといいな」

 

 ヴァルトは見本帳をそっと閉じ、リヴィアを見つめた。

 

「お前の考えは、民のためになっている。無駄にはならないはずだ」


 リヴィアはその言葉に、胸が熱くなるのを感じながらも、まだ不安が残っていた。

 

「でも、私の絵が本当に伝わるかどうか、まだわかりません……」


 ヴァルトは笑みを浮かべて言った。

 

「伝わるかどうかは、やってみなければわからない。だが、試みる価値は十分にある」


「……それもそうですね」

 

 リヴィアは背筋を伸ばし、覚悟を新たにした。


 その夜、リヴィアは見本帳の複製を指示し、教会や広場の管理者たちに配布する手配を始めた。

 

「明日からは、この蝋板を使って、みんなに知らせるわ」


 

 *

 

 

 リヴィアの蝋板によるお知らせは、大成功――とまではいかないものの、ひとまず目的は果たすことができた。


 絵の意味がうまく伝わらなかったり、まったく違う解釈をされてしまうこともあった。

 そのたびに絵を見直し、考え直しては描き直す。文字とは違い、絵は見る者によって解釈が分かれるため、一筋縄ではいかなかった。


 それでも、以前に比べれば伝達の手間は大幅に減り、作業の効率は確かに上がっていた。

 結果として新しい仕事が次々に増え、リヴィアの忙しさは相変わらずだったが――それでも彼女は、絵が誰かの助けになっていることに、ささやかな誇りを感じていた。

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