第18話 英雄

 賊の襲撃から一週間あまりが過ぎ、フェルシェルの町にはようやく、静かな日常が戻りつつあった。


 負傷者こそ多かったが、命を落とした者はほとんどいない――それは、まさに奇跡としか言いようのない出来事だった。


 そして、その奇跡をもたらしたのは、他ならぬリヴィアだった。


 かつては傲慢で怠惰な王女とさげすまれていた彼女が、今では「毅然と賊に立ち向かったフェルシェルの守り手」として称えられ、町の英雄となっていた。


「そんな、大層な者ではありません」


 そう否定すればするほど、「リヴィア様はご謙遜もなさる、本当にお優しい方だ」と返される始末で、リヴィアはすっかり困り果てていた。


 正体を知られれば石を投げられてもおかしくなかったはずの自分が、いまでは町を歩くだけで人々に深々と頭を下げられる。

 さらには、町の広場に銅像を建てようという話まで持ち上がった。もちろんリヴィアは丁重に断ったが、その様子を見ていたイザベラは、腹を抱えて笑っていた。


 


 一方ヴァルトは――リヴィアを救い出したあと、捕らえた賊たちからアジトの情報を引き出し、頭目を見事に捕縛したという。


 だが、彼がリヴィアを抱きとめたときにひどい怪我を負っていたことが判明したのは、すべてが終わったあとだった。


「本当に、無茶をする……」


 リヴィアが賊に対してどう立ち回ったかを聞かされたヴァルトは、呆れたように眉をひそめた。

 嘘と虚勢だけで賊を追い払ったというのだから、綱渡りもいいところだ。


「それを言うなら、あなたこそです」


 大怪我をおしてまで賊の殲滅に動いたヴァルトに、リヴィアとしては「どの口が言うのか」と言いたくもなる。


 怪我の手当てをしている間も、ヴァルトは隙を見ては仕事に戻ろうとする。

 それを捕まえて寝台に押し戻すのが、今やリヴィアの日課となっていた。


「領主様、ダメです。治るものも治りませんよ」


 そう言って布団を引き上げれば、ヴァルトはむっとした顔をする。それがなんだか子どもっぽくて、つい笑ってしまう。


 


 そして、ヴァルトはリヴィアを「補佐官代理」として任命することに決めたようだった。

 怪我による一時的な措置とはいえ、それだけが理由ではない。


「君は、このフェルシェルを救った英雄だからな」


 この町のために、自らを顧みず動いた者を信じずに、誰を信じろというのか――と、ヴァルトは言った。


「……大袈裟です」


 奇跡を起こしただなんて、どうにも馴染まない言葉だ。


 あのとき賊を退けられたのは、自分一人の力ではなかった。

 アンヌの的確な説明、ヴァルトの洞察と判断、勇敢な騎士たちの奮闘、セレスティアの存在――そして、シリウスに渡すはずだった、あの一枚のハンカチ。どれが欠けても、今の未来には辿り着けなかった。


 なにより、かつて罵り合った相手と、今こうして笑い合えることこそ――それが、何よりの奇跡だと思う。


「フェルシェルの人々を救ってくれて、心から感謝する。ありがとう、リヴィア」


 その言葉に、リヴィアは小さくうなずいた。

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