第16話 襲撃

 ――ヒュッ、と空気を裂く音がした。


 直後、賊の一人が呻き声を上げて崩れ落ちる。

 次の瞬間、場の空気が一変した。


「お頭! 敵襲でさァ!」


 誰かが怒鳴った。

 声に重なるように、森の木立の奥から数人の男たちが勢いよく飛び出してくる。


 その先頭――黒いマントを翻し、怒りに燃えた鋭い眼差しを向けているのは、まぎれもなくヴァルトだった。


「リヴィア!」


 その声に、リヴィアの全身がびくりと震える。

 彼女の視線の先には、ヴァルトの背後に続く領主直属の騎士たちがいた。鍛え上げられたその動きは迅速かつ正確で、賊たちを次々に制圧していく。


 リヴィアの前に立っていた頭目も、愕然と目を見開いた。


「チッ、なんで“鉄心卿”がこんなところに……!」


 忌々しげに吐き捨てると、頭目はリヴィアの馬の手綱をつかみ、部下たちを置き去りにして一目散に駆け出した。


「リヴィア! 待て!」


 ヴァルトが叫び、すぐに追いかける。

 一方、リヴィアは馬の背に必死にしがみつくだけで、体勢を整える余裕すらない。


「くそっ、追いつかれちまう!」


 焦った頭目は、ついに足手まといと判断したのか、リヴィアの馬の手綱を手放した。


「リヴィアッ!」


 ヴァルトが叫ぶ。しかし、解き放たれた馬は止まることなく、恐怖に駆られて駆け続けていた。


「リヴィア、手綱を引け! 首元を探すんだ!」


 ヴァルトの声が風を裂いて響く。

 だが、リヴィアの手は空を掴むばかりで、思うように動かなかった。視界は揺れ、振り落とされまいとしがみつくのが精一杯だ。


 ――だめ。これじゃ、振り落とされる。


 馬は恐怖で暴れ、なおも速度を上げていた。

 リヴィアの指先がようやく手綱に触れた、その瞬間――。


 ぐらり、と体が傾いた。


「あっ――!」


 叫ぶ間もなく、リヴィアの身体が馬の背から宙に投げ出される。


 風を切る音と共に地面が迫る――その直前。


 「リヴィアッ!」


 鋭い声と共に、硬くて温かな腕が彼女の身体をしっかりと受け止めた。

 衝撃と共に倒れ込んだ草地で、リヴィアは重なるように覆い被さったヴァルトの胸の中にいた。


 彼の心臓の鼓動が耳に響く。

 荒く呼吸する気配が頬に触れる。


「……間に合って、よかった」


 ヴァルトが低く、震える声で呟いた。


 リヴィアは声も出せず、ただヴァルトの胸元にしがみつくことしかできなかった。

 恐怖と安堵が一気に押し寄せ、目の奥がじんと熱くなる。


 沈黙を破ったのは、ヴァルトのほうだった。


「なんて無茶をするんだ」


 咎めというより、呆れと安堵が入り混じったような声だった。


「……ごめんなさい」


 思わず、そう口にしていた。


 ヴァルトの黒曜石のような瞳がふっと和らぎ、口元に緩やかな笑みが浮かぶ。


「無事で良かった」


 その一言に、リヴィアの鼓動が不意に跳ね上がった。

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