第8風め「今日の風、好きだった。」

──高月家:ただいま、から始まる春の報告


ドアを開けた瞬間、ダダダッと母の足音が廊下を駆けてくる。


「でっ、でっ!? どうだったのよ!?」

「……なにが?」(靴を脱ぎながら半笑い)

「全部! 全部話しなさい! お父さんも待ってたのよ!」


「頭、大丈夫……?」


リビングでは、父が白飯をよそっていた。


「恋話は白飯3杯いけるからな〜」


「……マジでこの家大丈夫か?」


そう言いながらも、はるはスマホを取り出し、

画面を開いて、ゆっくり話し始める。


写真のなかのサモエド。

そして、笑ってる“ふたり”の写真。


「この子? かわいい子じゃない〜」

「……母さんのほうが可愛かったぞ」

「やめてよもう、あんたまでドヤ顔すんのやめなさい(笑)」


はるは笑いながらも、

画面を見つめる視線だけ、少しやさしかった。



──はるの部屋:右手に残る、やわらかい記憶


ベッドに横たわって、天井を見る。

右手をそっと持ち上げて、しばらく見つめる。


あのとき、つないだ指先のぬくもりが、まだそこに残ってる気がした。


「……つむぎちゃんのこと、好きなんだよな、やっぱり」


スマホを開いて、写真をひとつずつめくっていく。


つむぎの笑顔。

笑ってる。驚いてる。照れてる。


「また、ふたりでどっか行きたいなぁ……

もっと、あの子の笑った顔、見たい」


ほんの少し、胸の奥が熱くなる。



──つむぐ文字に、気持ちを乗せて


スマホの入力画面。

迷いもなく、指が動いた。


『今日はありがとう 楽しかった』


送信。

ぽん、と画面を伏せて、ふっとひと息つく。


「返事、きたらいいな……」


窓がすこし開いていて、春の風が入ってくる。

カーテンがやさしく揺れた。



──つむぎの家:写真から、確信がこぼれ落ちる


「ただいま〜」


台所から、母が顔を出す。


「おかえさない。どうだった? 楽しかった?」

「うん。めっちゃ楽しかったよ」


ソファに座って、写真を見せながら盛り上がる。

サモエドのもふもふに、母はすっかり笑顔。


「ねえねえ、めっちゃ可愛いでしょ、この子たち」

「うわあ〜、ほんと癒されるわねぇ……」


うっかりスライドしすぎて、

はるとのツーショット写真が映った。


「へぇ〜、お友達って男の子だったのねぇ」

「うん……まあ、友達、だよ」


母は写真を少しのあいだ見つめて、

そのままそっと、後ろから娘を抱きしめた。


「この子が変えてくれたんだね。

一緒に笑える相手に出会えて、ほんとよかったね」


「……うん」


それだけ言って、つむぎはゆっくり頷いた。



──つむぎの部屋:風が運んできた気持ち


ベッドに座りながら、スマホを開く。


はるから、メッセージが届いていた。


『今日はありがとう

楽しかった』


つむぎは少し目を見開いて、

そのまま手で口元をおさえて、ふふっと笑った。


『わたしも。ありがとう』


送信して、画面を伏せて、空を見上げた。


「……今日の風、好きだったなぁ」



──ラストモノローグ


指先に残った感触。

胸の奥に届いた言葉。

目の前で笑った、かけがえのない時間。


春がふたりに伝えたのは、

「もう好きになってた」ってことだった。

```



あとがき|“心のアルバル”に刻まれた一日へ


ご覧いただきありがとうございました。

この第8風めでは、デートのあとの“ふたりの夜”を描きました。

心のなかで言葉にしてみた「好きかもしれない」という気持ち。

スマホに残った写真と、手のひらに残った感触が、

静かに、確信へと変わっていく時間。

それはきっと、恋の中でもいちばん透明な瞬間だったのかもしれません。

最後までお読みいただき、ありがとうございます🕯️🌸

「今日の風、好きだった」――あなたにも、そんな日が届いていますように。

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