第8風め「今日の風、好きだった。」
──高月家:ただいま、から始まる春の報告
ドアを開けた瞬間、ダダダッと母の足音が廊下を駆けてくる。
「でっ、でっ!? どうだったのよ!?」
「……なにが?」(靴を脱ぎながら半笑い)
「全部! 全部話しなさい! お父さんも待ってたのよ!」
「頭、大丈夫……?」
リビングでは、父が白飯をよそっていた。
「恋話は白飯3杯いけるからな〜」
「……マジでこの家大丈夫か?」
そう言いながらも、はるはスマホを取り出し、
画面を開いて、ゆっくり話し始める。
写真のなかのサモエド。
そして、笑ってる“ふたり”の写真。
「この子? かわいい子じゃない〜」
「……母さんのほうが可愛かったぞ」
「やめてよもう、あんたまでドヤ顔すんのやめなさい(笑)」
はるは笑いながらも、
画面を見つめる視線だけ、少しやさしかった。
*
──はるの部屋:右手に残る、やわらかい記憶
ベッドに横たわって、天井を見る。
右手をそっと持ち上げて、しばらく見つめる。
あのとき、つないだ指先のぬくもりが、まだそこに残ってる気がした。
「……つむぎちゃんのこと、好きなんだよな、やっぱり」
スマホを開いて、写真をひとつずつめくっていく。
つむぎの笑顔。
笑ってる。驚いてる。照れてる。
「また、ふたりでどっか行きたいなぁ……
もっと、あの子の笑った顔、見たい」
ほんの少し、胸の奥が熱くなる。
*
──つむぐ文字に、気持ちを乗せて
スマホの入力画面。
迷いもなく、指が動いた。
『今日はありがとう 楽しかった』
送信。
ぽん、と画面を伏せて、ふっとひと息つく。
「返事、きたらいいな……」
窓がすこし開いていて、春の風が入ってくる。
カーテンがやさしく揺れた。
*
──つむぎの家:写真から、確信がこぼれ落ちる
「ただいま〜」
台所から、母が顔を出す。
「おかえさない。どうだった? 楽しかった?」
「うん。めっちゃ楽しかったよ」
ソファに座って、写真を見せながら盛り上がる。
サモエドのもふもふに、母はすっかり笑顔。
「ねえねえ、めっちゃ可愛いでしょ、この子たち」
「うわあ〜、ほんと癒されるわねぇ……」
うっかりスライドしすぎて、
はるとのツーショット写真が映った。
「へぇ〜、お友達って男の子だったのねぇ」
「うん……まあ、友達、だよ」
母は写真を少しのあいだ見つめて、
そのままそっと、後ろから娘を抱きしめた。
「この子が変えてくれたんだね。
一緒に笑える相手に出会えて、ほんとよかったね」
「……うん」
それだけ言って、つむぎはゆっくり頷いた。
*
──つむぎの部屋:風が運んできた気持ち
ベッドに座りながら、スマホを開く。
はるから、メッセージが届いていた。
『今日はありがとう
楽しかった』
つむぎは少し目を見開いて、
そのまま手で口元をおさえて、ふふっと笑った。
『わたしも。ありがとう』
送信して、画面を伏せて、空を見上げた。
「……今日の風、好きだったなぁ」
*
──ラストモノローグ
指先に残った感触。
胸の奥に届いた言葉。
目の前で笑った、かけがえのない時間。
春がふたりに伝えたのは、
「もう好きになってた」ってことだった。
```
あとがき|“心のアルバル”に刻まれた一日へ
ご覧いただきありがとうございました。
この第8風めでは、デートのあとの“ふたりの夜”を描きました。
心のなかで言葉にしてみた「好きかもしれない」という気持ち。
スマホに残った写真と、手のひらに残った感触が、
静かに、確信へと変わっていく時間。
それはきっと、恋の中でもいちばん透明な瞬間だったのかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございます🕯️🌸
「今日の風、好きだった」――あなたにも、そんな日が届いていますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます