兄妹の初陣

街門を抜けた瞬間、視界がぱっと開けた。


夜のフィールドってやつは、昼間とまるで違う顔をしている……らしい。いや、俺はまだ昼間に外に出たことがないからわからないんだけどな。


遠くの丘陵は月明かりに縁取られて、草原一面には夜露が降りている。足を踏みしめるたびに草がしっとりしてて、ひやっとした匂いが鼻に届いた。風も冷たい。……昼間の街の喧騒が嘘みたいに消えてるな。


でも、完全に静まり返ってるわけじゃない。耳を澄ませば、草のざわめきや夜の虫の声、小動物の走り去る音が混じってくる。ああ、それと――戦闘の音も。聞こえるな。剣戟や魔法の炸裂音、時折掛け声や悲鳴まで。あっちこっちで戦闘してるみたいだ。


視線を巡らせれば、やっぱりプレイヤーの姿がちらほら。草むらの影から魔法の光が閃いてるし、別の方向じゃ矢が矢継ぎ早に飛んでる。



「うわぁ……! 街の中と全然ちがう!」



マレアが目を輝かせて駆け出しそうになる。俺は慌てて腕を伸ばし、肩を押さえた。



「待て、気持ちはわかるが走るな。夜はモンスターの索敵範囲が広いかもしれない。それにこのゲームは、初期モンスターでもそこそこ強いって話だ」

「はーい……」



膨れっ面をしながらも素直に足を止める。……まあ、こういう素直さは助かる。


街道から離れて少し歩いていると、音がした。草をかき分ける気配。黄色い光が二つ、月明かりの中に浮かんでいる。


目だ。間違いなく獣の目だ。


茂みから現れたのは《モルグレイ》。灰色の毛並みを持った犬型の魔獣。夜のフィールドの初期モンスターの一体だ。夜露に濡れた毛皮が鈍く光り、筋肉の張り具合で速さと重さが一目で分かる。牙は月光を反射して青白く、今にも噛みつきそうに剥き出しになっている。



「わ、狼っぽい! かっこいい!」

「感心してる場合か。マレア、初戦闘だぞ。気を抜くな!」

「任せてよ!」



マレアは腰を落として、両手の武器を構える。右に短いダガー、左に細身のスティレット。二刀が月を反射して一瞬きらめいた。――変則二刀流、らしい。殺意が高すぎるのでは、と思わなくもない。


モルグレイが低く唸り、草をかき分けて加速する。



「お兄ちゃん、動きの確認をしたいでしょ?先に確認していいよ」

「いいのか?」

「うん!わたしは昼間に、冒険者ギルドで教えてもらったしね」

「サンキュ。そしたら、ちょっと待ってて」

「頑張ってね!」



モルグレイが低く唸り、草をかき分けて加速する。次の瞬間、灰色の影が跳んだ。爪が閃いて迫る。俺は盾を突き出し、ガンッ!と金属が鳴る衝撃に腕が痺れる。いや、つっよ。これ初期モンスターってまじ?ちょっとびびったわ。


腕が痺れてる。正面からまともに受けるのはキツいな。避けか受け流す感じがいいな。



「お兄ちゃん、どう?」

「思ったより力強いな。ちょっと腕痺れた。もうちょい試すわ」

「オッケー!」



モルグレイは俺たちをぐるりと回るように歩いている。低い唸り声。目はずっと俺を見てるな。ヘイトもあるみたいだな。



 ……来る。

 

モルグレイの尻尾が一瞬だけ下がった。低い体勢から一気に加速――飛び込んできた!正面からは受けず、半歩横に滑る。盾を斜めに構えて――ガキィンッ! 爪がかすめ、金属を削る音。


今のは悪くないな。腕の痺れがさっきより軽い。横へ流した分、力が逃げた。こんな感じで、タイミングとか角度を調整していくか。慣れたら反撃とかも。



「お兄ちゃん! 今のいい感じ!」

「だな。受け流し意識すればいける」



次は――左から突進。盾を下からすくうように構える。ガンッ! 衝撃が脚へ抜けて、肩は無事。ただ、勢いは殺せなかった。モルグレイはそのまま横へ飛び退いて距離を取る。


モルグレイが振り返って再び唸る。目はやっぱり俺。あんま待たせるのもなんだし、マレアにも参戦してもらうか。丁度ヘイト俺に向いてるし。



「マレア、待たせたな。次、隙見て攻撃入れていいよ」

「もういいの?」

「あぁ。せっかく二人でやってるんだ。あとは、やりながら調整するよ」

「よーし、頑張っちゃうよー!!」



モルグレイが地を蹴った。速い。爪を振りかぶってまっすぐ突っ込んでくる。俺は盾を斜めに立て、なるべくモルグレイが体勢を崩すように衝撃を流す。



「今だ、マレア!」

「はぁっ!」



シャッ!


毛皮が裂け、赤い線が走る。浅いけど確かに効いてる。モルグレイが短く吠え、後退する。



「やった!当たったよ!」

「ナイス!次はスティレットだな」

「了解!」



モルグレイが円を描くように俺たちの周りを回る。視線は相変わらず俺だ。……よし、こっちに来る。動きを読んで、また突進を受ける。盾を斜めに合わせ――ガンッ! 衝撃が流れる。体勢がわずかに崩れた。



「刺せ!」

「えいっ!」



マレアのスティレットが肩口を狙う。だが、毛並みに沿って滑ってしまい、うまく刺さらなかった。



「ごめん、滑った!動いてる相手だと角度難しい!」

「問題ない。トライ&エラーだ」

「了解!」



モルグレイはなおも健在。荒い息を吐きながら俺たちを睨みつけている。足運びに乱れはない。こいつ、まだまだ元気だな。


モルグレイの目がマレアに向いた。……やべ、今の攻撃でヘイトが変わったか!?

低く身を伏せ、今度は俺じゃなくマレアに突っ込む構え。



「マレア、避けろ!」

「えっ!? わ、わっ!」



モルグレイが一気に距離を詰める。マレアが慌てて横に跳ぶけど、爪がギリギリで掠めた。危ねぇ!



「マレア、動き回って撒け! 俺がヘイト取り戻す!」

「了解っ!」



マレアは素早くステップを踏みながらモルグレイの周りを回る。ダガーを振って牽制しつつ、スティレットで軽く突きを入れる。さすがに急所は外してるけど、あいつの注意をますます引いてるな……!



「マレア!もう倒すぞ!そっちの方が楽だ!」

「了解!」



モルグレイが再び身を低く伏せ、飛びかかる構えを取る。息が荒い。だが目はまだ死んでいない。――それでも、もう長くは持たない。


マレアとの間に入り構える。



「来るぞ!」


俺は盾を強く握り直す。肩の痺れも、もう気にならない。受ける角度は分かった。ここで仕留める!


突進。牙が光る。


俺は盾を前に突き出し、斜めに捻って受け流す。――衝撃が抜ける感覚。モルグレイの体勢が大きく崩れた!



「今だ、マレア!」

「えいっ!」



マレアが踏み込み、ダガーで前足を斬る。獣が悲鳴を上げて沈む。さらにスティレットを逆手に握り、斜め上から首を突いた。


――ズブッ!


刃が深々と沈む。



「――ガウゥッ!!」



モルグレイがのたうち回る。だがマレアは一歩も引かず、力を込めて刃を押し込んだ。



「これで終わりっ!!」



首を貫かれた獣は痙攣し、力尽きて倒れ込む。荒い息を吐いていたモルグレイが、急に静かになった。



「……勝った、な」



俺は大きく息を吐いた。片手剣を突き立てて支えにしながら、戦闘の余韻を噛みしめる。



「やったぁぁ!! お兄ちゃんとの初勝利だ!」



マレアが武器を掲げ、飛び跳ねるように喜んでいる。その笑顔につられて、俺も口元が緩んだ。



視界にシステムウィンドウが浮かぶ。



【戦利品を獲得しました】

・獣の牙

・灰色の毛皮



これがドロップか。ざっくりした表示だが、確かに俺たちが得た報酬だ。感慨深いな。


いや、今はそんなことより──。



「強すぎだろ!!びっくりしたわ!!」

「だよね!?初めて攻撃された時、めっちゃ怖かったもん!!」



マレアが興奮したまま、手にした二刀をぶんぶん振り回す。おいおい、危ないって。



「おい、落ち着け! その刃こっちに向けるな!」

「あ、ごめんごめん!」



笑ってるけど、ほんとに怖かったのは隠せてないな。肩で息してるし、声も少し震えてる。俺も同じだ。盾で何度か受けた痺れがまだ腕に残ってる。



「……初期モンスターでこれって、先が思いやられるな」

「でも! ちゃんと倒せたよ! わたしたち二人で!」

「まぁ……そうだな。そこは素直に喜んでいいか」



月光に照らされた草原。戦いの余韻がじんわり残っている。


息を整えながら、俺は盾の縁を見下ろした。さっきの爪で削れて傷がついてる。



「…あれ、もしかして武器と防具って耐久値ある?」

「え?あるよ?あ、そっか。お兄ちゃんまだギルドの講習受けてなかったね。ギルドの武器の講習で、説明受けたよ」

「まじか。あとで俺も行っとこ」

「それがいいね」


よし、今日ログアウト前にパパッと受けよう。そう決意してると、マレアが提案してきた。



「ねえお兄ちゃん、次はスキル試してみない?」

「そうだな。攻撃も防御も、技の確認をしておかないと後々困るし、ヘイトの管理もできないしな」

「よーし! 次の相手が来たら、スキル実験だね!」



マレアはもう次の戦いに目を輝かせている。怖い怖いって言ってたの、もう忘れてるだろ。



「で、実際スキルってどんな感じなんだ?」

「うーんとね──ギルドの講習で教えてもらったのは、必ず技名を声に出すこと。それだけで発動するんだって」

「声に出す……か。叫ばなくてもいいんだよな?」

「うん。小声でも囁きでもちゃんと発動する。大事なのは“発声すること”なんだって。あとは動きと合わせることかな」



 マレアはダガーを抜いて構え、軽く一歩踏み込む仕草をする。



「例えば私の《フリートステップ》なら、踏み込む瞬間に“フリートステップ”って言うだけ。それで足がすっと伸びて、普通よりも速く間合いを詰められるの」



「なるほど。声+モーションの同期ってわけか」

「そうそう! で、《観察》はちょっと特殊。武器を構えてなくても、対象を見ながら“観察”って言うと、弱点とか動きの癖が浮かび上がるんだよ。実際に訓練場のゴーレム相手で試したけど、“右腕に負荷”とか表示された」

「便利だな……支援系でかなり役立ちそうだ」



 マレアは胸を張ってにやっと笑う。



「あと、《ハイド》は“ハイド”って言うと気配が薄くなる。完全に消えるわけじゃないけど、敵の索敵は抜けやすくなるんだって。講習のとき、講師さんが使ったら見失っちゃった」

「へぇ……隠密も馬鹿にできんってわけか」

「で、お兄ちゃんのは《挑発》《緊急回避》《支援魔法》でしょ? 挑発は盾を叩いて“挑発”って言えばいい。そしたら敵視が一気にお兄ちゃんに集まる。タンク役はこれを繰り返してヘイト管理するんだって」

「ふむ……仕組みはシンプルだが、実戦じゃタイミングがシビアだな」

「うん。《緊急回避》は“緊急回避”って言った瞬間に身体が軽くなって、強引に軌道をずらせる。ギルドの人は“噛みつきの直前で合わせるのがコツ”って教えてくれたよ」

「さっきの戦闘を思い出すと……確かに試さないと怖いな」

「で、最後に《支援魔法》。これは短い詠唱+“支援魔法”って言うと、味方や自分にバフがかかる。熟練度が上がれば詠唱を短縮できて、最終的には名前だけで発動できるって」

「……なるほど。全部に共通して“声に出すこと”が必須ってことか」

「そう! だから恥ずかしがって心の中で誤魔化したらダメ。ちゃんと声に出さないと発動しないの。あとはね、スキルにはリキャストタイムがあるの」

「それはそうか」

「うん。短いのだと数秒で戻るけど、強いのは何分も待たないとダメ。講習で“強い技ほど頼りすぎるな”って言われた」

「なるほどな。まぁ、そこら辺は他のゲームと同じ感じか」


にしても、スキルに呪文、リキャストタイムと、覚えることが多いな。


「ところでマレア。魔法の詠唱ってどこで覚えるんだ?」

「あぁ、わたしはわかんないけど、ステータスのスキル欄で確認できるっていってたよ」

「まじか。おぉ、ほんとだ」

「どんな感じ?かっこいい?あと何が使えるの?」


マレアが興奮気味に聞いてくる。


ヴァリアント

効果:対象の攻撃力を5%上昇。

効果時間:20秒。

リキャストタイム:45秒。

詠唱式:【勇気を示せ──ヴァリアント】


アギス

効果:対象の物理防御5%上昇

効果時間:20秒

リキャストタイム:40秒

詠唱式:【盾よ、我らを覆え──アギス】



おおぅ、これはなんというか───。



「厨二チックだね」

「言うな」



効果は初歩的なものでシンプルで使いやすそうだが、思ったよりも詠唱がガチだな。小っ恥ずかしいけど、これも慣れるしかないか。せっかく魔法使えるんだし、楽しく使おう。



「ねぇねぇ、使ってみてよ!どんな感じか見たい!」

「よし、じゃあ試すか」



マレアに向けて構えてと。



「勇気を示せ──ヴァリアント!」



詠唱が終わると同時に、マレアの全身を淡い赤色の光がふわりと包んだ。光は肌や髪の輪郭をなぞり、瞬きするように揺らめく。マレアの全身に淡いオーラが出てるみたいだ。おぉ、中々幻想的だな。


マレアは息を吸い込み、肩を小さく震わせた。



「……なんか、体が軽い!力がみなぎってきたよぉお!!」

「んな、大袈裟な」

「お兄ちゃん、次いこう、次!」



そう言ってマレアは駆け出した。



「あ、おい待てって」



ったく。効果時間20秒だけなのにあんなにはしゃいでどうすんだ。マレアらしいっちゃマレアらしいけど。



「お兄ちゃん!早くー!!」

「はいはい。今行くよ!」



さて、可愛い妹の為に頑張りますか!


走ってマレアに追いつくと──。



「あぁっ!?消えちゃった!?…お兄ちゃんもう一回かけて」

「おい」



MPの無駄遣いをするんじゃありません。

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