目覚め

瞼が重い……。

視界に入るのは白。

消毒液のにおい。

規則正しい機械音が耳に届く。


「……千穂?」


呼びかけに視線を向けると、そばに座っていたのは斎藤のおばちゃんだった。


「……おば、ちゃん……?」


「気がついたのね。よかった……」


「みず……」


おばちゃんの目尻に、少しだけ涙がにじんでいた。


喉が焼けつくように乾いて声は掠れていたけれど、千穂はどうにか問いかけた。


「……ここ……病院……?」


「そう。もう大丈夫よ。お医者さんを呼んでくるから、落ち着いてね」


そうは言われたが、結局医師が現れたのは数時間後だった。

やっと登場した医師が、簡潔に説明を始めた。


「全身に強い打撲と肋骨の骨折があります。肺からの出血も見られましたが、処置は済んでいます。今は安定していますよ」


静かな口調ながらも、言葉のひとつひとつに重みがあった。


「発見者が迅速に対応してくれなければ、危ない状態だったでしょう」


千穂は思わず目を閉じた。

意識が遠のく寸前まで、自分を抱きかかえて走る叔父さんの姿を覚えている。


「これからは一般病棟に移ります。しばらく安静にしてくださいね」


医師が退室し、病室が静けさを取り戻す。


「千穂、退院したら高橋さんにちゃんとお礼を言うんだよ」


「うん、叔父さんが救急車よんでくれたの?」


おばちゃんが、ポカンとした顔をして、千穂の顔をまじまじと見つめた。


「──覚えてないんだねぇ」


「裏山に来て運んでくれたのは知ってるよ?そこから救急車だった?」


「違う違う、叔父さんの車で診療所まで行って──そこから救急車で高校に行って、ヘリコプターだったんだよ」


「ヘリコプター!?」


千穂は驚きと共に、困惑した。

そう言われてみたら、車の記憶もあるような気がするけど……ヘリコプターは、全く心当たりがない。


「院長先生に後から聞いたけど──高橋さんが診療所に着く前に、救急車が来ていたし、ヘリコプターも着いてて、すぐ運んでもらえたんだよ」


「ええー……」


「院長先生の話だと、一秒の無駄すら無かったって。高橋さんが医師免許持ってるなんて、びっくりだよ」


(あれ、何回か聞いたことあったと思うんだけどな)


そう言いながら、おばちゃんがそっと紙袋を取り出した。


「千穂、これ。お父さんから預かった携帯よ」


「あ、携帯!……お父さん?」


「そう。あの人、事故にあったでしょう。その直後にね、コロナとサルモネラ菌の食中毒を一緒に貰っちゃったのよ。全く、あの人らしいわ……」


「さる……?あ、鶏肉の」


「サルモネラ。事故のあと、家に帰って貰い物の卵を生で食べちゃって」


「卵を──」


「養鶏場とかスーパーのはいいけど、会社の人のペットの卵はねぇ……」


呆れを含んだ口調に、千穂は小さく息を漏らした。


「……お父さんらしいなぁ……」


「結構ひどくて、三日前にやっと退院したのよ」


携帯を受け取りながら、胸の奥に複雑な感情が渦巻いた。

まあ、今元気なら──。


「それから──澪くんのことだけど」


千穂の肩が強ばる。


(澪……ホントは一番に聞きたかった)


──怖くて聞けなかった。

無表情になった千穂に、おばちゃんがニッコリ微笑んだ。


「ダムの職員さんに保護されたそうよ。詳しいことはわからないけど、命に別状はないみたい」


「……良かった、よかったぁ……」


千穂の身体は吐息とともに脱力し、心にようやく少しの安堵が広がった。


「お医者さんの話だと、トラブル無ければ二週間。自宅療養一ヶ月くらいみたいだよ。学校に行けるのは──七月だね」


「そんなに?」


「後遺症もないし、目立つ場所に傷も残らなかったんだから……我慢しな」


千穂は頭を触りながら、思った。


(自分のパーツのなかで、一番好きなのはサラサラのストレートだもん)


「髪の毛はあって良かった!」


「綺麗な髪だからね。それはそうと」


おばちゃんは鋭い眼差しで、千穂を見据えた。


「高橋、澪君ね。いい子だね、あの子は」


「え?うん、」


「だけどね!」


おばちゃんの声が少し大きくなった。


「まだ中学生だ。ふしだらは許さないよ!」


「ええっ!?な、な、そんな」


(何も起きてないよ!?)


あわてふためく千穂をみて、おばちゃんがフ、と笑った。


「わかってるよ。あの子はいい子だ。千穂もね」


「もう、おばちゃんったら──」


「念のため、だよ。おまえたちが相思相愛なのは把握してるんだから」


「!!」


「私は一回帰るよ。明後日また来るから」


おばちゃんは、駆け抜ける嵐のように去っていった。

千穂は布団を頭から被った。


──消灯直前。

ようやく充電が終わっていた事を思いだし、千穂は携帯を久しぶりに手にした。

RAINを何気なく開く。


(!?)


【奈緒ちゃん +999】


(奈緒ちゃん!?いったいなにがあった)

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