継母の不在


その日、多目的室で授業を受けた後──


千穂は図書室に寄らず、真っ直ぐ帰宅した。

学校にいるのも、なんだか落ち着かない気がしたからだ。

玄関のノブに手を掛け、ふと違和感を覚えた。


「あれ、鍵がかかってる……」


田舎には良くあることだが、千穂の家もご多分に漏れず、無施錠のことが多い。

就寝時以外で、鍵がかかってる方が珍しい。


玄関から少し離れた植木鉢の裏から、鍵を取り出して家に入ると誰も居ないようで、リビングで聞こえるのは時計の秒針の音だけ。

継母が居ないということは、龍巳も居ない。


愛梨は在宅かどうかわからなかったが、どちらにせよ……


「どっちだっていいかな。私の生活が変わるわけでもないし」


千穂はそう呟きながら、手だけきれいに洗って二階の自室に入った。


午前中に授業がつぶれたせいか、今日は珍しく課題プリントが宿題として出されている。


──いつもみたく、テスト前にドーンと出されるよりは楽な気がする。


(お父さんが帰ってくる前に、宿題済ませてしまおう……)


千穂は机に筆記用具を広げ、さっさとプリントを仕上げることにした。


しばらくして、車の音がした。

父親が帰ってきたらしく、千穂を呼ぶ声がする。


「弁当買ってきた。俺のはまだあっためなくて良いぞ。ちょっと飲むからな」


ややぶっきらぼうな口調で、千穂に買ってきたものを渡すと、父親は着替えに行った。

温めた弁当を千穂が食べていると、父親が冷蔵庫からビールをプシュっと開けて、話しだした。


「梨花たちな……ちょっと実家に帰った」


「ええ?」


父親は、僅かに肩を竦め、ため息をついてからどうでも良さそうな様子で告げた。


「家が古すぎて嫌なんだってよ。不便過ぎるってな。前から言ってたんだが、最近色々あったからなぁ、嫌気がさしたんじゃないか?」


「色々──?」


「蛇が出たとやら、家鳴りが不吉だとかいちいち大騒ぎするから、しばらく都会の実家に帰らせたんだよ」


「愛梨も?」


「当たり前だろ、梨花の娘なんだから」


父親も継母も、同じか……。

やっぱり連れ子は邪魔なんだろうな。


千穂はモヤモヤしつつも妙に納得して、心の中で頷いた。


「まあ、好きにさせとけ」


あっけらかんとした様子でそう言った父親は、これで『話は終わり』と言わんばかりにダイニングテーブルを離れ、ソファーに座ってテレビのスイッチを入れた。


千穂は黙ってテーブルを片付け、ゴミを処分してからのんびりお風呂に入った。


──順番を気にしないで入れるのって最高。


普段より時間を掛けて、入浴を楽しんだ後はベッドでゴロゴロしながら携帯をチェック。


クラスのRAINは動いていないが、友達グループは未読が結構溜まっていた。


──奈緒ちゃん、ゲーム始めたんだ。

木下君のクランに入ったのか。

お目当ては木下君なんだから、当たり前かぁ。


千穂は奈緒ちゃんの必死な顔を思い出して、クスクスと笑った。

千穂は、この奈緒ちゃんという友人が本当に好きなのだ。

もう六年くらい応援しているんだから、そろそろ木下君も気が付けば良いのに。


木下君へのバレンタインチョコが毎年一個なのは、クラス中が奈緒ちゃんを、応援してるからなのにね。


「はぁ……」


(──人の応援は簡単なのに、自分の事は全然ダメだ)


朝の奈緒ちゃんの話を思い出し、千穂は考え込んだ。


──二重になれたら、ちょっと自信つくかな。


携帯のインカメラで、自分の顔を眺める。

小さくはないけれど、どう見ても一重瞼だ。

指でなぞって目を開くと、一応二重になる。


──瞬きしたら戻っちゃうけど。

どっちも二重になったら、少しは可愛くなれるんだろうか?


千穂は両目を二重にして、自撮りしてみた。


「!?」


撮影アイコンをタップした瞬間、自分の目が薄い琥珀色に変じ、瞳孔が──



縦長、の瞳孔。


──どういうこと!?



慌てて画像を確認する。

──いつもより、パッチリした茶色い瞳の千穂が写っている。


インカメラに写る自分も、変わりはない。


今の、なに?


(変なことがあったせいで、疲れて見間違ったとしか思えないよね……写真は普通だし)


千穂は、無意識に右足に触れた。


──うん、気のせい。


気のせいじゃないのは、なんとなくわかっている。


なにかが、おかしい。



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