夢うつつ
起きなきゃ。
千穂は身体を起こそうとしたが、力が入らないので、もう少し目を瞑ることにした。
──今日はお花を摘んできたんですよ
自分が何かに話しかけている。
花を供える動きや目線は自分なのに、草の茎を持つ手は自分の手じゃない。
あちこち、赤くなった荒れた手だ。
場面は次々に切り替わる。
──今日はお団子です
──昨日おっかさんが怪我してここに来れなかった、ごめんなさいね
──雨が降らなくて、畑が
──ふふ、もしかしてお願い聞いてくれたの?雨が降ったね
これは自分じゃないけど、自分が見たり喋ったりしてる。
──タカミオ様……
「ん、起きた?」
椅子に座って本を読んでたらしいタカミオが、千穂の顔を覗き込んだ。
「奈緒ちゃんも居たんだよ、今水飲みに行ってるけど」
「んんー、私、なんで保健室にいるの」
「先生は貧血じゃないかって言ってたよ」
「倒れて……」
あれは夢?
千穂は自分の手を見た。
真っ白で、荒れてなどいない手だ。
草の香りだって、あんなに。
あの手は────
「あ、ちーちゃん起きた?大丈夫ー?」
走ってきたらしく、顔の赤い奈緒ちゃんが戻ってきた。
「あのね、ハナコ捕まえたって木下君が」
──そうだった、牛のハナコが脱走して校内放送が……木下君が捕まえたのか…。
「ねえ、牛を捕まえる名人って内申書で有利だと思う?」
奈緒が真面目な顔で聞いてきた。
千穂とタカミオは涙が出る程笑った。
内申書に牛追い?そんな……奈緒ちゃん……!
「もう!二人とも笑いすぎだよっ」
しばらくして、連絡を受けた父親が会社を早上がりして千穂を迎えに来た。
浮かない顔である。
車の中で、父親は千穂にポツポツと話し始めた。
「貧血だって?職員室に寄ってきたんだ、先生に怒られちゃってさ」
「うん、なんで?」
「あの先生、父さんの同級生なんだよ──で、千穂。昼飯が菓子パン1個って本当か?」
「そうだけど」
だって他に無いし。
「朝ごはんは?」
「食べる時はパン1個かな、牛乳と」
「…………………………」
沈黙が訪れた。
父は何を言ってるんだろうか。
お婆ちゃんが死んでから、朝と昼はずっとパン生活だけど?
自分でお弁当作っても良いけど、キッチンの物触ると継母が嫌そうなんだよね──。
「や、気付かないで済まん、梨花には言っておくから──」
「いいよ別に。あの人、えっとお母さんは……赤ちゃん大変なんだろうし、私パンも好きだから」
その後、父親と千穂は無言のまま、家に着いた。
夕食はしっかり食べさせられ、千穂は早めに就寝した。
寝るのが少し怖かったが、疲れていたのかいつの間にか眠ってしまった。
翌日、変わらず菓子パンを食べて登校。
タカミオは珍しく休みだった。
「あれ、ちーちゃん昨日RAINのトーク見なかったの?」
「うん、すぐ寝ちゃったみたい」
「なんかね、タカミオ君さ、古滝村にいるでしょ、昨日村の近くで小さな土砂崩れがあったんだって」
土砂崩れ?
お婆ちゃんが死んだ一月から、一回も雨降ってないのに?
「あっちの方は雨降ったのかな……」
「そうかも!遠いし、山だもんね!で、大きい土砂崩れが起きたら大変だから、避難の準備で休むってトークで言ってたよー?」
「そうなんだ。大丈夫かな」
千穂はその日一日中、落ち着かない気分だった。
夜、千穂はノートを取り出した。
・雨ー土砂崩れ?
・3ヶ月雨無し
・避難って?
・タカミオ
千穂はちょっと考えて、タカミオの名前を消しゴムで消した。
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