不和
男の子達はゲームセンターに行くという。
奈緒は門限が十八時だから、もう帰らないと~!と残念がった。
村まで二時間以上かかるし、最寄駅からバスに乗っても停留所から家まで30分歩くのだ。
千穂は特に門限と言われたことはないけれど、奈緒と一緒に帰ることにした。
病院を出てから珍しく口数が少なかった奈緒が、電車の中で小さい声で呟いた。
「あの裏山、行っちゃダメってスッゴい言われてたよね?」
「うん。お婆ちゃんに良く言われてた。あと先生にも」
「あー、先生もだ!帰りの会で良く言ってたね、蛇が多いしウルシも生えてるからって」
「でも確かに男子達が見に行って、ウルシはなかったんじゃなかった?」
「そうだったっけ?」
二人は言いつけを守って、裏山には行ってないのであんまり記憶にのこってない。
「良くあんな草ぼうぼうのとこ、短パンで行くよねって思ってた」
「それね!絶対虫とか居るのに良く行くよねー」
でも、と奈緒が不安そうに続けた。
「石の話知ってた?ちーちゃん」
「ううん、知らなかった……と思う」
何か引っ掛かりを感じたけれど、知らないのは間違い無い。
「ね。そんなのあるなんて、何だか怖いよね。怖い話に良くあるじゃん……」
「奈緒ちゃん怖い話嫌いだもんねぇ。でもそういうんじゃなくて、石だったって言ってたよ」
千穂は臆病な奈緒に自分の思ったことを伝えた。
「奈緒ちゃんも、咬まれた痕見せて貰ったでしょ?傷小さかったじゃない。大きい蛇の咬み痕ってもっと大きそうだし、面白おかしく言ってるだけなんじゃないかなぁ」
「言われてみたらそうだね!心配して損しちゃったよ~」
奈緒はホッとしたように笑顔を見せ、二人はまた楽しく会話を再開させた。
駅には奈緒の母親が迎えに来ており、千穂も車で送って貰えることになった。
「澤田君元気そうだったよ」
奈緒の報告に、奈緒のお母さんは穏やかに応答している。
「それでね、咬まれた場所が小学校の裏山なんだってー」
奈緒のお母さんの肩がピクリと跳ねたのを、後尾座席から見た千穂は不思議に思った。
そんなに驚く事?
「そうねえ、あの辺は蛇も多いしかぶれる植物も多いって聞いたわ。奈緒のおじいちゃんもそうだったって言ってたから、相当前からだと思うわ。小学校出来る前からあった話みたい」
「へぇー!」
そんな奈緒親子の話を黙って聞いているうちに、千穂の家に到着した。
17時だったが今日は日曜日だから、父親が家に居る。
父親のことはそんなに好きじゃなかったけど、居れば家の雰囲気は多少マシになる。
だから父親が家に居て良かった、と千穂は思った。
「ただいま」
そっとドアを開けて玄関に滑り込むと、泣き叫ぶ赤ちゃんの声。
⎯⎯火が付いたようにってこういう泣き方?
大きな泣き声だ。
龍巳はいつも泣いている。
手を洗ってリビングに入ると、父親がチラリとこちらを見た。
「ただいま」
千穂はもう一度、挨拶をした。
「おう、おかえり」
「おかえりなさい、千穂さん」
両親はちょっと不機嫌そうだ。
千穂に対してでは無さそうなので、ちょっとホッとした。
「友達と遊んできたのか」
「澤田君のお見舞いに皆で行ってきたよ」
「ああ、澤田の。熱が下がらないんだって?」
「うん、大きい病院に移って検査するって言ってたよ」
「そうか」
村の人は全員知り合いだから、父親も澤田君の話を知っているようだった。
「なあ、千穂」
父親は枝豆をつまみながら晩酌中だ。
継母は龍巳をあやしながら室内を歩き回っているが、弟は泣き止まない。
「外れに住んでいる子。あの子と付き合うのは感心せんな」
「優子の事?」
「そうだ。最近いい噂を聞かないし、お前も来年受験なんだから友達は選びなさい」
「でも⎯⎯」
「遊ぶなとは言わないが、距離は置くんだ」
「…………」
千穂は返事が出来ず、父親もそれ以上は何も言わなかった。
父親はずっと泣き止まない龍巳を見た。
「朝から泣き止まないな」
「オムツも変えたし、ミルクも飲んだわ」
「千穂はそんなに泣かなかったがなぁ……」
継母は黙り込んだ。
父親はちょっと無神経なところがあるのだ。
確かにずっと泣かれてると煩いなぁって思っちゃうけど…………。
「アトピーだから、痒くて泣いているのかも知れないの。お薬塗っているんだけどね。ミルクも変えてみたし」
「うちの家系にはアトピーなんて居ないから、島津の方に似たんだろうな。まあ、ちゃんと病院には行っておけよ。跡取りなんだから」
黙り込む両親。
千穂はなんだかいたたまれなくなって、自室に逃げ込んだ。
普段乗らない電車に乗って疲れたのか、千穂は勉強する気にもなれなかった。
それに、奈緒の言っていた積まれた石。
確かに初耳だったし、裏山に行った記憶もないのだが……
何故か、千穂は積まれた石を見たことがあるような気がするのだ。
裏山の獣道も。
だけどいくら考えても、裏山には行ったことは無いのだ。
「こわっ」
千穂は靴下の上から右足の先を掻きながら、一人で呟いた。
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