第2章 憧れと恋
第6話 輝くあの子
内野、中村、優花の三人は、結局ダンス部に本入部した。
中村はダンス経験者であり、当初からダンス部志望でもあったため、もともとそれなりの技術をもっていたが、軽い気持ちで仮入部していたはずの内野や優花も、早くから頭角を表し、あれよあれよという間に、三人ともダンス部の顔になり、いまや学年の注目の的だ。
さらに、その三人で踊る自主練の動画が、SNSでバズったことをきっかけに、他クラスの生徒も彼女たちの名前を知っているし、校内ですれ違った上級生にも、「あのダンスの子たちだよね?」と声をかけられることすらあるらしい。
なかでも、その中心にいるのは——やはり、内野だった。
一方、俺はといえば、いくつかの部活を冷やかしに回った挙げ句、結局どれもピンとこずに、帰宅部に落ち着いた。
治樹も、父親にギターをもらったという理由で、一時期は軽音部に顔を出していたが、ろくにギターのコードも押さえられないまま、「俺に音楽の才能はない!」とか言って、すぐに辞めていた。
今では俺たち二人、放課後に教室で暇を明かしたり、通学路の途中で、寄り道をしては適当に遊んでを繰り返す、自称“放課後フリー倶楽部”となった。
帰宅部生活が板についてきた、ある日の放課後、いつものように、治樹を追いかけて教室を出ようとしたときのこと。
「世良くん、これ見た?」
中村が手にしたスマホをこちらに向けた。小さな画面には、今を時めくクラスのスターである三人が踊っている姿。センターは内野。最近バズった、例の動画だった。
「またこれかよー。散々見たし。クラスのメッセージグループで、うんざりするほど流れてくる動画じゃん」
「でもさ、ヒナ、やっぱヤバいよね?動き、キレッキレだし」
「てか、中村も上手いじゃん。キレならむしろ、お前の方があるんじゃね?」
「えー、ありがと!めっちゃ嬉しいんだけど!……けどね、ヒナは、やっぱどこか違うんだよ。オーラかな?敵わないと思うんだけど、なぜか、全然悔しくならないんだよね」
いつのまにか、クラスの女子の中では内野のことは、陽南という名前呼びから、ヒナという愛称で呼ぶ感じに変わっていた。
笑顔で内野のことを話す中村の周りには、何人かの女子がいて、皆その動画を食い入るように見つめていた。どこか、うっとりしたような目で。
これには、さすがに俺も目を奪われた。
滑らかなステップ。無駄のないターン。画面越しなのに、彼女だけが光って見える。周囲に何人いようと、視線は自然と彼女に吸い寄せられてしまう。
「……ほんと、すげえな」
そう口にしながら、なんだか妙な感覚になる。周りが削ぎ落とされ、内野の輪郭だけが、画面の中でくっきりと浮かび上がっているみたいだ。
でもそれなのに、なぜか、直接本人を目にするよりも、人間味がある気がした。
「でも実際さ、やっぱヒナから学ぶことって、多いよね。ダンスだけじゃなくて、姿勢とか、立ち振る舞いとかさ」
中村がふと、こぼすようにそんなことを口にした。
「わかるー。あと見た目も?......最近、ヒナに影響されて、髪型変えた子もいたよね」
「あ、でもメイクとかもヤバいじゃん。ウチ、ヒナのリップ、速攻でドラッグストアに買いに行ったから!」
「ていうか、あんたは話し方まで似てきてない?語尾あげる感じとかさ」
教室の空気が、ふわふわと熱を帯びていく。
彼女たちの話を聞きながら、俺はなんとなく笑っていた。でも、心の奥では、もっと別の気持ちが音を立てていた。
たぶん、誰も悪くない。内野は素直にすごいし、好かれるのも、真似したくなる気持ちも理解できる。
思い返せば、髪型、メイク、口調、笑い方、なんなら目線の動かし方まで、内野に似通っている女子が、クラスの中に点々といた。
「世良くんはさ、誰かの真似したいって、思ったことある?」
唐突に、背後から声をかけられ、身体がビクリと反応して、一瞬、息が止まる。
誰が言ったのかもわからなかったが、俺はとっさに笑って、「俺はないかな」と答え、その場から距離を取る。
でもそのとき、自分の中にすら、何かが混ざった気がした。
陽南のあのダンスに、見惚れていた自分。
俺の中にも、既に内野が入り込んでいるんじゃないか。そんな考えが浮かぶが、すぐに頭の中でそれを否定し、打ち消した。
ふと気づくと、さっきの女子グループの中に、いつの間にか優花が加わっていた。彼女だけは、いつも通りだった。飄々とした口調で、例の動画にも「またこれ?もうよくない?」と苦笑していたし、髪型もメイクも以前と変わらない。
俺はその様子にほっとした。けれど、以前よりも少しだけ、距離が遠くなったように感じていた。
優花だけは、ちゃんとしてる。でも俺とは、なんとなく違う世界にいる。前より、そう思うことが増えた。
「なに?なんか言いたそうな顔してるね」
優花がこちらの視線に気がついたのか、微笑みながら近づいてくる。
「あのさ……ウチのクラスなんだけど」
「うん?クラスがどうかした?」
「あ、いや……なんでもない」
喉元まで出かかった言葉を、俺は引っ込めた。
「えー、ちょっとまってよ!気になるじゃん」
優花は不満そうにしているが、俺はこの教室の空気の変化を、どう説明すればいい。
単におかしいと否定するには、説得力が足りない。
仮に、内野の本当の姿がどうかなんて話をしたとして、それは所詮、俺の偏見からくる妄想もいいところだ。
中村も、そして他の子たちも、皆、よかれと思って内野を真似しているだけで、それは本当に良いことかもしれないのに、それに水を差そうとする俺は、ただ天邪鬼なだけなんじゃないか。そう思うと、何も言えなくなっていた。
その夜、机に向かっていても、何をする気も起きなかった。ぼんやりスマホを眺めては、また、あのダンス動画を開いてしまう。
内野の笑顔が、完璧すぎて、怖かった。
俺の中にある不安は、誰かに伝えるほどの根拠はなく、あくまでも感覚的なものだ。
むしろ、それを言葉にしたときに、周りにどう思われるかってことが、いちばん怖かった。
今この気持ちを、誰かに訴えたところで、きっと変なやつだと思われるに違いない。
翌朝、学校へと続く坂道を歩いていたところで、後ろから声をかけられた。
「世良くん、おはよ!」
声をかけてきたのは内野だった。制服の袖を揺らしながら、笑顔でこちらに手を振ってくる。
その笑顔は、相変わらず、どこか俺の気持ちを少しだけ萎縮させるものだった。
でも、皆にはこの笑顔が、この世界の正しさみたいに見えている。
皆がそれを信じて、当たり前のものとして受け入れている。疑う理由なんて、どこにもないといった様子で。
なんで、俺にだけ、こんな風に見えてしまうんだろう。
我ながら、自分のひねくれ具合には、いい加減、嫌気がさしてくる。
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