第4話『ペンギンが、先生に怒られた』



「今日から、ぺんたも学校に連れて行っていいよ」


朝食の時、パパが突然言った。


「えっ?」


咲は驚いて、スプーンを落としそうになった。


「学習支援ロボットは、学校同伴も可能なんだ。申請書も出しておいたから」


パパは得意げに書類を見せた。


「でも...」


咲は戸惑った。ぺんたを学校に連れて行く?あんなにドジで、すぐ転ぶぺんたを?


「咲さんの成績向上のためです」


ぺんたが言った。でも、なんだか嬉しそうに羽をぱたぱたさせている。


「学校で、咲さんのお手伝いができます」


「そうそう。最近は学習支援ロボット同伴の生徒も増えてるらしいしな」


パパはコーヒーを飲みながら言った。


咲はため息をついた。また、パパの勝手な判断だ。


でも、ぺんたの期待に満ちた目を見ると、断れなかった。


「わかった。連れて行く」


「やった!」


ぺんたが飛び跳ねて、案の定すぐに転んだ。


学校への道、ぺんたは咲の横をぺたぺた歩いていた。


「ちゃんとついてきてよ」


「はい!」


ぺんたは一生懸命歩いているけど、歩幅が小さくて、どうしても遅れがちだ。


「あ、ペンギンだ!」


通りすがりの小学生が指をさした。


「かわいい!」


「でも、なんか変な歩き方」


子どもたちの視線を浴びて、咲は恥ずかしくなった。


学校に着くと、案の定、大騒ぎになった。


「咲ちゃん、それなに?」


「ペンギンのロボット?」


「触ってもいい?」


クラスメイトたちが、ぺんたを囲んだ。


「はじめまして。わたしはぺんたです」


ぺんたが挨拶すると、みんな歓声を上げた。


「しゃべった!」


「かわいい声!」


でも、すぐに誰かが言った。


「なんでペンギンなの?ダサくない?」


「うちのは犬型だよ。もっとかっこいい」


咲はむっとした。たしかにぺんたはドジだし、格好良くはない。でも、そんなふうに言われると腹が立つ。


「別に、いいじゃん」


咲は小さくつぶやいた。


授業が始まった。


ぺんたは咲の机の横に、小さな椅子を置いてもらって座っていた。


国語の時間は静かにしていた。算数の時間も、じっと咲のノートを見ているだけだった。


でも、理科の時間。


先生が人体について説明していた時、事件は起きた。


「人間の平熱は36度から37度くらいで...」


突然、ぺんたが立ち上がった。


「先生」


教室中がざわついた。ロボットが勝手に発言するなんて。


「なんだ?」


先生は不機嫌そうに、ぺんたを見た。


「咲さんの体温が0.8度上昇しています。保健室へ」


ぺんたの目が、あの赤い光を放っていた。咲をスキャンしているみたいに。


「は?」


先生は呆れたような顔をした。


「授業中です!座りなさい!」


「でも、咲さんの体調が」


「座りなさい!」


先生の怒鳴り声に、ぺんたはびくっとして、椅子に座った。でも、すぐにバランスを崩して、椅子ごと後ろに倒れた。


ドッ。


教室中が爆笑に包まれた。


「だっさ!」


「ペンギン、転んだ!」


「面白すぎ!」


咲は顔が真っ赤になった。恥ずかしくて、泣きそうだった。


みんなが笑っている。ぺんたのことを笑っている。


「静かに!」


先生が怒鳴った。でも、笑い声はなかなか収まらない。


ぺんたは起き上がって、また椅子に座った。羽で顔を隠すようにして、小さくなっている。


咲は、胸が痛んだ。


休み時間、咲はぺんたと一緒に廊下に出た。


「ごめん」


ぺんたが小さく言った。


「咲さんに恥をかかせてしまいました」


「ぺんたは悪くない」


咲は首を振った。


「心配してくれたんでしょ?」


「はい。でも、授業を邪魔してしまいました」


ぺんたはしょんぼりしている。


「でもさ」


咲はぺんたの頭を撫でた。


「なんで私の体温が上がってるってわかったの?」


「赤外線センサーです」


ぺんたは説明した。


「咲さんの体表面温度を常時モニタリングしています」


「常時って...」


咲は少し複雑な気分になった。いつも見張られてるみたい。


でも、同時に、守られている気もした。


午後の授業が終わって、咲が帰り支度をしていると、保健の先生がやってきた。


「咲ちゃん、ちょっと熱測らせて」


「えっ?」


「さっきの授業で、ロボットが言ってたでしょ。念のため」


保健の先生が体温計を渡した。


咲は脇に挟んで、じっと待った。


ピピッ。


「37.2度」


保健の先生が体温計を見て、驚いた。


「本当に微熱があるわ」


咲も驚いた。自覚症状は全然なかったのに。


「ぺんたの言う通りだった...」


「たまたまでしょ」


保健の先生は笑った。でも、不思議そうな顔をしていた。


「でも、0.8度上昇って、どうやってわかったのかしら」


家に帰る道、咲はぺんたに聞いた。


「どうして、わかったの?」


「わかりません」


ぺんたは首をかしげた。


「ただ、咲さんを見ていたら、なんとなく、体調が悪そうだと感じました」


「なんとなくって...」


プログラムで動くロボットが、「なんとなく」なんて言うの?


「正確には、複数のパラメータの総合判断です。表情、姿勢、まばたきの回数、呼吸のリズム...」


「そんなに見てるの?」


「はい」


ぺんたはあっさり答えた。


「咲さんのことは、全部記録しています」


なんだか、ストーカーみたい。でも、咲は嫌な気はしなかった。


むしろ、誰かがそこまで自分のことを見ていてくれるなんて、初めてだった。


家に着くと、咲は体温計で熱を測り直した。


36.8度。


もう平熱に戻っている。


「よかった」


ぺんたが安心したように言った。


「ぺんた」


「はい?」


「今日はありがとう」


咲は素直に言った。


「みんなに笑われて恥ずかしかったけど、でも、心配してくれて嬉しかった」


ぺんたの目が、きらきらと輝いた。


「本当ですか?」


「うん」


咲は笑った。


「でも、次からは手を挙げてから発言してね」


「はい!」


ぺんたは元気よく返事をした。そして、嬉しそうに羽をぱたぱたさせて...また転んだ。


「もう!」


咲は笑いながら、ぺんたを助け起こした。


その時、ぺんたの目が、また一瞬赤く光った。


今度は何をスキャンしたんだろう。


咲の笑顔?


それとも、咲の心?


咲にはわからない。


でも、ぺんたの赤い光は、もう怖くなかった。


それは、ぺんたが咲を見守っている証拠なんだと、そう思えるようになっていた。

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