三十八 もゆら
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鏡の
日に日にそばで舞っているため、落ち着いているというところもある。動きだすことは考えにくく鎮めよとも命じられないので、長いあいだそのままだった。ゆっくりと、徐々に、増えていた。
そのことを話したとき、小さくほほえんでうなずいた
きょうで、実緒に会った夜からちょうど
ずいぶん勝手な真似をする。わかっていても、ねがってしまう。見ていてくださいと言いつけると、実緒はせつなげに瞳をゆらした。さらさらと降る澄んだひかりが、その頬を伝い落ちていく。
この
瓊音は、いままでいちどたりとも、力を使いこなせたことがなかった。大神の力をおのれの身体で受けとめきれたことがなかった。その理由はわかっていた。ふれようとしていなかったから。わかっていても、わからなかった。どうすればよいか、わからなかった。瓊音は、太刀の柄をそっと握った。
────もゆら
呼ばわり、すらり抜き放つ。見慣れた
それは
まどかな、あかい小さなたまが、つぎからつぎに生み落とされる。すべて目に見えぬ緒でつながって、刃のまわりをくるくる渦巻く。実のなる枝を捧げ持つように、瓊音はそれを目の上へかざした。
よろづの
もゆらもゆらに
ふれられなかったものたちが、せめておだやかに鎮まるように。ねがいながら、唱い舞う。幾度も、幾度も繰り返す。
音に
そっと、耳を傾ける。あざやかに澱み濁りきよらな、それは共鳴りの音だった。はかなく、澄み渡るささやかな音。睫毛のまたたく音くらい、なみだの流れる音くらい、となりのひとの心音くらい、近くて遠くてふれたくおもう。かすかに、たしかに、鳴り続けている。
ともに、聞いているのがわかる。残らず拾おうとしているとわかる。それをおもうと、あたたかかった。ひどく重たく、あたたかいのだ。ここちよくて、くるしくて、ふかくかなしみが込み上げてくる。きっといつまでも、舞っていられる。ずっとどこまでも詞がとどく。
そして、天からひかりが差し込む。音色は、消えゆく。しずまってゆく。
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